Episode_24.27 金貨三千枚!
デルフィルの街の東側には、豪商など裕福な者達が屋敷を連ねる一画がある。その中に、傭兵ギルドの首領オルストの屋敷も存在していた。中原からデルフィルに流れ着き、傭兵ギルドで頭角を現し、ギルドの首領にまで上り詰めた男にふさわしく、その屋敷の外観は立派なものであった。だが、屋敷の主は死の床にある。その事が、屋敷全体を重い空気で押し包んでいた。
屋敷には一日に二度マルス神の高位聖職者が訪れ、解毒や治癒の神蹟術を行使していた。だが、全身数か所の刀傷から生じた膿は、応急手当の拙さも手伝い、既に身体中を蝕んでいた。高熱と時折襲う激しい痙攣によりオルストの意識は混濁し、体力の消耗は既に回復不能な所まで進んでいた。
そのためこの日、マルス神の司祭はこれまでの解毒や治癒を止めると、
その後オルストは妻や息子達に囲まれて静かに息を引き取るはずであった。だが、そんな最期の団らんに足を踏み入れた者が居た。本来ならば来客を招き入れる事など考えられない状況であるが、その人物はすんなりとオルストの寝室に通され、そこでしばし寝台に横たわる彼と二人きりの時間を過ごした。
****************************************
「軍の指揮など、似合わない事をするからだ」
「……そう、だな……」
苦笑いで語りかける客人にオルストは呟くように答える。彼は思考に靄が掛ったような状況であった。
「だが、戦場では死ななかった……」
「そうだな……それにしてもお前は大したものだよ、オル。嫁さんと子供に立派な屋敷、財産も作った。一介の傭兵には望むべくもないことだ」
客人はそう言いながら、若かりし頃のオルストの言葉を噛み締めた。
――誰かに使われて、道具のように死ぬのは嫌だ! 俺は戦場では死なない!――
オルストが傭兵団から脱走同然で逃げ出した時の言葉だった。腕っ節は強くなく、多少頭が良いばかりで自尊心だけは人一倍強いという若者だった。しかし、客人にとっては同じような境遇の少年時代を兄弟同然に生きた幼馴染であった。
「なぁオル……嫁さんには言えない事があったら代わりに聞いてやろうか? どこぞの商売女、いや、妾の一人や二人くらいはいるんじゃないか?」
「何を……馬鹿を言うな、ブル……」
半時後、客人はオルストの寝室を後にした。最期の時を共に過ごすべきなのはオルストの家族であって、彼ではなかった。ただ、偶然にも死を間近にした幼馴染と再会し、最後に言葉を交わすことが出来た幸運を心の中で感謝した。
既に夕刻を迎えつつあるデルフィルの街。その通りを彼はゆっくりと歩き出した。
****************************************
「こうなったら受けるしかないだろ、アーヴ」
「待ちなってヨシン、そんな簡単な問題じゃない」
「でも、この間の戦いだって、もしもアーヴやユーリーが指揮していたら――」
「海の金魚亭」一階奥の部屋で交わされる会話はユーリーとヨシンのものだ。しばらくぶりの再会を果たした二人であったが、直ぐに以前のような気易い幼馴染の口調に戻っている。但し、話し合われていることは深刻であった。
「アルヴァン様、私もそう思います」
「同じく」
今度は騎士デイルとハリス・ザリアである。十二人分の席が円卓を囲む部屋には彼等の他に「オークの舌」のジェイコブ、「骸中隊」のトッド、遊撃騎兵隊のダレス・ザリア、魔術騎士アーヴィル、そしてアルヴァン・ウェスタが居た。
彼等が話し合っているのは、この日の議会終了間際に発せられたアルヴァン・ウェスタへの打診についてであった。デルフィル施政府議会は、次なるスカリル奪還作戦の指揮をリムルベート王国の侯爵公子アルヴァンに託そうとしたのだ。
傭兵ギルドの首領オルストは
そのような状況で、若いながらも地位に見合った実力を持つアルヴァンに白羽の矢が立ったのだ。更には、彼が指揮官として立てば、本国リムルベートは更なる援軍を送ってくるかもしれない、という淡い期待も施政府議会にはあるようだった。
一方、アルヴァンの方は及び腰である。今の一連の発言に対して、一言も発していないことがその証しだった。尤も、数千に上る軍勢を指揮する事に
(これは……受けざるを得ないか……)
という考えを抱いている。だが、それは最後の手段である。というのも、
「……だが、リムルベート王国の人間が指揮を取ることについて、コルサス側はどう考えるのか?」
というアルヴァン自身の発言が理由であった。もしも議会の打診を承諾すれば、先に彼とユーリーで話し合った、影響力を等分しよう、という目論見が破綻することになる。それは双方の本国にとっても望ましくない結果といえる。
一方のユーリーとしては、色々考えるところが有った。まず第一に、先遣隊として騎兵や兵士を派遣し実際に損害を出していることだ。損害を出した以上は見合った結果 ――つまりデルフィルでのコルサス王子派の影響力増大―― を得なければならない。しかし、他方では、このままデルフィル周辺地域の情勢を不安定にしておくことはコルサス王子派にとって好ましい状況ではなかった。その上で、
(いっそ、僕が指揮を……)
と考えない事もないユーリーだ。両国の影響力の大小を考えれば、コルサス側の援軍指揮官が全軍の指揮を受け持つ事で均衡を保つ方向に向けることは可能だろう。しかし、
(やっぱり駄目だ。数千の指揮なんて出来ない)
のである。臆しているというよりも、彼自身が自分を冷静に捉えた結果、どうしても
例えばユーリーやヨシンは単独の戦闘力に非常な優秀さを持つが、一方で小隊よりも大きな集団を上手く指揮できるか? と問われると疑問である。何と言っても今の時点では経験が足りない。その点、騎士デイルや魔術騎士アーヴィルは個人の戦闘力に優れた上に或る程度の集団を指揮する経験も豊富だ。だが、存分に動かせるのは大隊程度であろう。それ以上大きな軍勢を手足の如く操るには経験もさることながら、適性、いや才能と呼ぶべきものが必要となる。
その点、アルヴァン・ウェスタという青年は申し分の無い人物だといえた。親友の贔屓目を抜きに考えても、幼い頃から将来の大侯爵として教育を受けたアルヴァンは、その血筋の成せる業か、充分な才能を備えている。
そのような事を考えたユーリーは多少の悔しさを感じつつも、結局は
(現状のデルフィルの状況を打開することが最優先)
と結論を付けると、口を開きかける。そんな時だった。部屋の扉が控えめにノックされた。
「なんだ? 注文なら此方からするって――」
発言の出鼻を挫かれたユーリーは扉の方を見る。そこでは、不意のノックに対して立ちあがったダレスが、そう言いながら少し扉を開いていた。だが、扉をノックしたのは言い付けを忘れた給仕ではなく、
「ごめんなさい。でも、どうしても、って……」
と少し申し訳そうな声を発するリリアであった。そんな彼女の声は、後から続いた別の男の声にとって代わられた。
「ちょっと邪魔するぞ」
「誰だよお前!」
「いいから、どけって」
扉越しにダレスと交わす声にユーリー達は心当たりがあった。
「ダレス大丈夫だ。その人を中へ」
アルヴァンが入室を認める声を発すると、ダレスは仕方なく扉を開ける。そこには、
「よお、久し振りだな」
と、以前と余り変わっていない様子のブルガルトの姿があった。室内には彼を知る者も知らない者もいるが、ブルガルトはそれに構わずユーリーとアルヴァンを交互に見た上で言う。
「スカースって商人から聞いた。俺がやってやるよ」
その言葉に、思わずユーリーとアルヴァンは顔を見合す。一方のブルガルトは、そんな二人に対して少し悪い顔で、
「だが、報酬は金貨三千枚だ」
と言ってのけた。余りの金額に一同が茫然とするなか、ジェイコブの口笛だけが短く響いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます