Episode_24.25 負け戦


 街道の西側に展開する四都市連合軍の軍勢、その中央に対して後方にあたる西側から接近したユーリーは、先ず火爆波エクスプロージョンで先制すると自分の存在を敵に知らしめた。この時点でユーリーは単騎だが、北から迫る援軍の突撃を成功させるため、敵の注意を惹いておきたかったのだ。


 一方、一度の魔術で二十人弱が犠牲となった四都市連合側は、魔術が炸裂した地点周辺の敵兵が無理矢理散開しようと不規則な動きを示したが、全体として混乱は限定的であった。これまでの用兵や部隊展開を引合いに出すまでも無く、彼等の錬度と士気は一流だと評価するべきである。


 そんな四都市連合側は、少し離れた場所に配されていた二つの小隊に対してユーリーへの対応を命じたようだった。彼等の内、弩弓兵が多く配された小隊は、既に番えてあった矢をユーリー目掛けて撃ち放つ。その間、歩兵が多いもう一つの小隊は全速力で距離を詰め始めた。


 魔術を使う相手に対しては、先ず魔術を行使する準備段階である念想や展開を阻害する遠距離攻撃が有効だとされる。特に矢を大量に射かければ、一般的な魔術師は集中が必要な念想や展開段階に移る事が出来ない。その上で、最終的には近接戦闘に持ち込む事で被害を最小限に留めて対応が出来る。


 そんな対魔術師の定石戦法を見せる敵軍に対して、ユーリーは彼等が意図するような動きを見せた。既に習熟が進み殆ど瞬時に発動出来る縺れ力場エンタングルメントを使うこと無く、愛馬を操り矢から逃れる。また、歩兵の速力など問題にならない駿馬を駆るにもかかわらず、歩兵の接近を待つようにその場に留まった。その意図は、


「隊列このまま! 進めぇ!」


 という騎士デイルの怒号と共に突如・・としてユーリーの背後に姿を現した四十五騎の騎士隊にあった。


 実はこの時、ユーリーは自分の背後に力場魔術鏡像ミラーイメージを展開していたのだ。地面から高さ一メートルの場所に横長に展開した鏡像の力場は、斜め下の乾いた土の地面を映すように展開されていた。そのため、ユーリーの背後に接近しつつあったデイル率いる騎士隊の姿は敵兵からは見えなくなっていた。敵兵、特にユーリー目掛けて突進する一個小隊の敵兵からは、ユーリーの背後が小高い地面の隆起か土壁に見えていたはずだ。


 勿論、平地ばかりの戦場にそんな地形が突然出来るはずは無い。だが、人間の認知力とはいい加減なもので、そう・・と言われなければ中々気付く事はできない。結果的に認知力の限界を突かれた歩兵ばかりの一個小隊は、真正面からほぼ同数の騎士の突撃を受ける事になる。その結果は敵兵に対して悲惨なものになった。散々に蹴散らされた結果、スカリルの街の方へ逃げる事が出来た敵兵はごく少数であった。


「デイルさん、このまま敵本隊へ!」

「分かった! 進むぞ!」


 ユーリーと合流した騎士デイルの隊は、そのまま西へ進み真っ直ぐ敵軍の中央を目指す。四十六騎に増えた騎馬の集団に対して敵軍の中央付近から弩弓の第二射目が降りかかる。だが、今度はユーリーの展開した縺れ力場によって矢は可也手前で力無く地面に落ちた。


 更にこの時、敵軍の北側にハリス・ザリア率いる有志援軍騎士隊が激突した。その先頭に立ち愛用の斧槍を振るうヨシンの視点とは異なり、敵軍の中央に対してまだ少し距離が有ったユーリーは敵軍全体の動揺を見て取る事が出来た。彼の視界の先では、敵部隊が北側に対して阻止線を展開しようとしている。敵兵は全体として乱れなく動いているように見えた。だが、阻止線の端に配された敵兵達は北から迫る騎士と、西から迫る騎士のどちらを向いて良いか分からないといった風だ。そこには明らかな怯えと恐れがあった。


(仕掛けるなら今だ!)


 今回の戦いで初めて露わになった敵兵の動揺。それを助長する術は限られているがユーリーにはとっておき魔術がある。ユーリーはその決意と共にこの日何度目か既に覚えていない魔力の念想を行う。これまで規模の大きな魔術を何度も発動していた彼は、当然の如くズキリと鈍い疼痛を脳髄に感じる。並みの魔術師ならば、この痛み自体が邪魔をして魔力の念想どころではない。だが、彼一流の感覚では、


(未だ二、三回はいける)


 なのだ。


 しかもこの瞬間、ユーリーは先に突撃した有志援軍騎士隊の先頭で高らかに斧槍を振り上げる騎士ヨシンの姿を垣間見た。まるで「久し振りだな」と挨拶を送るようなその仕草に、ユーリーは躊躇い無く魔力を念想する。不思議と頭の奥の疼痛は掻き消えるように鳴りを潜めていた。


 念想上のユーリーの魔力は白色の燐光・・・・・を示す。それが尾てい骨から背骨を駆け上がり、頭頂から溢れるように外皮の浅い場所を巡って四肢を満たす。一瞬で体内を巡った白い燐光は次の瞬間、右手の魔剣「蒼牙」に収束する。そして白い燐光は濃い蒼へと転じた。


「デイルさん! 敵の中央よりも南に魔術を撃ちます。突入はそれよりも北へ!」

「了解だ!」


 デイルの返事とユーリーの展開行程が終わるのはほぼ同時だった。そして、駆け続ける馬上のユーリーの目前に白熱した巨大な炎の矢が生みだされる。巨大な炎の矢は、ユーリーの剣先が示す場所へ真っ直ぐに飛ぶと、着弾と同時に轟音と炎をまき散らし小規模な爆発を生じる。火爆矢ファイヤボルトによる攻撃はそれ一度ではなかった。立て続けに三度行われた投射型魔術の行使により、阻止線の南側で敵兵力は混乱に陥った。そこに騎士デイル率いる四十五騎が突撃を敢行した。


****************************************


 スカリルの北門前の戦いは、一時アルヴァン率いる混成歩兵部隊が敵兵に包囲されかける窮地にあった。だが、傭兵や兵士達の粘り強い防戦で得られた時間的な猶予に、騎兵と騎士が相次いで敵の本隊へ突撃したことにより、包囲が成功することは無かった。


 四都市連合側の軍勢は包囲網を意図した本隊の三分の一を突撃した騎士隊に切り取られる格好になった。その結果、北側に孤立した部隊は反撃を受けて潰滅、兵士達は方々へ潰走した。一方、残った三分の二の兵力は戦闘継続を断念するとスカリルの街へと撤退を開始した。


 その間、街道から東の丘上で待機していた四都市連合の伏兵達が斜面を駆け下り、北側に孤立した自軍部隊の援護を試みる場面があった。だが、斜面を駆け下る彼等の前で、突然丘の斜面が崩落したのだ。不自然なこの現象はリリアが地の精霊に呼びか掛けた結果であった。これにより進路を塞がれた伏兵達は止むを得ず援護を断念すると、本隊が街へ後退するのに呼応して退却を開始した。


 一方、スカリルの街を南から西に迂回して北の門を目指していた騎兵二百と歩兵千の部隊は、騎兵がリムルベートの騎士とコルサス王子派の騎兵に阻まれ、歩兵は僅か二十騎ばかりの騎兵によって前進を妨害され、戦場に到着することは無かった。


 結果として寸前の所で難を逃れた混成歩兵部隊は、アルヴァンと騎士アーヴィルの号令の元、街道を北上するとデルフィルへの帰路に就いた。彼等の損害は無視できないものが有った。だが、兵力の殆どを失ったデルフィル軍と比べればまだマシ・・であったという。


 既に夕闇が迫る街道を北へ進む隊列。その中にあってユーリーは無言で左手の山々に沈む夕日を見ていた。彼の右隣にはアルヴァンが、そしてその向こう側にはヨシンが、馬を並べて進んでいる。だが、三人は再会を喜ぶ事も忘れ、押し黙っていた。


 後半の戦いはさておき、スカリル奪回を試みた今日の戦いは完全なる負け戦であった。その事実が生き残った者達の口と足を重くしていた。


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