Episode_24.28 第二次奪還作戦
ブルガルト率いる「暁旅団」はインヴァル戦争後に最西方のオーバリオン王国へ向かっていた。不安定化した国の状態に、新たな商売の好機を求めた訳だ。だが、ブルガルトの勘は一部では当たっていたが、全体としては時期尚早であった。王太子ソマンの急死後、突然豹変した国王ローランの暴政は一部の遊牧民へと矛先を向けたが、国全体が分裂し内戦を繰り広げる状態には達していなかった。
これには幾つか理由があった。先ず、オーバリオン王国に複数存在する遊牧民の大氏族同士の結束が緩い事が一つの理由だ。これは、ローラン国王自身が、遊牧民族の結束を妨げる政策を行い続けてきた結果であった。また、暴政を始めたローラン国王を廃しても、代わりに立てる人物が第二王子のセバス
一時期は兄である王太子ソマンの導きを得て更生したように見えたセバス王子であるが、そんな兄の死後は嘗ての放蕩な生活に戻っていたようだ。殆どの家臣から「見込み無し」の烙印を押されたセバス王子は、スウェイステッドの管理を四都市連合に奪われる状況を唯々諾々と受け入れると、北のカナリッジに引き籠っていた。
そんな状況のオーバリオン王国の北の街カナリッジで、或る人物から秘密の依頼を受けたブルガルトは、傭兵団の面々を避難民の集団に紛れこませて山の王国へ出ると、そのままリムルベート王国に入った。その後、リムルベート国内の或る有力爵家と接触して依頼を完遂した彼等は、そこで新たな依頼を受けてデルフィルにやって来たのだった。
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翌日の議会はアルヴァンへの指揮権委託の打診に対する返事を聞くところから始まった。そこでアルヴァンは明確にデルフィル施政府議会からの打診を拒否すると、その代わりに「暁旅団」の首領ブルガルトをデルフィル軍の指揮官に据える事を提案した。
中原地方で名を上げ、その後四都市連合と決別しインヴァル戦争ではリムルベート王国第三軍の中核として戦った「暁旅団」とその首領ブルガルトの名声は、傭兵達の中ではそれなりの知名度を持つ。だが、日ごろはそんな荒っぽい連中との関わりが無いデルフィルの施政府議員には馴染みが無いものだった。しかも、
「報酬は金貨三千枚」
と、相場を遥かに超える金額を吹っかけるブルガルトに対して、施政府議会の面々は困惑した。その金額に見合う実力なのか? という疑問が出るのは当然である。そんな疑問に対して、ブルガルトはこれまでの実績や戦歴をやや誇張を交えた口調で語り、自らを大いに売り込んだ。
午前の早い時間から始まった一連のやり取りだが、状況が変わったのはその後直ぐのことであった。それまでブルガルトの売り込みをやや胡散臭く聞いていた議員達が態度を変えたのだ。その理由は、
――傭兵ギルド首領オルスト死去――
の報せと共に
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アーシラ歴498年9月16日
デルフィル施政府議会がブルガルトに対して指揮権を与えてから一週間後のこの日、ユーリーと騎士アーヴィルが率いるコルサス王子派の軍勢四百は未明の
前回の出陣とは打って変わって人目を忍ぶように出発する四百の人馬の集団、その先頭でユーリーはこの一週間の出来事を思い返していた。
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指揮権を得たブルガルトは、その前日夜に「海の金魚亭」で話し合われた通りの内容を議会に要求した。一部スカース・アントの影響力を行使して行われた要求は、一つに軍事行動専門の小規模会議の設置、二つに期日が迫っていた四都市連合への回答の先延ばしであった。
その中で最も難航したのは小規模議会の設置であったが、スカース・アントの根回しにより、各種ギルドの首領のみで構成される小会議を設置する事が出来た。デルフィルの施政府議会は一般に開かれた議会ではないが、それでも議席総数三百余という数は、機密性を重要視する軍事行動の内容を話し合うには多過ぎた。そのため、より機密性の高い小会議を設置するというのは、実はユーリーの案であった。
そして、何とか設置された小規模会議に於いて二つ目の期日引き延ばしの策が練られた。こちらは流石に海千山千の商人である各ギルドの首領にとって軍事行動云々よりは遥かに簡単な問題であったようだ。その証拠に、議決の翌日にやって来た四都市連合の海軍戦隊長は、のらりくらりと言い訳をしつつ期日を引き延ばすデルフィル側の対応に丸めこまれるように返事を得られず一旦引き揚げて行った。
一方、ユーリーを含む面々はデルフィル軍の編成に取り掛かった。数日先行する形で行われていた傭兵募集はそれまで低調に推移していたが、「暁旅団」という名前の通った傭兵団が加わったことで状況が好転した。また、今回はデルフィルの衛兵団から一部の兵力が割り当てられることにもなっていた。結果的に次回のスカリル奪還作戦に動員出来るデルフィルの兵力は傭兵二千に衛兵千の合計三千になっていた。
だが、数だけ整った軍勢を部隊に編成し短時間で指揮系統を整えるのは並大抵の苦労ではない。特に寄せ集めの兵である傭兵達を小隊規模に編成して運用することは先ず不可能であった。そのためユーリー達は二千の傭兵を二百人の部隊に分けて、夫々の部隊に「暁旅団」のベテラン傭兵を数人ずつ配する事にした。
豪胆な性格と豊富な経験で選ばれた傭兵の中には、「暁旅団」の副長ダリアや「薮潜り」、「優男」と渾名されるユーリーと面識のある面々も加わっていた。一方、レッツやドーサといった若手の傭兵はブルガルトの本隊に留まるようであった。
そして、二百人規模の部隊に編成された傭兵達と、元々五十人で一個小隊であった衛兵団の面々は二日前から順次街を出発すると、スカリルの北に設定した集合地点に集まりつつあった。前回のような目立つ出陣を行わないのは四都市連合側に攻撃を悟らせないための配慮であった。
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(スカリルの四都市連合の軍に動きは無いということだが……リリアは大丈夫かな)
ユーリーは今日までの怒涛の如き多忙な日々を記憶の片隅に押しやると、明日以降の事を考える。スカリルの状況は斥候として南下したリリアと「オークの舌」の精霊術師によって逐次デルフィルに伝えられていた。その報告によれば、
――スカリルの敵軍に動き無し、勢力は二千前後――
という事であった。前回よりも数が少ないのは負傷兵を後方に移送したからであろう、というのが現地のリリア達の分析であり、ユーリー達も同意見だった。それが正しければ、補充の兵力がスカリルに到着する前の今が好機であった。そのため、ユーリー達は翌日未明に二度目となるスカリル奪還戦を仕掛けるつもりであった。
(それにしても、もう五日も顔を見ていないな……)
月が沈み、日の登る前の街道を進むユーリーは、いつしか恋人の事を考えていた。この戦いを早く終わらせて少し落ち着きたい、というのが彼の、いや、彼が引き連れるコルサスの男達全員のささやかな願いだろう。だが、そんな彼等の願いは四都市連合側の思わぬ動きで実現を妨げられる事になる。その事を今は知るよしもないユーリーはせめての慰めとして恋人のハシバミ色の瞳を思い浮かべていた。
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