Episode_24.エピローグ 城壁の君
彼の眼下、王城から少し離れた場所に存在する港には五本マストの大型帆船が一隻、そして随伴する中型帆船四隻と多数の三段櫂船が入港している。
(大きな船だな……確か第二海兵団の旗艦「海魔の五指」……提督はバーゼル・ホットン……だったか)
立場上見知った第二海兵団の提督の顔を思い浮かべる青年の名はガリアノ。国王ライアードの妾腹の王子だ。彼は眼下の港に四都市連合第二海兵団が入港した理由を無意識に思い出していた。その間、無意識な溜息が何度か洩れる。
現在四都市連合はその強大な海軍力の一部をデルフィル湾中域に展開している。その構成は第二海兵団とカルアニス海軍の二つの勢力だ。船団規模は、第二海兵団が旗艦「海魔の五指」と随伴中型帆船四隻、さらに主力の三段櫂船二十隻。一方カルアニス海軍は旗艦「カルアニス」と随伴大型帆船二隻、そして三段櫂船十隻と二段櫂船二十隻という規模だ。
彼等がデルフィル湾に船団を展開した目的は、交易都市デルフィルを圧迫することにより、王子派の戦力を分散させるというものだ。王子派が戦力を分散させたところで、沖合の船団は矛先を
そして、今日その船団の一部が入港したのは、前哨戦であるデルフィル攻撃によって出た負傷者の後送と補給物資積み込みのためであった。二日間の停泊で補給物資と人員を満載した船は再びデルフィルの沖合へ戻る。その後は状況次第だが、ディンス攻撃の期が熟すならばそのまま攻撃となる。一方、時期尚早と判断されれば今度はカルアニス海軍の船が補給のために戻ってくることになっている。
「人と物の浪費だが……」
そう呟くガリアノは、ひと月ほど前に四都市連合同盟顧問であるザメロンと交わした会話を思い出す。そして、不意に言いようの無い恐ろしさを感じて呟きを止めた。
――四都市連合は商人の原理で動いております――
とは、その時ガリアノがザメロンに発した問いに対する答えであった。
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ガリアノがザメロンに発した問いとは、数か月前に王弟派領地東方で発生した勢力変動に関したものであった。タトラ砦周辺からトリムやターポにかかる地域で発生した王子派との戦闘の結果、王弟派はトリムの支配を完全に失った。それは、トリム港の租借を約束されていた四都市連合にとっても痛手であったはずだ。
しかも、タトラ砦とトリムを失う過程で、宰相ロルドールは明らかに四都市連合の介入を排除するような情報操作を行っていた。当時タトラ砦を前線として王子派と対峙していた亡将オーヴァンに対して発せられた攻勢命令の事である。この時四都市連合の傭兵勢力を動員していれば、少なくともタトラ砦を要とする当時の前線は今でも維持できていたはずなのだ。だが、実際には一連の戦いにおいて四都市連合の傭兵勢力は介入する機会を逸していた。四都市連合側からすれば、自分達が知らないうちに自分達の権益が奪われる事件が発生し、それを「指を咥えて見ているしかなかった」といったところだ。
そうであるにも関わらず、四都市連合は次なる作戦を提案してきた。それが現在進行中である、デルフィル攻撃を陽動としたディンス攻略作戦である。自勢力の根源ともいうべき海軍勢力を差し出す作戦提案を行う四都市連合。その顧問であるザメロンに対し、ガリアノは先の経緯を踏まえた上で真意を測るような問いを発していた。
「音に聞こえた四都市連合海軍船団といえども、多くの被害が出るでしょう――」
そう切り出したガリアノの問いには、抑えきれない不信と皮肉が込められていた。
「トリム港での権益喪失もあります、一体コルサスはこの先どれほどの対価を差し出すことになるのか……ターポ港租借や王都港への乗り入れ程度では済みますまい」
相手の肚の内を探るような口調となるガリアノの問いに、ザメロンは彼独特の飄々とした表情のまま、
「四都市連合は商人の原理で動いております。租借地の喪失や戦力の損耗は、いわば費用であり、商人が売り物を仕入れるがごとく、でございましょう。見合った利益が回収できる確信があるからこそ、四都市連合はこの地に留まる……」
と答えた。そして、肩をすくめる仕草とともに
「尤も、商人ならざるこのザメロンに、本当のところは分かりませんが」
と言ったものだ。その時の彼の表情、飄々とした表情を割るように垣間見えた冷笑、がガリアノの肚をゾっと寒く感じさせたのだった。
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一連の会話の後、ザメロンは
「犠牲を投じても見合う見返り……この国を食い尽くすつもりか……」
現在作戦に就いている四都市連合の船団兵力は、陸上戦闘用の陸戦兵だけで五千に近い。さらに船を動かす海兵を含めると七千を超え八千に届くという大軍だ。そんな大軍を率いる勢力が内戦終結後の疲弊したコルサスを我が物顔でのし歩く。しかも内戦終結と王弟派勝利に尽力した、という大功を背負っての台頭だ。場合によっては実質的に国を支配される可能性も有りうる。
「内戦など馬鹿馬鹿しさの極みだ……国を奪われつつある」
吐き捨てるように言うガリアノの言葉にはそんな不安が滲み出ていた。
内戦の虚しさを訴え、戦いに苦しむ民に思いを馳せるガリアノである。彼は自分の立場を
(タバンやターポで起きている民の困窮はコルベートにも迫っている……同盟といっても緒戦は他人。四都市連合に我が国の民を食い物にされる訳にはいかない。早く休戦協定を結ばなければ……)
実際、他の地方都市を後目に王都コルベートは食糧事情が安定していた。しかし、それも今年の初夏から徐々に値を上げつつある。今は未だ僅かなものだが、徐々に真綿で首を絞めるように苦しくなるとガリアノは想像していた。領内を流通する穀物類の大部分を四都市連合に押さえられた状況であるから、彼の想像は恐らく正しいだろう。
これ以上の苦難を民に与えるよりは、条件の云々はともかくとして王子派と休戦協定を結び、四都市連合の影響を排除しなければならない。それがガリアノの考えであった。
「……明日の夜は父上との晩餐だったな……」
ガリアノはそう呟くと無意識に一度だけ頷いた。現在、父親である国王ライアードとガリアノの通交は数カ月に一度の晩餐のみであった。それ以外の接触、特にガリアノ側からの発信は全て宰相ロルドールに遮られているようだった。そのため、ガリアノが自分の考えをライアードに伝えられるのは限られた晩餐の時のみとなっていた。しかし、それも同席した宰相ロルドールにより色々と遮られるため、ガリアノが充分に自分の考えを披露したことは今まで一度もない。
だが、明日の晩餐は様子が違うことが分かっていた。これまで当然のように同席していた宰相ロルドールはタリフの街で起こった問題に対処するため、現在王都を離れている。そのため、明日の晩餐はガリアノとライアードの二人である。
「果たして、父上は聞き入れるか……」
血の繋がりでは確かに親子であるが、ガリアノはこれまでライアードを真に父親だと思った事は無い。幼い頃にイグル郷へ預けられていたため仕方の無い事だ。だが、ライアードの方は充分にガリアノを息子として気に掛けている。ならば、多少卑怯な気はするが、父の愛情に縋ってでもガリアノは自分の考えを伝えるつもりであった。
城壁の上に立つガリアノは、そう考えると港から視線を外し、王宮を振り返る。
Episode_24 急迫の交易都市(完)
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