Episode_24.22 騎兵対決


「思った以上の遠回りになっちゃったわね……」


 数日間の単独行動でいつの間にか独白癖が戻っているリリアは、そう呟きながら丘の斜面を西へ向かっていた・・・・・・・・


 四都市連合の伏兵の後を追っていたリリアだが、戦闘を開始した伏兵達を単独で背後から攻撃する無謀は犯さなかった。如何に強力な風の精霊術を操れるとしても、一人で数百に上る敵を相手にするのは無謀以前の問題である。そのため、彼女はスカリル北の門付近の丘で戦闘状態に入った伏兵を迂回するため、一度北に進んでから、街道と戦場の見晴らしを得られる場所を求めて西へ進んでいた。


 周囲は彼女の背丈を超すような灌木が薮の如く生い茂っている。乾燥に強いこの種の灌木は表面に細かい棘を備えている。前進するためには、時に枝葉を斬り払う必要があった。勿論、そんな灌木に登って上から状況を観察する、という訳にはいかない。そんな厄介な植物の間を苦労して進む彼女は、つい先ほどの若鷹ヴェズルとの意思のやり取りを思い出した。


 リリアからの伏兵に関する情報を託された若鷹ヴェズルは状況を読み取り、本来ユーリーに渡るつもりで書かれたリリアの紙片をアルヴァンに届けていた。その後、ヴェズルは自分の機転を自慢げにリリアへと伝えて来た。


「ありがとう。……賢い子ね、戻ってらっしゃい」


 対するリリアはそう呟くと、ヴェズルに戻ってくるように促した。しかし、次の瞬間、上空に居たヴェズルはリリアの言葉に答えず、北の方へ意識を向けた。


「どうしたの?」

(北から何か来るよ)

「何か?」

(見てくる!)

「あ、ちょっと……」


 思わず引き留めるリリアの意思に反して、若鷹ヴェズルは、北側から迫る何かに興味を惹かれて飛び去ってしまったのだった。


「仕方ないわね」


 リリアとしては、最近特に言う事を聞いてくれなくなったヴェズルの様子に、十歳前後の少年の姿を重ね合わせていた。若鷹の自我が成長するに従って、以前のような直接的な意思の交流は少なくなっている。その事に一抹の寂しさを覚えるリリアだが、それはヴェズルが成長している証しだと考える事にしている。それに加えて彼女には、本来人と慣れ合うべき存在ではない精霊王という存在を過分に頼る事に考える所・・・・があった。


 彼女が考えるのは、以前に対峙した南天の精霊王ルフの存在である。過剰にアンズー族と接触した結果、ルフは精霊王としての存在を堕落させ、結果的に不幸に歪んだ存在となってしまった。そんな存在であるルフは大気へと散華する直前に、自らの見て来た過去の一端をリリアに見せていた。その行為自体が、自分と同じような末路をまだ幼い精霊王に歩ませてはならない、というルフの意思であったとリリアは感じていた。


 勿論彼女としても、ヴェズルをそんな不幸な存在に貶めてまで利用するつもりはない。だが、


「ちょっとは言う事を聞いてよね」


 と、恨み事が口を衝くのは仕方が無いだろう。既にスカリルの街の方角では戦いが始まってから時間が経過している。地を踏み踏み鳴らす兵士の足音と風を裂く矢と怒号は、特に意識しなくても風と地の精霊の囁きとなってリリアに伝わっている。しかし、ひと塊になって伝わってくる戦場の気配から、只一人の大切な男の気配を読み取ることは不可能であった。そのため、彼女は多少強引ながら棘の薮を進んでいるのだ。


 彼女の努力は結果的に報われた。しばらくして、彼女は丘の西端へ出たのだ。丁度スカリルの街から一キロ北の位置に出た彼女は、しかし、一気に開けた視界に息を呑んだ。眼下の街道には、厳しい退却戦を繰り広げるコルサス王子派とリムルベート王国の混成部隊の姿があったのだ。


 その光景に、リリアは必死になってユーリーの姿を探す。そんな一瞬、彼女の脳裏に北へ飛び去ったはずのヴェズルからの意思が割り込んできた。


****************************************


 正の付与術で騎馬ごと騎兵を強化したユーリー率いる二十騎の部隊は、潰走するデルフィル軍の別働隊を追う四都市連合の騎兵に追いつくと、その横腹へ斜め後ろから突入した。丁度、突撃隊形を取っていた四都市連合の騎兵達は、この事態に明らかな動揺を見せた。彼等は自分達の駆っている中原種の馬の俊足を信じていたのだ。


 一般的に中原種の馬は、気性は荒いが俊足で知られている。古くはアーシラ帝国が各地を平定した原動力でもあった。一方、西方辺境域の馬は、そんな中原種と土着在来種の交配種である。俊足では中原種に一歩譲るが、穏やかで賢い気性が特色と知られている。オーバリオン王国の馬が珍重されるのは、原種である中原種を保存し、適切な交配を管理しているからだと言われている。


 とにかく、一旦走り出し速度が出た自分達の馬に追いつく者が存在すると考えていなかった四都市連合の騎兵達は、斜め後方からの突撃を受けて隊列を乱した。


 一方、突入したユーリー達は、各自が初めの数騎を不意打ちで落馬させると、そのまま敵の隊列を斜めに切り取るように反対側へ駆け抜けた。結果的に、後続の仲間が攻撃を受けた事に気付いていない先頭の十騎程度が、そのままデルフィル軍の別働隊を追ったが、残りの七十騎前後はユーリー達の後を追う格好となった。


「セブムの隊は北へ!」

「分かった!」


 ユーリーの指示にセブムが馬上槍を振って応える。そして、彼の四番隊は大きな円弧の軌道を途中で外れ、進路を北に取るとそのまま戦場を離脱しようとする。一方のユーリーは、円弧の軌道を保ち、鼻先を一度西へ向ける。来た道を戻るような方角だ。結果的に二十騎程度の騎兵は更に十騎ずつに分かれて、北と西へ向かう。


 対して四都市連合の騎兵達はどちらを追うべきか迷い、結果的に本隊である歩兵部隊の方角へ向かったユーリー率いる一番隊を追う者が五十、北へ離脱を図るセブム率いる四番隊を追う者が二十と分かれることになった。


 自隊の後方に多くの騎兵が付いた事を確認したユーリーは、そのまま一度だけ騎士デイルの方を見る。一時乱戦に引き摺りこまれたリムルベートの騎士達は、乱戦から離脱しつつあった。ダレスとドッジが率いる騎兵の援護を受け、残った四都市連合の騎兵を打ち倒したのだ。彼らの直近には四都市連合の歩兵千人の部隊が接近している状態である。包囲寸前で離脱出来た、という状況であった。


(よし、これで良い)


 その状況を確認したユーリーは再び後方を振り返り、副官パムスへ進路変更を伝える。


「北へ、セブム隊の後ろを取ります!」


 ユーリーが隊を二つに分けた狙いはこれであった。セブム隊を追って真っすぐ北へ向かう敵に対して、一度西へ向かった後に北へ進路を転じたユーリーの隊は長い距離を走ることになる。その結果、速度を落とすことなく、セブム隊を追う二十騎の背後に付く事が出来るのだ。後は、騎馬に掛けられた身体機能強化フィジカルリインフォースの効果を生かし、背後から接近して急襲する。


 この戦法は騎馬戦技術としては昔から知られているものだが、馬同士の速度に明確な優劣が無い場合は中々成功しないとされている。それを、ユーリーは付与術の助けを借りて強引に成立させたのだ。


 果たして、ユーリーの狙い通り、一番隊はセブム隊を追う二十騎の騎兵の背後に付く。そして、両者の距離はみるみる接近するが、そこでユーリーは肉迫戦ではなく別の方法で決着を付けることにした。馬上の彼は再び蒼牙に魔力を籠めると、投射型の魔術陣を起想する。


 最初に発動したのは、青白い火花を帯びた魔力の矢 ――雷撃矢ライトニングアロー―― だ。合計十本生み出された魔力の矢は、馬の速度を上回る速さで空中を疾ると、最後尾の五騎に直撃する。この魔術はそれほど殺傷力が高くないが、雷撃の作用で対象の運動能力を一時的に麻痺させる効果を有する。ほぼ全速力で駆ける馬が受ければ、即座に致命的な転倒を引き起こす魔術だ。


 その一撃で、ようやく自分達が背後を取られていることに気付いた四都市連合の騎兵達は戸惑ったように一瞬馬の速度を落とした。結果的に彼等の間の距離が詰まる。そこに、今度は朱色の光球が発生した。その光球は最初両手で抱える程の大きさであったが、一瞬で点のように収縮すると、次の瞬間轟音と共に破裂した。無慈悲な炎と衝撃波が残り十五騎の騎兵を一気に薙ぎ倒す。極属性の魔術を除けば、最も強力な攻撃魔術である火爆波エクスプロージョンである。


 その爆発は少し離れた場所からも確認できるほど大きく、間近にいたユーリー達は肌や髪を熱で炙られることになった。だが、その心理的な恐怖感は何よりも大きく敵に作用した。自分達が追っていた敵の中に魔術騎士ルーンナイトが混じっていると知った残り五十騎の騎兵達は、追撃を諦めると本隊である歩兵部隊と合流するために西へと進路を変更したのだ。


「よし、アーヴの部隊と合流する!」


 その様子を確認した後、ユーリーは休む暇も無く部隊に新たな指示を出す。そして、目指す北の門付近に視線を向けるのだが――


「い、急ぐぞ! 急げっ!」


 北の門前の状況を確認したユーリーは、仲間達の返事も聞かずに駆け出していた。


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