Episode_24.23 援軍到来


 アルヴァン率いる混成歩兵部隊の戦闘は、ユーリーが血相を変えて単騎で駆け出すほどの深刻な様相を迎えていた。北の門から雪崩を打って逃げ出してきた友軍デルフィル軍の負傷兵達への対処で一時陣形を乱したところに、街の西側に展開していた別働隊が潰走しつつ合流したことが原因だった。


 特に西側から合流したデルフィル軍の別働隊は、直前まで少数の騎兵に背後を襲われていたため、恐慌状態でアルヴァンの部隊に合流することになった。彼等が持ち込んだ混乱や恐怖は、精鋭なコルサス王子派の遊撃歩兵隊やリムルベート第二騎士団の従卒兵にも少なくない影響を与える。結果として、崩れた陣形の組み直しや負傷兵の後送が一時的な麻痺に陥ってしまった。その状態はデルフィル軍を構成していた潰走、敗残、負傷傭兵の大半が北の街道へ離脱するまで続いた。


 その間、スカリルの街中から進出してきた四都市連合の勢力は北門を再度奪取すると、そのまま街の外へ兵力を押し出した。彼等は門前を確保すると、後続の部隊を街道の西側へ展開する動きを見せる。更に丘側に一時退避していた伏兵の部隊は、残り矢が乏しくなった弩弓兵達と合流すると、丘の斜面を北へと進む。それら動きは西の平野側からアルヴァンの部隊を圧迫し、丘への登り斜面へ追い詰める意図があった。


 勿論敵の意図はアルヴァンや騎士アーヴィルには手に取るように分かる明確なものだ。だが、対処しようにも、周囲の自軍はようやく混乱状態から脱したばかりだ。


「ジェイコブとトッドの部隊は西から回る敵を阻止! 包囲を許すな!」

「前面と西側側面に展開しろ、丘の方はしばらく構うな!」


 そう号令を飛ばすアルヴァンや騎士アーヴィルの元にも敵の槍や矢が届いている。だが、二人とも今のところは危なげなくそれらを捌くと、何度も号令を繰り返す。しかし、対応する側は自部隊の掌握で手一杯な状況であった。辛うじて二つの傭兵団が西側から背後に回ろうとする敵兵を牽制していた。弓兵主体の「骸中隊」が狙い澄ました矢を放ち、精霊術師を多く擁する「オークの舌」からは火箭や石礫が飛ぶ。しかし、ここを勝負どころ・・・・・と捉えた四都市連合側は、牽制攻撃に犠牲を出しつつも、徐々に部隊を北へ、つまり街道を塞ぐように展開する。


「おっさん、どうするよ?」

「どうするったって、どうしようもないだろ!」


 トッドの問いにジェイコブは吐き捨てるように言う。彼の脳裏には「自分達だけでも降伏しようか?」という考えが一瞬浮かんだ。だが、その考えをジェイコブは打ち消した。仲間とはいえないが、同業者であるデルフィル軍の傭兵達を何とか救おうとした結果が招いた窮地だ。自分達だけが助かる事は、


「此処で生き残っても、寝醒めが悪いだろ!」


 ということだった。


 その声にトッドはにやりと笑うと、何も言い返さずに再び弓弦を引き絞った。放たれた矢は低く真っ直ぐに飛ぶと、四都市連合の重装歩兵の鎧の継ぎ目を正確に射抜いていた。


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 徐々に包囲されつつある歩兵主体の部隊の様子を少し離れた丘の上から見たリリアは血の気が引く思いで恋人の姿を探す。しかし、その部隊の中には何人もの見知った顔ぶれがあったものの、肝心のユーリーの姿は見つからなかった。その事に安堵を覚えた一瞬、彼女の脳裏にヴェズルの意思が割り込んできた。


(お母さん、北に友達がいるよ)

「と、友達? 私の?」

(ちがう、あの男の)


 あの男、とヴェズルが呼ぶのは他の誰でもない、ユーリーの事だ。そんなヴェズルの意思に、リリアは或る事が思い当った。


「ちょっと見せて・・・ね」


 リリアはそう言うと、繋がった状態のヴェズルの意思を辿り、彼の視界を得た。眼下には常足なみあしの速度で南を目指す騎馬と兵士の一団があった。


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 ハリス・ザリア子爵率いるリムルベート王国の有志援軍は、デルフィル軍が出陣した日の夕方にデルフィルに到着していた。半日の差で入れ違いとなった格好だ。そんな彼等は施政府議会から素っ気ない事情説明を受けると、追い出されるようにデルフィルを後にした。


 デルフィル側の対応は彼等の予想と真逆の冷たいものだった。しかし、その事情をアント商会スカース・アントから説明された彼等は、不承不承といった趣で納得すると、その夜の宿をダルフィルのリムルベート大使館に求めた。


 そして翌日未明、つまり日付が今日になってから、彼等は行動を開始した。デルフィル施政府議会からは特段の要請は無かったが、ウェスタ侯爵公子アルヴァン率いる自軍の先遣隊はデルフィル軍に随行しスカリル奪還に向かっているのだ。これを追わない理由は無かった。リムルベート王国の有志援軍騎士六十騎、従卒兵百二十の集団は、まだ夜の闇に覆われた街道を南へ向けて進み出した。


 そしてこの日の正午を二時間ほど過ぎたころ、有志援軍はスカリルの北三キロの地点を南に向かって移動していた。


「途中の野営の跡を見る限り、既にデルフィル軍はスカリルに攻撃を開始しているだろう」


 有志援軍の指揮官であるハリス・ザリア子爵は、共に進む騎士達にそう声を掛ける。


「先遣隊はデルフィル軍と上手く連携出来ていないという事ですが、少し心配ですな」


 とは、どこぞの弱小伯爵家の騎士の言葉だ。その後も、騎士達の会話は続く。そんな中、一人押し黙っているのはマルグス子爵、つまりヨシンだ。彼は、全体としてのんびり・・・・とした自軍の移動速度に一人で苛立っていた。だが、


「しかし、幾ら寄せ集めの傭兵といっても千人弱の守備隊に三千で立ち向かうのだ、デルフィル軍の勝ちだろう」


 と、これまた別の騎士が言う言葉が大多数の見解であった。


 そんな中、ヨシンは空を見上げる。先ほどから上空の高い場所を一羽の鳥が旋回していた。その様子が、ヨシンに妙な胸騒ぎを与えていた。だが、再びそれを見上げたヨシンの視界の中で、その鳥はいつの間にかグンと高度を落としていた。目の良いヨシンにはそれが鷹である事が分かった。その時だった、不意に周囲の風が不自然に動いた。そして、


(ヨシンさん、急いで! アルヴァン様の軍が包囲されている!)


 突然、耳元で若い女の悲鳴のような声が響いたのだ。 その声は、ヨシンだけでなく、周囲の騎士にも聞こえるものだった。突然響く女の声に騎士達は動揺して周囲を見渡す。中には咄嗟に剣に手を掛けた者までいた。だが、名前を呼ばれたヨシンはその声にも、この現象にも心当たりがあった。


「リリアちゃん? どういう事だ?」

(いいから、早くスカリルへ急いで!)


 その直後、リムルベートの有志援軍は南へ向かい全速で走り始めた。従卒兵はあっという間に置き去りになるが、彼等は遠くなる主の背中を追って走り続ける。一方、まるで突撃態勢に入ったかのような騎士達は、六十騎が一丸となった矢のように街道を進む。先頭を行くのは黒塗りの重厚な甲冑に身を包んだ大柄な騎士だ。面貌を下ろし片手に斧槍を携えたまま突進する姿は悪鬼の如き迫力がある。


 だが、その全閉式の兜の奥では、友人の無事を祈る澄んだ瞳が前方の敵をハッキリと捉えていた。


(今行くぞ、持ちこたえろよ!)


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 四都市連合側の騎兵によって乱戦に持ち込まれた騎士デイルは、自分の指揮の甘さに舌打ちをしていた。だが、事態は舌打ち程度で済む状況ではない。包囲されつつあるアルヴァンの部隊の様子は、彼の場所からも見えていたのだ。


「ダレス君とドッジ君」

「は、はい!」

「なんでしょうか!」


 デイルは自分達の援護に駆け付けた騎兵隊長に声を掛けた。


「敵の歩兵部隊が北の門の戦闘に合流しないように牽制してくれ。俺はあちらの救援に向かう! 皆、行くぞ!」

「応!」


 デイルは、そう言うと二人の返事を待たずに残り四十五騎に減った騎士達を纏めて東へ向かう。その目的は勿論アルヴァンの救援である。


「け、牽制?」

「千人近くいるぞ……どうするんだよ、これ……」


 一方、残されたダレスとドッジは、直ぐ近くに迫った四都市連合の歩兵千人を前に茫然と呟くのだった。


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 駆け出したユーリーは、十騎ばかりの騎兵 ――デルフィル軍の別働隊を追撃していた騎兵達―― と真正面からぶつかった。だが、この時既に親友の安否で頭が一杯なユーリーは何の遠慮もなく、遠距離から火炎矢フレイムアローで三騎を落馬させ、次いで短弓で二頭の馬を射抜いた。そして、そのままの勢いですれ違う瞬間、右手の蒼牙を二度振るい、二騎を馬上から叩き落とす。残りの三騎は、後続の副官パムス達が漏らさず討ち取っていた。


 その間も、ユーリーは前方に見える敵兵の集団を観察していた。その数は千五百を超える規模だ。その他に、街道を挟んで反対側の丘には五百前後が展開している。一方、アルヴァンの周囲を固めるのは統率を失いかけた七百に満たない歩兵。他は右往左往しつつ逃げ遅れた敗残傭兵だ。千五百の敵兵は主に北門から街道の西側に展開し、アルヴァン率いる混成歩兵部隊を拘束しつつ退路を断とうと動いている。


 この状況にユーリーは敵部隊の全体像を上から見れば丁度三日月形に展開している状況だと推測した。それが正しければ、ユーリーはその三日月の一番太い中央部に弧の方、つまり裏側から接近している事になる。


「パムスさん、セブムの隊と共に北へ!」

「ユーリー隊長は?」

「とにかく敵の展開を遅らせます! 包囲を阻止して下さい!」


 そう言うと、ユーリーは馬の速度を上げた。既に二時間近く戦場を走り回っている黒毛の愛馬は一瞬だけ恨めし気に背中のユーリーを見たが、乗り手の意図を察して力を振り絞った。その首筋をパンパンと励ますように叩いたユーリーは、激しく揺れる馬の背で再び魔力を念想するとそれを右手の魔剣に移す。その瞬間、彼の周囲で不自然な風が起こった。


(ユーリー!)

「リリア! 無事なのか?」

(こっちは大丈夫よ)

「良かった……状況を教えてくれ!」

(分かったわ――)


 見晴らしの良い丘の上に出たリリアは風の精霊の力を借りた遠話テレトークの精霊術でユーリーに声を送る。その内容は素早く的確に状況を伝えるものだ。そんな彼女が伝える状況、自軍の配置と敵軍の動きはユーリーの予想した通りであった。だが、少し北に自軍の援軍がいることは予想外だった。その数は騎士六十騎と多くないが、上手く誘導すれば困難な状況を打開する切っ掛けになるとユーリーは考えた。


「――という風な誘導を頼む! 頼りにしている!」

(分かったわ、任せて頂戴……でも、気を付けてね)


 遠話の術は心リリアの語尾を揺らして途切れた。名残を惜しむような暇は無かった。方々に分散した自軍の勢力を一つの目的へ向けて動かすには彼女の力が必要だった。


「本当に頼りにしているよ!」


 声が届かないことを承知の上で、ユーリーはもう一度声に出して言う。そして、視線を前方に向けた。そこには相変わらずの敵軍の姿があった。その瞬間、彼の右手の内で魔剣がカタリと震える。まるで籠められた魔力を早く解き放てと催促しているようだ。


「わかっている」


 まるで魔剣を宥めるように呟くユーリーは素早く魔術陣の起想、展開を行う。そして破滅的な炎の魔術が再び発動される。鳴り響く轟音と爆風、炎の渦が四都市連合の兵達をなぎ倒した。


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