Episode_24.26 政局変動
アーシラ歴498年9月5日
スカリル奪還戦に於ける敗北の報せは、コルサス王国王子派とリムルベート王国の先遣隊指揮官である二人の青年によって施政府議会に
敗北の報告は、本来ならばデルフィル施政府議会から特命された指揮官オルストがするべきであるが、彼はスカリルで受けた傷が悪化し現在は自分の屋敷から動けない状況だという。可也危険な状態であることを直接見ているユーリーとアルヴァンは、止むを得ずオルストの役割を肩代わりした格好であった。
一方、予想外の報せを受けた施政府議会は緊急議会を招集した。元々スカリル襲撃時に逃げて来た衛兵や住民からの情報を鵜呑みにし、敵は千人前後、と思い込んでいた議会である。今回の奪還作戦の成功を疑っていなかったという事は出席を求められたユーリーにもアルヴァンにも直ぐに分かった。というのも、招集された緊急議会はそれから約一週間に渡って紛糾したのだ。
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交易立国であり、ギルド政治で運営される都市国家デルフィルにとって、その対外的な方針が各
現在最大勢力を誇る海商ギルドは歴史的には「親四都市連合」であるが、現在は「親リムルベート」である。これは、海上交易を主体とするギルドであるから当然であった。彼等はリムルベート国内で発生したノーバラプール独立運動以降、「親四都市連合」の色を薄めていた。そして、先のインヴァル戦争で四都市連合がインバフィルを失うと、一気に「親リムルベート」へ傾いていた。だが、内部には四都市連合との対立や排斥を嫌う者達も少なくない。
一方、二番手勢力の隊商ギルドは「親リムルベート」又は「親コルサス」を対外的な立ち位置にしている。これは、陸上交易の主役である隊商主達のギルドであることから当然であった。だが、隣国コルサス王国が長きに渡り内戦状態であることから、内部は「親リムルベート」が優勢であった。最近になりレイモンド王子の台頭により地続きの王子派領が安定したため「親コルサス」が盛り返しているところである。
三番手以降の議会勢力は数の差がそれほど無い。海商ギルドへの追従方針を明言する港湾ギルドを除く他のギルド ――商工ギルド、傭兵ギルド、冒険者ギルド、漁業ギルド、露店商ギルド―― は専ら「自主独立」の立場を取る。だが、それも場合によりけりで、勢力に劣るギルドはその時々の多数派工作に応じて立場を変えることが
このように、
だが、明確な敗北という結果を突き付けられた議会は再び混乱に見舞われた。敗戦の責任を問う声は当然上がるが、当の本人である特命指揮官オルストは生死の狭間を彷徨っている状況である。首領を欠いた傭兵ギルドは自己弁護も儘ならない状態で非難に晒された。
しかし、緊急議会はいつまでも責任追及という名の非生産的な行為に時間を費やす事は出来なかった。状況は近隣都市であるスカリルを四都市連合に確保されたままなのだ。占拠が一日延びれば、それだけ四都市連合はインヴァル半島東岸域に足場を固めることになる。その認識は各議員に共通していたので、議会の内容は徐々に現実的な対応へと舵を切って行った。
その時点でデルフィルが取ることの出来る対応は、再び傭兵を募りスカリル奪還の戦いを再度仕掛けること、又は四都市連合側と停戦協議を行うことであった。デルフィルの財政状況ならば、前回と同等規模の傭兵を招集することは容易い。だが、前回の戦いで露呈した指揮系統の不備が問題であった。また敗戦直後の再募集に傭兵が集まるか? という不安もあった。一方、停戦協議の方は協議の場を持つ事自体が可能かかどうか、不透明な状況であった。これまでデルフィルは沖合の軍船団に何度も退去を求める使者を送っているが、四都市連合の軍船団はそれら全てを黙殺している状況だった。
両案ともに問題を抱えた中、議会はスカリル奪還派と停戦協議派が議論を戦わせる場となった。そして数日が経過した議会の空気は徐々に停戦協議派へと流れていく。これは、海商ギルドと港湾ギルドの中に存在していた「親四都市連合」の一派が今の状況を再び自分達が台頭するための好機と捉えて活発に活動した結果であった。ユーリーとアルヴァンは議会の空気が徐々に停戦協定へと向かっていく様子を苦い思いで傍観するしかなかった。
だが、そんな「親四都市連合」一派の努力は、当の四都市連合によって水泡に帰することとなった。その出来事は緊急議会が招集されて五日目に起こった。この日、デルフィルの沖合に留まり続ける四都市連合の軍船団から一隻の二段櫂船がデルフィル湾に進入したのだ。
戦闘意思なし、の白旗を掲げた櫂船から港に降り立ったのはカルアニス海軍の一介の戦隊長であった。彼は、四都市連合側からの書状を携えており、それを緊急議会の最中であった議会に届けた。そして、
「提示した条件について交渉に応じるつもりは有りません。三日後にお返事を頂戴に上がります」
と告げると、そのまま立ち去って行った。彼が届けた書状は議会を再び混乱に陥れた。
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――デルフィル港の東側三分の一を四都市連合が三十年間無償租借することを認める――
――租借地の隣接地に四都市連合の大使館を設置し、周囲を関係者の居留地とする――
――四都市連合からの交易品は免税とし、リムルベート、コルサスとの交易品には三割の税を課す――
――上記は陸上交易でも同じとする――
――デルフィル施政府議会の定員の三割に当たる議席を四都市連合に提供する――
――政治軍事顧問団を受け入れる。施政府議会の決定は全て顧問団の同意を要するものとする――
――全条件の履行を確認するため、四都市連合は任意の時期に監査団を派遣する――
「……よくもまぁ……」
「好きに書いていいと言われても、中々ここまでは思い付かないな」
「まったくだ」
四都市連合からの書状の写しを読んだユーリーとアルヴァンの感想は呆れた声色であった。それほど四都市連合側が突き付けた条件は一方的で且つ理不尽なものだった。まるで、勝者が一方的に突き付ける降伏勧告である。当然、デルフィル側はこれを了承する事は出来ない。
「四都市連合側は戦いを止める意思が無いのだろうか?」
「そう読むべきだろうな」
ユーリーやアルヴァンだけでなく、
その結果、施政府議会の流れは当然の如く「再軍備」へと流れていく。首領を欠いた状態の傭兵ギルドに再び予算が与えられ、今度は四千人の傭兵を募る事になった。また、衛兵団から千人規模の応援を送る事も決まった。だが、肝心の指揮官が不在である。
デルフィルの衛兵団は一応軍の組織を模した格好になっているが、その主な任務は治安維持である。数千人規模の軍隊を指揮することが可能な人材は存在しなかった。そのため、指揮官たり得る人材を傭兵の中に求める、という案が出た。だが、傭兵団として徒党を組んでいる者達でも精々が百人規模である。しかも、同じ雇われた側という立場で傭兵達に言う事を聞かせるには、それなりに実力と名声を兼ね備えた人物が必要であった。
結局、指揮官の選定という
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