Episode_24.21 壁際の挟撃


 四都市連合の騎兵隊は指揮官の号令により見事に隊を二つに分けた。その場に留まった約五十騎は引き返してくるリムルベートの騎士達を受け止める決死の殿しんがり役だ。だが、指揮官自らが共に残った彼等は、一度駆け抜けてから引き返して来たリムルベートの騎士隊による二度目の突撃に立ち向かう。


 そんな彼等は、突撃を真っ向から受け止めるのではなく、接敵の瞬間にパッと散開してみせた。その結果、リムルベートの騎士の多くは目標を見失い駆け抜けるだけとなる。一方、四都市連合の騎兵は、速度を落として駆け抜ける騎士達の後を追う。彼等の戦場はにわか・・・に騎士と騎兵の乱戦へと局面を移していく。


 一方、残りの百騎の騎兵達は後を追うユーリー達を後目に、スカリルの外壁へ迫る。彼等の目標は外壁に取り付いたデルフィル軍の別働隊であった。この時点で、梯子を登り街中へ入った兵の数は既に二百、壁の外には八百の兵力が残っていた。しかし、デルフィル軍の傭兵達は迫り来る百騎の騎兵に対して有効な防御陣形を整えられずにいる。


 そもそも、歩兵集団が騎兵の突撃を受ける時、それを受け止め凌ぎきるには相応の装備、訓練、士気、統率が必要になる。残念なことに、急造の傭兵軍であるデルフィル軍はそれらすべてを持ち合わせていなかった。その結果、数では圧倒的に勝るものの、デルフィル軍は迫る騎兵の姿に恐慌状態に陥った。


「壁を背にして隊列を組め!」


 その様子に、騎兵を後から追うユーリーは声の限りにそう叫んだ。壁を背にした隊列ならば、騎兵は後方に駆け抜ける事が出来ず、必然的に速力を落とさなければならない。速力の落ちた騎兵の攻撃力は数段劣るため、長槍や揃いの盾を持たない集団でも何とか立ち向かう事が出来るはずだ。


 だが、そんなユーリーの意図は傭兵達に届かなかった。結果として外壁に取り付いていた傭兵達は突撃を受ける前から戦意を失い、北門へ続く街道の方、門前に留まっている友軍の元へ逃走を開始してしまった。


「馬鹿が!」


 ユーリーはそんな傭兵達の姿に悪態を吐く。騎兵を相手に背を向ければ、後は好き放題に蹂躙されるだけだ。その事実に一瞬天を仰いだ後、ユーリーは後方に振り返る。背後に続く仲間の騎兵の更に後方には、騎士デイル率いるリムルベートの騎士隊が四都市連合の騎兵と乱戦を繰り広げる光景があった。更に、その乱戦の向こう側では、千人規模の四都市連合の兵が迫りつつあった。


(拙いな……)


 半閉式の兜ハーフクローズの下、ユーリーは唇を噛んだ。自分達の前方では騎兵に背を向けて逃げる傭兵達がいる。逃げる傭兵と追う騎兵の距離はグングン詰まりつつあった。追いつかれれば一方的な殺戮が待っている状況だ。更に悪い事に、その進路の先には北門を攻撃しているアルヴァン率いる混成歩兵部隊がある。勢いをかった騎兵が、潰走する歩兵と共に突っ込めば、被害は甚大になるだろう。その一方、後方には敵の騎兵と乱戦状態に陥ったデイル達に、敵の歩兵部隊が迫りつつある。乱戦から抜け出せなければ包囲されてしまう危険性があった。つまり、前後共に悪い状況である。


「ダレス!」

「なんだ!」

「二手に分かれる!」

「なんだって?」

「ダレスとドッジはデイルさん達を援護しろ! 早くしないと包囲される」

「じゃぁ、ユーリーは?」


 全速で駆ける馬の上から、ユーリーはダレスにそう怒鳴った。一方のダレスは、当然の疑問を口にする。それに対してユーリーは前方に向き直りつつ、


「前の傭兵達を放っておけないだろう! アーヴの隊も近いんだ!」


 と言うと、腰の蒼牙を抜き放つ。そして、念想した魔力マナを一気に剣へ注ぎ込んだ。


「早く!」

「わ、分かった!」


 魔術陣の起想に入る寸前、ユーリーは大声でダレスを促す。その声にダレスは自分の言葉を呑み込むと、ドッジと共に隊を反転させた。ユーリーはそんなダレスとドッジの隊を視界の端で見送ると、正の付与術身体機能強化フィジカルリインフォースの魔術陣を念想し、一気に発動に漕ぎ着ける。使い慣れた魔術の対象は、彼とセブムの隊の併せた二十人の騎兵と、その騎馬だ。合計四十に及ぶ対象に習熟の進んだ身体機能強化の効果が発揮される。


 次の瞬間、ユーリーは眩暈を伴う脱力感を覚えた。と、同時に馬の速力がグンと上がったため、思わず振り落とされそうになった。


(ッ! 流石に四十は堪える……)


 手綱を持ち直したユーリーは片手に蒼牙を掴んだまま前方を見据える。先行していた四都市連合の騎兵達の後姿がグングンと目の前に迫っていた。


****************************************


 アルヴァン率いる混成歩兵部隊は、丘の上から射掛けられる弩弓に苦労しながらも、北の門へ接近、そのまま門を封鎖した四都市連合の伏兵部隊と交戦に入った。戦端を切り開いたのは、リムルベートの第二騎士団従卒兵達だ。彼等は盾と槍を前面に押し出した槍衾の隊形で、同等の装備と隊列を備えた四都市連合の兵と衝突した。


 この戦いは当初アルヴァン達に不利であった。従卒兵達は、何とか門を封鎖した兵を排除し、街の中に閉じ込められた友軍であるデルフィル軍の退路を確保しようと奮闘した。だが、丘の上から射掛けられる矢と、錬度の高い敵兵に阻まれる。


 それでも、第二騎士団の従卒兵達は度々押し返されそうになる形勢を堪えてその場に踏みとどまる。その踏ん張りが、状況の好転を呼び込んだ。丘の上から射掛けられる矢が徐々に密度を薄くしたのだ。これは、随行したコルサス王子派の魔術騎士アーヴィルによる縺れ力場エンタングルメント濃霧フォグフィールドにより、敵の射撃が困難となったためだ。約四百という弩弓の射手は大勢だが狭い丘の上に展開したため、人間一人が使い得る魔力量の力場魔術で効果的に妨害をする事が出来た。


 立て続けに魔術を使用した騎士アーヴィルだが、彼は魔力欠乏症により動けなくなる寸前の状態を加減して魔術を行使していた。この点に魔術騎士ルーンナイトとしての熟練がある。魔力はほぼ尽きても、武器を取って戦う事が出来るのが彼の強みだ。そんな彼は、一旦後方に下がった傭兵団へと声を掛ける。


「ジェイコブ、トッド、丘の弩弓兵は射撃を諦め肉迫してくるかもしれない。引き続き丘側を警戒!」

「了解だ!」

「分かってる」

「アデール! 歩兵小隊はリムルベートの兵の後詰めに回れ。私も行く!」


 騎士アーヴィルの指示を受けて、傭兵達は丘から下る斜面を警戒する。一方、アデールを始めとした歩兵小隊は騎士アーヴィルと共に前進、北の門で敵兵と槍を交えるリムルベート兵の背後についた。彼等は槍と盾の隊列の隙間から折り込み式の弩弓を放ち、リムルベート兵の戦列を助けた。また、一時的に薄くなった場所には穴を埋めるが如く進み出て前線にも立った。結局、北の門を巡る戦闘は、門の外から攻撃する混成歩兵部隊が徐々に敵兵を押し退ける形勢となった。


 街の北側を秘密裏に進軍し、丘の裏から奇襲を仕掛けて一時は圧倒的な優位を確保した四都市連合の海軍陸戦隊の伏兵達は、作戦通りデルフィル軍をスカリルの街に閉じ込めることに成功していた。だがその結果、包囲網の最も手薄な場所 ――北の門―― は街から脱出を試みるデルフィル軍の必死な勢いと、門外のリムルベートとコルサス王子派の混成歩兵部隊からの攻撃に晒され、挟撃される格好となった。


 四都市連合側は、この北の門を巡る戦闘に於いては、明らかに兵力不足という状況だ。その理由は簡単である。それは、


(街の北門に対して丘側から伏兵を仕掛けて奪取、その後は西側からの応援で確保……といった用兵だが、西側からの応援が此方の騎士と騎兵に妨害された、というところか……)


 という、アルヴァンの考えが正鵠を射ていた。結果的に街の南から外に進出し、西側から北の門を目指した敵の増援兵力は、途中に配置されていた混成騎馬部隊の妨害を受けて目的地北の門への到達が遅れていた。だが、これはあくまで偶然が生んだ状況だ。アルヴァン自身は確保を取り戻しつつある北の門よりも、外壁の西に巻きあがる土煙りを注視していた。濃い土煙りは騎兵の存在を示し、徐々に接近しつつある。つまり、時間が無かった。


「突破急げ! デルフィル軍を救出後は速やかに後退する!」


 アルヴァンの号令が響いた時、ほぼ同時に最前列のリムルベート兵が突破口を開いた。一度綻ぶと、薄くなっていた四都市連合の戦列は一気に崩れる。彼等は元来た方向である丘側に押し退けられるように兵を退かざるを得ない。北の門をアルヴァン率いる混成歩兵部隊が一時的に奪還した。その先で死を覚悟していたデルフィル軍の傭兵達は我先に、と門の外を目指す。その数は千を下回り、中には傷付き半死半生の状態で部下のギルド職員に担がれた指揮官オルストの姿もあった。


「後退急げ、歩けない者には手を貸してやれ!」

「おら、引き摺ってでも連れて行くぞ!」

「走れる奴はさっさと走れ! 北だ、走れ!」


 門前では、兵士達の焦りを帯びた怒号が飛び交う。一旦退いた四都市連合の伏兵達は丘の上の弩弓兵と合流すると再び北門を取り返そうと迫っていたのだ。その状況とは別に、アルヴァンの元には何処の所属か分からない兵士が状況を報告する。


「報告! 西から兵士、騎兵接近」

「分かっている! 状況は?」

「デルフィル軍の別働隊潰走! その後を四都市連合の騎兵が追っています」

「此方の騎士や騎兵はどうした?」

「土煙りに阻まれて良く見えません!」


 その報告にアルヴァンは一瞬親友の安否を考えた。だが、それも束の間の事である。彼は心配を脇へ押しやらざるを得ない。重大な局面が兵達に迫りつつあった。近づいて来た騎士アーヴィルとアルヴァンは短く言葉を交わす。この状況で出来ることは限られている。


「デルフィル軍を救援したのは良いが、合流の混乱を突いてくるとは」

「とにかく、負傷兵を後方に下げて徐々に後退するしかない」


 状況は、北門前で包囲を解かれたデルフィル軍と合流し、一時的に陣形を乱したリムルベートとコルサス王子派の混成歩兵部隊に対して、丘の方に逃れて弩弓兵と合流し陸戦隊が東から再接近しつつある。一方、西からはデルフィル軍の別働隊を追い立てる四都市連合の騎兵と歩兵、そして真正面からは、スカリルの街中で市街戦を展開した本隊が門を目掛けて押し出してきた。


 スカリルを巡る戦いは、アルヴァン率いる混成歩兵部隊が実に三方向から敵の攻撃を受ける退却戦となりつつあった。


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