Episode_24.24 包囲解除
スカリルの北門前で四都市連合の勢力に拘束されたアルヴァン率いる混成歩兵部隊は、その場で陣形を再構築して防衛線を形成した。だが、南から西へと展開した敵本隊の攻勢への対応に手一杯となり、東側の丘に回った伏兵部隊には脆弱な背後を晒さざるを得ない状態となった。また、その危険性を冒してまで形勢した防衛線も南と西からの敵本隊による攻勢を受けて、崩壊寸前という状況である。
一方、四都市連合の勢力は着実に部隊を北へと展開させる。北に回った部隊が街道に達すれば、アルヴァン率いる混成歩兵部隊は退路を断たれて包囲されることになる。そうなれば、包囲網の中には全滅覚悟で突破を図るか、又は降伏の意思を示すか、という選択肢しか無くなる。戦況はまさに「詰みの一手」に四都市連合が手を掛けた状態であった。
「畜生、矢がもう無い!」
「こっちも魔力がヘロヘロだ、すかしっ屁も出ねえよ!」
「騎兵と騎士の連中は何やってんだよ!」
「知るかよ、あっちにも敵部隊が出たのは見えた、手一杯なんだろ!」
部隊の北側で包囲を防いでいた傭兵団の首領トッドとジェイコブだが、戦況はじり貧であった。遠距離攻撃で敵部隊を牽制していた傭兵達だが、攻撃手段である矢や魔力は既に尽きかけている。他方、牽制攻撃が薄くなるのを受けて、敵部隊の展開は勢いづく。
「覚悟を決めるか……全員抜剣、近接戦用意!」
「仕方ない、おい! 誰かアルヴァンの大将に伝令!」
そんな中、近接戦が苦手な「骸中隊」のトッドは部下達に抜剣を指示する。一方「オークの舌」ジェイコブは、手近な部下を伝令役にする。部隊の南側で防戦を指揮するアルヴァンに、
「俺達で北側の街道を一時確保する、その間にさっさと逃げろと言ってこい!」
と退却を促すものだ。だが、伝令役がジェイコブの元を離れる直前、彼等の周囲の空気が不自然に動いた。そして、
(ジェイコブさん! もうすぐで援軍が来るわ! 持ち堪えて)
という、リリアの声が彼等の耳元で響いた。
「うわっ! 驚いた……」
「リリアか、援軍だって?」
驚くトッドを後目に、自身も精霊術師であるジェイコブはリリアが伝えた「援軍」という言葉を問い質す。その瞬間、不意に戦場に爆音が轟いた。
「なんだ!」
ジェイコブもトッドも、思わず音がした方を見る。敵部隊の最も層が厚い西側であった。二人からは十重二十重の敵兵の背後で、霞みのように巻き上がったばかりの土埃が見える。
「火爆波? アーヴィルの旦那? いや、ユーリーか!」
(そうよ! 後はパムスさん達も、それに――)
リリアの言葉は直ぐに現実のものとなった。北側に展開した敵兵の背後から、隊列を切り取るように騎兵が突入したのだ。
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一番隊を預かった副官パムスはセブム率いる四番隊を引き連れ、街道の北側を塞ごうとしている敵部隊に北西の方角から突入した。傭兵からの牽制が薄くなった状況に、部隊の展開を急いだ敵部隊は四列程度の隊列で街道に達していた。彼等は展開を急ぐ余り意識が前方に集中しており、背後への注意を怠っていた。また、不意に起こった爆発音に気を取られていた兵も少なくない。その間隙を突くかの如く、十九騎の騎兵隊は突撃を成功させた。
四列余りの薄い隊列は易々と騎馬の突破を許す。その間、騎兵達はただ馬を駆けさせるだけで、馬上槍や剣、弩弓の類は使用しなかった。それでも、二十弱の敵兵が馬に蹴散らされ、踏みつけられた。そうして敵の隊列を分断するように駆け抜けた騎兵隊は、街道と丘の斜面の間の狭い場所で方向転換する。そんな彼等に、寸前まで近接戦闘に入る覚悟を決めていた傭兵達の歓声が投げ掛けられた。しかし、今の彼等はそれに答えること無く、次なる行動に移る。目標は孤立した敵部隊の先端だ。
「放て!」
副官パムスの号令で、敵部隊に接近した騎兵達は次々と弩弓から矢を放つ。敵前で部隊を展開させるのだから、その先端に位置する部隊は強兵揃いだろう。だが、槍が届かず矢の狙いが定めにくい騎兵からの射撃によって、十人ばかりが打ち倒された。
「離脱!」
一射終えた騎兵達は敵部隊の先端を掠めるように北へと離脱する。馬上の副官パムスは決して敵正面に対して近接戦を挑まない。コルサス王子派の騎兵隊は騎士とは違うのだ。突撃して近接戦を行うことも出来るが、今はその時では無かった。副官パムスの狙いは、統率に優れる敵兵を可能な限りかく乱し
(もう少しです、頑張って!)
「分かってます、リリアさん」
離脱後再び方向転換したパムスの耳元にはリリアの指示が響く。前方では孤立した先端の部隊を援護するため、後続の敵兵が街道へと進出していた。自然と、敵部隊の厚みは薄くなる。
「もう一度仕掛ける、接近し過ぎるな、敵の注意をこちらに惹き付けろ!」
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街道には北へ逃れる敗残兵の姿があるが、彼等は慌てたように街道の脇へ避けると騎馬の一団に道を譲る。合計六十騎のリムルベート第二騎士団の一団だ。その先頭には馬一頭分先行したヨシンの姿があった。
真っ直ぐ南へ向けて駆けるヨシンはその時点で街道から外れるとやや西へ進路を取る。彼の視界の端、街道東の丘側には懐かしい遊撃騎兵隊の姿があった。彼等は敵兵の注意を惹こうと懸命に馬を駆けさせ矢を射ている。その状況に、ヨシンは突撃の狙いを彼等とは反対側の街道の西側に定めたのだ。その場所は彼から見て最も敵兵の層が厚い場所だ。そこに狙いを定めたのは、完全な彼の「勘」であった。しかし、ヨシンの直ぐ後ろを駆けるハリス・ザリアは
(なるほど、一度の突撃で敵兵の集団を分断する気だな)
と、先を駆けるヨシンに勝手な解釈を付けていた。年齢でいえばヨシンは有志援軍の騎士隊の中でも最も若い。また、マルグス家という子爵家は恐らく最も小さな家格である。だが、先のインヴァル戦争、アドルムを巡る戦いで
「ハリスさん! このまま突撃する!」
敵兵の姿はみるみる内に迫る。その距離でヨシンは一度だけ後方を振り返り、声を発した。その声に、ハリス以下の騎士達は槍を振り上げて返事の代わりとした。
この時点で敵兵は急迫する六十騎の騎士に対し防衛線の構築が出来ていなかった。パムス達コルサス王子派の騎兵が注意を引き付けたお陰であった。今更になって盾と槍の隊列を整えようとしている敵兵の集団に、鏃の如き鋭さでヨシン達は飛び込んで行った。その勢いは、金床の上の灼熱した鋼へ振り下ろされるドワーフ鍛冶の大金槌もかくや、というものであった。
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突然現れたリムルベートの騎士による突撃は、街道に沿って西側に横隊展開していた四都市連合の軍勢の左翼側に激突した。丁度三日月型に見える陣形に真上からぶつかった格好だ。
その突撃は斜め後ろに駆け抜けて再びの突入を期するものではない。全力で敵とぶつかり、勢いが止まった後もその場に留まり戦い続ける類のものだ。まさしく、重装騎兵の最高峰たる騎士なればこそ成し遂げられる攻撃力と防御力、勇敢さがモノを言う戦術といえる。中でも先頭に立った一人の騎士はそんな戦術を体現するような戦いぶりを示していた。
「うらぁ!」
獣も竦み上がる蛮声を轟かせ、ヨシンは片手で「首咬み」を振るう。強烈な一撃に槍の柄をへし折られた敵兵は額に斧槍の刃を埋め込まれる。脳漿が飛び散り、噴水の如く血飛沫が飛ぶ。
「まだまだ!」
ヨシンは敵兵の頭蓋に食い込んだ刃を、その敵兵の顔を蹴って無理矢理外す。そして今度は反対側から飛びかかってきた敵兵を石突で突いた。飛び掛かり地面に引き摺り下ろそうとした敵兵は、重量のある石突を鼻先に叩き込まれてその場で崩れ落ちる。その体は後続の騎馬によって滅茶苦茶に踏みつけられていた。
「進め! まだ進める!」
楔の如く敵兵を割って進む騎士達、その先頭は相変わらずヨシンだが、左右を進む騎士達も負けじと夫々槍や剣を振るう。彼等の集団は敵集団に北から三分の一ほど浸透して前進の勢いを弱めつつあった。
「足を止めるな、動き続けろ! 前へ!」
敵陣深く突撃した場合、その終端付近で四方から反撃を受けるのが常だ。だが、その場で戦う決意であった彼等はハリスの号令により、尚も強引に前進を続ける。仲間同士で声を掛け合いながらの渾身の前進だ。
だが、敵兵はこれまでの戦いで見せた高い錬度と統率を発揮すると、阻止線とも呼ぶべき隊列を敷いた。遂に六十騎の騎士が仕掛けた突撃は、敵中で完全に動きを止めることになった。
しかし、その先頭にあってヨシンは全閉式の兜の奥で口元に笑みを浮かべていた。敵の阻止線の先、馬上だから見通す事の出来る二百メートルほど先に、懐かしい黒い甲冑の騎士が居たのだ。その騎士は他の騎士達を伴い、北から突撃したヨシン達と呼吸を合わせるように、西から敵兵の集団に突撃を加えていた。
(久し振りだな、ユーリー!)
叫びたい気持ちの代わりに、ヨシンは「首咬み」を高く掲げ目一杯の力で振り下ろした。不用意に近づいた敵兵が盾の上から強烈な一撃を食らい、腕が折れる音と共に地面に倒れ伏した。そんなヨシンの視線の先では、声にならない内心の言葉に応じるように、ユーリーが再び炎の魔術を発動していた。
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