Episode_24.20 騎兵出現


 スカリル北の門とその先の丘に於ける戦況が一変した様子は、少し離れた街の北西に展開していたユーリーや騎士デイルにも見えていた。だが、二人がそれに対して何か行動を起こす前に、彼等の部隊にも状況の変化が訪れていた。先ほど送り出した斥候の騎兵三騎が直ぐに戻って来たのだ。


「報告! 街の南側から敵兵進出、騎兵二百、歩兵千前後!」

「やっぱり出てくるとは思ったけど……騎兵まで持ち込んでいたのか」


 騎兵の伝える情報にユーリーは溜息をもらしつつ、デイルの方を見る。そうするのが当然のような所作だ。


 ユーリーが哨戒騎士デイルの元で少年兵として過ごしたのは既に過去の話だが、それでも咄嗟に騎士デイルの指示を待ってしまう。今でもデイルの妻ハンザの事は「隊長」だと思ってしまうし、今やリムルベート有数の諸侯の軍であるウェスタ侯爵領正騎士団の筆頭騎士であるデイルも、ユーリーの中では「ハンザ隊長に振り回される副長デイル」なのだ。この瞬間、ユーリーは小滝村を占拠したオーク軍に挑む第十三哨戒騎士隊の兵士に戻ったような錯覚があった。


 懐かしい空気は不思議な共感とともにデイルにも伝わった。しかし、騎士デイルの方はユーリーの中に嘗ての少年兵の面影を重ねつつ、違う像を見ていた。そこに居るのは、一端の騎士、いや戦士として成長した同等の男だ。共に轡を並べて戦うに足る男として、デイルはユーリーの視線に答える。


「敵の騎兵を阻む。ユーリー、やるぞ!」

「はいっ!」

「俺の騎士隊が正面にぶつかる。ユーリーの騎兵は――」

「分散した敵を討ちます」

「そうだな……では、行こう!」


 二騎は不敵な笑みを交わすとお互いに兜の面貌を下ろす。そして、合計九十騎の騎士と騎兵の混成騎馬部隊は、土煙りを上げて迫る四都市連合の騎兵二百に対向突進した。


 彼我の差は倍、半分である。数で勝る四都市連合の騎兵は海軍陸戦隊に所属する特殊兵科の騎兵部隊だ。だが、敵に突進する騎士や騎兵には仔細を気にする者はない。彼らもまた自国自軍の精鋭である。そんな彼等の正面先鋒を務めるのは西方辺境随一の重装騎兵たるリムルベートの正騎士だ。そして、その左右両翼を進むのは内戦を戦い抜いたコルサス王子派が誇る軽装騎兵である。彼等は、緩く横に広がった横隊列で突進する四都市連合の騎兵二百騎に楔を打ち込む勢いで突入した。


 その優劣を戦の神マルスに問う時が訪れた。インヴァル半島東岸部の乾燥した大地に巻きあがる土煙りが、凄惨な突撃戦の様相を淡い霞みで覆い隠した。


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 敵に真正面から最初に突入したのは騎士デイルであった。その両脇は同僚であるウェスタの正騎士が固めている。僅か五十の騎士であるが、彼等は硬く鋭いやじりの先端であった。ハンザの郷里ラールス郷の軍馬に跨るデイルはその最先端として敵騎兵の最先鋒と交差する。


 敵が突き出す馬上槍の穂先が薄い火花を上げながら重厚な胸甲の曲面に沿って後ろへ流れる。音は聞き取れない。衝撃だけがあった。


「っ!」


 デイルは構わず、すれ違いざまに大剣を一閃する。敵の右腕が槍を掴んだまま宙を舞う。全閉式兜クローズドメットの面貌越しに血潮が顔を点に染める。だがその時には第二層の敵一騎の首元に太い刀身を埋め込み、押し重なるように衝突したもう一騎を突進の勢いに任せて落馬させた。


 その先に居た三層四層の敵騎兵は、恐ろしいデイルの突進に道を開けるように左右へ逃れる。だが、そこにはデイルの左右を固める騎士の進路であった。結局彼等も気勢を制され、馬上から叩き落とされた。


 勿論、リムルベートの騎士達も無傷ではない。敵の馬上槍をまともに受けて馬上で絶命する者、突進の勢いのまま敵騎兵と衝突しそのまま落馬、動かなくなる者もいる。だが、数騎の犠牲を払いつつ、リムルベートの騎士達は四都市連合の騎兵部隊の隊列を貫き、蹴散らした。結果的に、四都市連合の突撃隊形は中心に大穴を穿たれる格好になっていた。


「距離を取って転回、もう一度仕掛ける!」


 素早く左右を一瞥したデイルは、騎馬の突進力を保ちつつ大きな弧を描き再びの突撃を試みた。


 一方、ユーリー率いるコルサス王子派の騎兵達は四十騎を半分に分けると、リムルベートの騎士達の左右両翼を固めていた。右翼側がユーリーの一番隊とセブムの四番隊、左翼側がダレスの二番隊とドッジの三番隊だ。


「交差射撃で一度離脱、引き返してもう一度射掛ける!」

「了解! 縦隊列へ!」


 右翼の先頭でユーリーは後続の副長パムスへ声を掛ける。パムスは短く答えるとユーリーの意図を後続へ伝えていく。左翼側でもダレスが同様の指示を行っていた。


 彼等は途中までリムルベートの騎士隊の左右を固めていたが、激突の寸前に隊列を縦隊に転じると進路を変更する。一気に左右へ広がった彼等は、夫々が一本の縦列となって敵騎兵の隊列の端とすれ違う。軽装騎兵らしい俊敏な機動である。そして、すれ違いざまに次々と弩弓の矢を馬上から放って行く。


 中央部に強烈な騎士の突撃を受けた四都市連合の騎兵隊は、その隊列の左右に於いては一瞬敵を正面から見失う格好となった。そんな彼等の上に合計四十の矢が降り注ぐ。騎兵が馬上から弩弓を使用する戦術は珍しいものだ。短弓を使用する弓騎兵は知られているが、弩弓は扱いが簡単な半面再装填に時間が掛る。それを不安定な馬上で行うのは困難であることが理由だ。だが、コルサス王子派の遊撃騎兵においては、山の王国が開発した折り込み装填式の弩弓を用いることで問題を解決している。


 尤も、折り込みの力を梃子として用いる機構は強い矢を放つ事には不向きである。馬の速力と対抗する敵の速力を利用して初めて、敵の正面装甲である金属鎧を射抜くことが出来る程度だ。それでも、最初の対抗交差に於いて四都市連合の騎兵は十騎前後が落馬し落伍した。


 だが、敵の騎兵に最も大きな痛手を与えたのは右翼の先頭を駆けるユーリーであった。彼一人は、騎兵隊の中にあっても馬上で短弓を扱い得る。だが、そんなユーリーは、この時古代樹の弓と矢ではなく、魔力による燃え上がる炎の矢フレイムアローを撃ち放った。即座に生まれた十本の炎の矢は、敵の騎兵数騎に直撃すると、驚いて落馬した者も含めて五騎を戦闘不能に陥れていた。


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 結局、リムルベートの騎士の突撃とコルサス王子派騎兵の矢を受けた四都市連合の騎兵隊は合計で四十騎弱が何らかの格好で戦闘能力を奪われた事になる。彼らがデルフィル軍のような傭兵部隊ならば、この一度の戦闘で瓦解したかもしれない。だが、彼等は傭兵ならぬ正規兵である。しかも、自国四都市連合の栄誉を背負って戦う栄光ある海軍陸戦隊だ。士気の低い傭兵とは訳が違う。


「第二、第三、第四隊、そのまま敵の歩兵に突撃。残りはここで敵の騎兵を食い止める!」


 指揮官と思しき騎兵の発した号令により、四都市連合の騎兵隊は見事に集団を二つに分けた。中央でリムルベートの騎士の突撃を受けた隊と、火炎矢の洗礼に被害が大きかった隊は、その場に留まる。一方、それ以外の隊は再び速力を増すと、前方で外壁を乗り越えようとしているデルフィル軍に突進した。


 号令一つで動きを変えた敵騎兵に、ユーリーは咄嗟に次の行動を変更する。


「遊撃騎兵隊、外壁に向かった敵を追うぞ!」


 一方、騎士デイル率いるリムルベートの騎士隊は、殿しんがりの如くその場に留まる気配を見せた残りの騎兵に再度突撃を仕掛けた。

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