Episode_24.32 ささやかな勝利、明確な敗北
アーシラ歴四百九十八年の九月十七日、この日は二つの大きな出来事があった日としてデルフィルやスカリルの住民に記憶されることとなった。
一つは「暁旅団」を中核としたデルフィル軍がスカリルを奪還した、というものだ。夜明け前にスカリルに辿り着いたデルフィル軍は殆ど何の抵抗を受けることも無く街中に進入すると、そのままスカリルを奪還した。彼等が街に入った時、既に街の中はもぬけの殻であったという。
尤も、スカリルを占拠していた四都市連合は置き土産として
発火の罠は「オークの舌」の傭兵達や、ハシバミ色の瞳を持つ美しい女精霊術師によって事前に解除されて事無きを得た。また、漁港に解き放たれた二匹の
このように、スカリルの街は約一カ月ぶりに四都市連合の手から解放されていた。だが、その素晴らしい功績は同じ日の朝に起こったデルフィル襲撃による損害を前にすると霞んでしまう。四都市連合の櫂船団の襲撃を受けたデルフィルは甚大な損害を出していたのだ。
港の西側、デール河河口付近へ上陸した陸戦部隊は港湾労働者の居住区に火を放った。この焼き討ちによって、港湾地区の西側外周を埋める居住区の三分の一が完全に焼失し、炎や煙、又は敵兵により多くの人々が命を落とすこととなった。
だが、この方面を攻撃していた陸戦部隊はそれ以上街の内部へ侵攻出来なかった。西からデール橋を渡って駆け付けた騎士と騎兵からなる騎馬部隊が彼等の侵攻を食い止めたのだ。騎馬部隊は、デール橋の破壊を狙った敵の別働隊を打ち破ると、そのまま避難住民を保護しつつ、尚も放火焼き討ちを続ける敵部隊に反撃を開始した。
この戦いは、ほぼ一方的に騎馬部隊の勝利であった。尤も、反撃を受けた四都市連合の陸戦隊に戦闘継続の意思が乏しかったことも原因である。とにかく、街の西側一帯を火の海にした四都市連合の陸戦隊は、反撃を受けるや否や撤退を開始した。彼等は火災が広がる居住区内に巧妙に確保していた撤退経路から海沿いに出ると、そのまま沖合へと引き上げていった。
一方、港湾地区に上陸した四都市連合の陸戦部隊は港湾施設に多大な被害を与えていた。港湾防衛用の兵器や中型船用の桟橋、大型帆船用の荷役岸壁に設置された大型の
勿論、防衛のために駆け付けた港湾ギルドの私兵隊や衛兵隊は敵陸戦部隊と交戦したが、一時は逆に攻め立てられることになった。何とか構築した防衛線を次々と下げざるを得ないデルフィル側は遂に施政府議会の議事堂近くまで後退する事になった。それでも敵の攻勢は、今にも議事堂を攻め落とす勢いであったという。
だが、事態はそれ以上破滅的な方向へは進まなかった。襲撃から三時間ほど経過した時点で、四都市連合側の陸戦兵部隊はピタリと進撃を止めると、防衛線の奥で窮々としていたデルフィル側の防衛戦力を嘲笑うように撤退して行ったのだ。後から分かった事であるが、その撤退劇は、丁度西側に火を放っていた部隊の撤退と時を同じくしたものだった。
その状況に、コルサス王子派から派遣された騎兵隊の指揮官である黒髪の青年は、
「いつでも攻め落とせる……その重圧をデルフィルに与える事が目的、いや、リムルベートとコルサスが支援せざるを得ない状況を作ることが目的か」
と唸るように呟いていた。
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リーズは柔らかいリネンの肌触りを覚えると、急速に意識を取り戻した。最初に感じたのは日干しされた毛布と清潔なシーツの匂いだが、次いで肩口をヒリついた痛みが襲ってきた。
「つ……ここは……」
ひと目で小奇麗な部屋と分かる場所で目を覚ましたリーズは微かに
「ああ、気が付いたのね」
リーズが目覚めた事に気付いて声を掛けて来たのはリリアであった。知り合いの声を聞いたリーズは状況が呑み込めないながらも、少しの安堵を感じた。
「……うん、ちょっと跡が残ってるけど、これ位は平気でしょ」
目覚めたリーズに対してリリアは寝台に近づくと、肩口に掛った毛布をそっとめくる。その下には健康的な血色を保つ素肌があった。純血のエルフほど華奢ではないが豊満と形容するには程遠い、そんなリーズの素肌には丁度右肩の前側に他とは少し様子の異なる部分が出来ていた。新しい肉が盛り上がったように薄桃色となった跡が人差し指の長さで横に走っている。
「あ、リリア……ここは?」
「ああ、そうね。大丈夫よ、ここはスカースさんの御屋敷よ」
戸惑った様子で言葉を発したリーズに対して、リリアはそっとほほ笑みながら毛布を元に戻して答える。
その後のリリアの説明によると、リーズは襲撃のあった日から四日間眠り続けていたということだった。因みにリリアは一昨日スカリルから帰還して以降、ユーリーと共にスカースの屋敷に滞在し、時間がある時はリーズの様子を見ていたということだ。
「私は直接見てないけど、ユーリーが言うには結構重傷だったみたい……でもスカースさんがパスティナ神の司教に神蹟術を掛けさせて、なんとかなったそうよ」
「そ……そうなんだ」
リリアの言葉にリーズは朦朧とした記憶が色を取り戻すのを感じた。
襲撃時、デール橋を目指して逃げていたリーズ達は、橋の間近で敵の別働隊と鉢合わせした。その時、射掛けられた矢をリーズは右肩に受けていた。無防備な所に至近距離から弩弓の矢を受けて致命傷とならなかったのは幼馴染タムロの発動した
(あ、そうか、三人が私を庇って……)
あの瞬間、足が不自由だと言っていたはずのモルトは素早く動くとリーズを背にかばった。同時に右手が不自由だと言っていたはずのルッドは腰の
「もう怒ったぞ! 僕の魔術でやっつけてやる!」
と怒鳴るタムロの声が響いていた。そこでリーズは気を失った。
(……あいつら、やっぱり仮病だったのね……)
そこまで思い至り、妙な納得感を得たリーズである。一方、一人頷くリーズに上着替わりのガウンを差し出したリリアは、
「みんな心配しているから、呼んできても良いかな?」
と言う。その後、リーズが上着を身に着けるのを確認した後、リリアはリーズを心配する面々に彼女が目覚めたと伝えに行くのだった。そしてしばらくの時間が経った後、リーズの部屋には憔悴した様子のスカース、今度は本当に怪我をして包帯巻きとなったモルト、ルッド、タムロの姿があった。
彼等がリーズと何を話したのか、その言葉や雰囲気、そしてリーズの対応はどのようなものだったのか。それを知る術はない。ただ、部屋の隅でそれを聞いていたリリアは、何故か自分が気恥かしい感じがして途中で部屋を後にしたということだ。
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