Episode_24.31 デール橋の戦い


 ユーリーとヨシン、それに騎士デイルを先頭にした百騎の騎士と騎兵の集団はデール河の対岸からデルフィルの上空を覆う煙を目撃していた。立ち上る煙は手前側、港湾労働者達の居住区で濃いが、その奥の港にも幾筋かの黒い煙の筋が見えた。


「急ぐぞ!」


 ユーリーは馬上でそう叫ぶ。同じような声が方々で雄叫びのように上がる。そして、騎馬の集団は一気に速力を上げるとデール河に掛る橋を渡り中州を抜ける。夜通し駆け続けた騎馬が速力を上げる事が出来るのは、これまでの道のりを逸る心を抑えながら進んできた証しであった。万が一戦場となったデルフィルに辿り着いても、敵を前に馬が潰れてしまえば騎士の力は半減だ。その判断に移動速度を抑えた結果、騎士や騎兵の愛馬は戦う力を残している。しかし、それと引き換えに、襲撃には間に合わなかった。


(判断を誤ったか……いや、考えるのはよそう!)


 立ち上る煙を見たユーリーは一瞬後悔を感じるが、直ぐにそれを打ち消した。既に成ってしまった事態を悔いても仕方が無かった。後悔を脇へ押しやった彼は半閉式の兜ハーフクローズの面貌を下ろし、魔剣蒼牙を引き抜く。そして、


「全員には無理だから!」


 という言葉と共に先頭の十数騎に身体機能強化フィジカルリインフォースを発動した。


「久し振りだぜ、この感覚!」

「浮かれるなよ!」


 ヨシンの喝采に似た声とデイルの窘める言葉が上がる。そんなやり取りが懐かしく、ユーリーは一度だけ左右に視線を送った。彼の左では愛用の武器「首咬み」を肩に担いだ状態のヨシンがユーリーの視線に気付き、ニッと笑ってから兜の面貌を下ろした。反対の右側では重厚な業物の大剣を片手で持ち、それを振り上げて後続に合図を送るデイルの姿があった。


 二人の様子を確かめたユーリーは再び腹に力を入れる。脇へ押しやった後悔など消え去っていた。その代わり、敵の姿が見えた。既に彼等の集団はデール橋の中ほどに差し掛かっていた。


「前方敵! 約二百」

「その奥、あれは住民か?」

「襲われているぞ」


 周囲の騎士達が声を上げる。その状況はユーリーやヨシン、デイルにも見えていた。橋の袂に取り付いた敵兵の奥には、恐らく逃げて来たであろう住民の集団と、それに襲いかかる少数の敵兵の姿があった。


「突破する!」

「応ッ」


 騎士デイルは、指揮棒替わりに振り上げた大剣を前方へ差し向けた。黒煙を割って差し込んだ朝日が業物の刀身をギラリと光らせる。


****************************************


 一気に速度を上げた騎馬の集団、その後方に位置するダレスは不思議な感覚であった。彼の隣には兄の姿があった。二度と会うこともないだろうと思っていた兄である。ダレスは兄ハリスを嫌っていた訳ではない。だが、父親に従順だったハリスに対して父親への反発の矛先を向けた事もあった。また、父親に従順だった兄は家名に泥を塗った自分を赦さないだろうとも考えていた。だが、現実は違う。


「ダレス、気負うなよ。自分の戦い方をすればいい!」

「分かってる! 兄貴こそ!」

「ははっ、生意気だぞ! また後で――」


 一言二言、言葉を掛け合った騎士と騎兵はスッと離れる。騎士であるハリス・ザリアは突撃の号令に従い速力を上げた。一方、騎兵であるダレス・ザリアは仲間達に号令する。


「弩弓の準備を、騎士の真似をする必要は無い!」


 いみじくも兄が言った通り、彼等には彼等の戦い方があった。


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 デール橋に取り付いた四都市連合の別働隊には「デール橋の破壊」という目的があった。スカリルへ向かったデルフィル軍は無防備なスカリルを落とすだろう。だが、デール河に掛る橋を破壊された彼等はデルフィルとの円滑な連絡を絶たれる事になる。河にはデール橋の他に、少し上流側にもう一つの橋 ――ダルフィル橋――がある。そのため二つの都市の連絡を完全に遮断する事は出来ないが、約一日半の遠回りを強いる事が出来るのだ。


 勿論今回のデルフィル襲撃作戦に於いてデール橋破壊は重要な任務ではない。作戦の本筋はあくまでも港湾設備の破壊と住民住居への焼き討ちであった。それらの主目的に対する追加的な効果としてデール橋の破壊が試みられているのだ。


 だが、作戦を遂行する陸戦兵達に作戦の重要度など関係無い。彼等は課せられた任務に基づき橋の破壊に取り掛かっていた。難しい作戦であったが、これまでは順調だった。首尾よく橋の直近で上陸できたのだ。障害らしいものといえば、火災から避難してきた住民の集団が姿を現したことだ。放っておいても良いような障害であったが、衛兵隊を呼び寄せる可能性が有ったため、万全を期して殲滅を試みた。


 しかし、一個小隊が住民達の殲滅に向かって間もなく、彼等は予想外の攻撃を受けることになった。橋を西から渡って来た騎馬部隊による攻撃だ。この状況に別働隊の指揮官は一瞬の迷いを見せた。戦うか、作戦を中断し撤退するか、という迷いだ。だが「デール橋の破壊」という作戦は成功一歩手前であった。また、住民殲滅のために一個小隊を差し向けたばかりであった。そのような状況であったため、指揮官は部下の陸戦兵達に、


「作業中断、防衛線を展開!」


 と指示を下した。しかし、橋の上を掛ける騎馬部隊の速力は素晴らしく速い。結果的に防衛線の展開は完成せず、不十分な状態で騎馬部隊の突撃を受け止める格好になってしまった。


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 馬上のユーリーから見て、敵は橋の袂に椀型の横隊列を組みつつあった。だが、前列を整えるのに精いっぱいで後方は列が整っていない。その様子にユーリーは敵の後列から射られる弩弓は少ないと判断すると、矢避けの縺れ力場エンタングルメントではなく攻撃魔術で機先を制することにした。橋を駆け抜けて突撃する騎士を受け止めるため、椀状に展開した敵の前列は密度の高い槍衾を形成している。それが絶好の狙い目だった。


 再び蒼牙に魔力を叩きこんだユーリーは素早く火爆矢ファイヤボルトの魔術陣を念想すると、切っ先の動きを補助動作として展開行程を終える。疾走する馬の鼻先に白熱大きな炎の矢が生まれる。その様子に敵の前列が動揺した。だが、次の瞬間撃ち放たれた炎の矢は短い距離を一瞬の内に疾ると、動揺を浮かべたままの敵前列に襲いかかった。


 ドォォンッ――


 直撃を受けたのは前列中央の敵兵だ。食人鬼オーガーでさえたじろぐ・・・・威力を生身で受けた彼は、一瞬で四肢を引きちぎられ胴部が破裂するように爆散した。だが、その悲惨な最期は舐めるように広がった爆炎と衝撃によって生じた土煙りに隠される。そして、前列中央で起こった小規模な爆発は、そのまま五人前後の敵兵を爆炎に呑み込み、周囲十数人を衝撃波でなぎ倒す。敵前列に大穴が開いた。


 その大穴に真っ先に飛び込んだのはヨシンとデイルだ。火爆矢の火線を追うように飛び出した二騎は態勢を崩した敵隊列に飛び込むと、夫々大振りの武器を振るいながら突貫、強引に前進を続ける。


 ユーリーの魔術が作り出し、ヨシンとデイルが切り拓いた敵隊列の綻びに、後続の騎士達が一気に突入した。元々突撃する百に近い騎士に対して二百に満たない歩兵では防戦は儘ならない。しかも、その出鼻を魔術で挫かれていては挽回する事など出来るはずが無かった。


 結果として敵兵の横隊列はその中央を食い破られる格好で分断された。一度分断された敵兵は潰滅状態となり、背後から騎士達の追撃を受けながら河辺を目指した。そこは河辺に乗り上げるようして待機する四隻の二段櫂船があった。だが、逃げる敵兵が目指す二段櫂船に対して、橋の上からコルサス王子派の騎兵隊が放つ弩弓の矢が降り注いだ。ダレス達の矢は、船で待機していた漕ぎ手達を次々と射抜いていた。


 一方、突撃の先頭付近を走っていたユーリーは敵隊列の突破後も馬の勢いを弱めず前進を続ける。彼の視線の先には火災を逃れて来た住民に襲いかかる敵の一個小隊の姿があった。その敵を追い払うために、ユーリーは馬を止めずに前進をつづけたのだ。彼の隣にはヨシンの騎馬が並んで走っている。また、背後からは数騎の騎士が後を追う気配もあった。


 敵の小隊は路地の入口付近で住民と思しき数人の男達と切り結んでいたが、この時は既に後方で起こった事態 ――自軍本隊の潰滅―― を把握していた。そして自分達に迫る騎士の姿を目にした彼等の小隊長と思しき人物は、


「撤退、てった――」


 と号令を発する。だがその言葉は途中で掻き消された。不意に彼の足元で赤い炎が弾け、爆発が起こったのだ。


(火爆矢? 住民の中に魔術師が居たのか)


 ユーリーは自分以外が発動した火爆矢と思しき魔術に少し驚いたが、それも束の間の事で、直ぐに住民達の元へと馬を進める。ヨシンや後続の騎士達は蜘蛛の子を散らすように逃げた敵兵を追っていたが、ユーリーは怪我人の応急処置に当たろうとしたのだ。


 そうして路地に近づいたユーリーだが、彼の耳になんとなく・・・・・聞き覚えのある青年の声が聞こえて来た。その声は、明らか・・・に心当たりのある女性の名を繰り返し呼んでいる。その様子に妙な胸騒ぎを覚えたユーリーは馬から飛び降り、路地へ走った。そこで彼が見たのは、肩から血を流して地面に倒れたリーズと、彼女の名を呼ぶ以外に術の無い青年達の姿であった。


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