Episode_24.30 デルフィル、燃ゆ
ユーリー達の危惧は現実のものとなってしまった。この日の早朝、夜明け前後の時間帯に四都市連合の二段櫂船や三段櫂船からなる合計五十余隻の船団がデルフィルの港に襲いかかったのだ。
朝凪の暗い沖合に姿を現した五十隻の櫂船団に対してデルフィル側の反応は鈍かった。約ひと月も続く恒常的な緊張状態に注意が散漫となっていたのだろう。波の穏やかな海面に白波を立てて接近する櫂船団に対して、発見が遅れたデルフィル側は大慌てで対応を試みた。しかし、港を守る大型の
この時、四都市連合の櫂船団は二手に分かれて襲撃を実行した。港の防衛兵器とそれらに守られた港湾設備へ向かって行ったのは、最新式の三段櫂船三十隻からなる船団。彼等の狙いは港湾の占拠と設備の破壊であった。
急迫する三十隻の船団に対して、デルフィル港を守る
十数個纏めて投射される岩塊や、槍よりも巨大な矢は命中すれば櫂船に痛手を与える威力を持つが、その殆どは海面に大きな波紋を作るだけであった。その戦果は、辛うじて一隻に岩の一つが命中しただけであった。そして三射目を終えたところで、四都市連合の櫂船団はその射程の内側に潜り込んでしまった。
防衛兵器の射程を一気に抜けた櫂船団はそのまま中型船が疎らに係留された桟橋へ突入した。水面下に頑丈な
一方、やや旧式で小振りな二段櫂船二十隻の船団は港を右手に見る格好で西側に舳先を向けると、そのままデール河河口を目指した。此方の目的は港の西の外れ、河と港に挟まれた地域に密集する港湾労働者の居住区のようであった。彼等の二段櫂船一隻当たりの戦闘員の数は満載しても最大五十人と三段櫂船に比べれば少ない。だが、その分喫水が浅いため、専ら小型漁船が使う浅い桟橋から上陸する事が出来た。
その場所に上陸したのは二十隻の内、十六隻分の陸戦兵であった。一方、残りの四隻はその場で上陸せずにデール河の河口を遡上するように内陸へ進んだ。
上陸した四都市連合の陸戦兵は、部隊を二百人ずつ四つに分けると、その一つに撤退経路と船の確保を任せ、残り三つが雑多な漁具置き場や粗末な倉庫が続く場所を進む。三つの部隊はその後、東西と中央に分かれると居住区の中へ足を踏み入れた。彼等の前進の妨げとなる者はいなかった。本来この地域を守る港湾ギルドの私兵団の姿は全くない。一方、漁具を片付けていた漁帰りの漁師が数十人、何事かと集まって来たが、彼等は不幸にも四都市連合陸戦兵の餌食となってしまった。
無妨害をいいことに簡単に前進する四都市連合の陸戦兵達は三部隊共に居住区の内部に達した。流石に異変を察知した住人達が通りへ出てくるが、重武装を整えた陸戦兵に向かってくる者はいない。自宅の長屋に引っ込むか、泡を食って逃げ出すだけである。中には鐘楼に登り半鐘を打つ者もいたが、そんな勇敢な者は直ぐに弩弓によって
急速に広がる混乱の中、逃げ出した者は幸運だっただろう。だが、長屋に引っ込んでやり過ごそうとした者達は射殺された者達同様に不幸だったといえる。なぜなら、四都市連合の陸戦兵達は居住区中ほどまで進んだところで周囲の建物に火を放ち始めたからだ。
彼らが用いたのは「ウダスの炎球」と呼ばれる陶製の球体だ。片手で持つ事の出来るこの球体には、一か所栓をするように布がねじ込まれている。陸戦兵達は手に持った松明からその布に炎を移すと、次々と手当たり次第に建物の屋根や壁へ投げつけていく。陶製の球体は板葺きの屋根や外壁に当たると、簡単に割れて内容物をまき散らす。その中身は粘油と硫黄に数種類の鉱物を混ぜた可燃性の混合物だ。そして、飛び散った液体に布から炎が燃え移ると、ゴウと音を立てて一気に炎が上がる。
居住区の東西両側で上がった火の手は徐々に勢いを強くしながら、生き物のように燃え広がりだした。
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異変を察知したリーズは幼馴染達の長屋に駆け戻り状況を説明する。リーズの言葉が終わる頃には粗末な長屋の室内にも、硫黄が焼ける独特の臭気が漂ってきた。
「逃げるわよ! モルト、私の肩に掴まって!」
説明を終えたリーズは焦った声で三人を急かす。そして足が不自由だというモルトの腕を取ろうとするのだが、
「いや、モルトは僕らが」
「そうだ、リーズはそのままで」
同じく怪我人のはずのルッドとタムロはそう言うとモルトをベッドから引っ張り上げた。微かにモルトの舌打ちが響くが、急ぐリーズには聞こえない。
「まぁ良いわ、早く行きましょう!」
この時点でリーズを含む四人の元冒険者達は、外敵に立ち向かうつもりなど毛頭無かった。リーズ以外の三人は剣や杖こそ持っているが服装は全くの部屋着である。一方リーズは務め人然とした街人の格好で得意な小剣すら持っていない。そんな彼女達は騒ぎに気付いた長屋の住人達と共にデール河沿いを北へ逃れようとする。直ぐに百人ほどの集団が出来上がり、彼等の中からは、
「デール橋まで逃げれば大丈夫だ!」
「北へ急げ!」
という声が上がっていた。
デール河の河口付近には飛び石状に中州が点在している。それらを繋ぐ橋の内、デルフィル側から見て最初の一つは木造の橋としても大きな橋で、デール橋という名がつけられている。デルフィルの北側郊外に位置し、インヴァル半島東岸域へ伸びる街道の起点となっている橋だ。そこまで逃げれば周囲に燃えやすい建物が無いため炎や煙に巻かれる心配は無かった。
「私達もそっちへ行きましょう!」
集団の中を進むリーズ達が周囲と同じように橋を目指すのは当然であった。その後、リーズ達を含む集団は逃げる内に多くの住民が合流し三百を超す集団となっていた。その集団は、雑多な居住区の路地を縫うように河と並行して北へ進む。そして、しばらく逃げ続けたところで、ようやく橋の直ぐ近くの大通りへ出ようとした。だが、
「敵だ!」
「待ち伏せだ!」
集団の先頭付近が大通りへ出たところで、そんな悲鳴が上がった。彼等の前にはデール橋の袂に上陸した陸戦兵の別働隊の姿が有ったのだ。
「え、え? どうなってるの?」
「敵が回り込んだ?」
「うわ、押すなよ!」
「ちょっと、痛い!」
戻ろうとする先頭と、逃げようとする後方の動きが狭い路地をたちまち混乱の渦に叩き落とした。そこへ、陸戦兵の集団から五十人ほどの部隊が、住民を排除するために近寄って来た。五十人ほどの陸戦兵達は路地を右往左往する住民目掛けて非情にも弩弓を構え、矢を撃ち放つ。
「タムロ、矢避け――」
咄嗟にそう叫んだリーズだが、彼女の瞳は緩い山なりの曲線を描いて自分目掛けて飛び込んでくる矢を凝視していた。
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