Episode_24.18 伏兵展開


 空を駆けるヴェズルは眼下の地上を見渡す。そこには人が住み暮らす街がある。しかし、今は戦場と化していた。


 ヴェズルは人間など一部の限られた種族が行う、戦争という殺し合いの営みを理解できない。ただ、この世の摂理を司る寛風の精霊王として具現化した彼は、彼等のその行為・・・・こそが彼等の本質だと直感していた。自身が地上と上空を循環する大気の流れを本質とする存在であるのと同様に、人間は互いに愛しつつ憎しみ、認めつつ拒絶し、与えつつ奪い去り、守りながら攻め立てることを本質とした存在なのだろう、と感じていた。


 そこに「愚か」であるとか「下等」であるという否定感はない。存在が本質を成すとき、それこそが世界の摂理となる。この世界には出来あがった時から「力」があり、その働きを決める「理」がある。そんな「力」が「理」に従い作用するとき、現象は摂理となり、結果は本質となる。


 勿論、この世界に具現化し数年しか経過していない幼い精霊王には、そこまで理路整然とした思考はない。ただただ、眼下で争う人間達の本質を感じ取るだけだ。そして、彼自身が最も愛おしく感じる「母」という存在もまた、眼下の者達と同様の本質を持った者であることに切なさを感じるのみだ。


 鷹の翼が上空で羽ばたく。下降する気流を捉えた翼は一気に地表を目指して加速した。今、託された報せを母の望み通りに届ける若鷹ヴェズルは、自身の行為が自身の本質に沿っているか? という漠然とした問いを心の中に閉じ込めるのだった。


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 スカリルの北に位置する丘へ混成歩兵部隊を展開させるアルヴァンの眼下では、既にデルフィル軍が動き出していた。


「待つ気は一切無しか」


 自然と呆れた声が漏れる。だが、デルフィル軍への文句よりも部隊の展開が先である。


「アーヴィル殿、其方の遊撃歩兵と傭兵団を前面に、弩弓と弓の支援射撃を」

「分かりました。歩兵小隊、方陣形で斜面に展開! 骸中隊の配置はトッドに任せる」


 アルヴァンの声を受けて騎士アーヴィルが号令を発する。コルサス王子派の遊撃歩兵隊の特徴は、ほぼ全員が制式化された弩弓を装備している点だ。更に、傭兵団「骸中隊」は元から弓兵が多く所属している。丘という高所に陣取った彼等は、優勢な遠距離攻撃力で北門を攻めるデルフィル軍の支援を開始した。


 一方、アルヴァンは残りの歩兵や傭兵団「オークの舌」をその周囲に配した。丁度コルサス王子派の遊撃歩兵四個小隊と「骸中隊」を左右と後ろから守る格好だ。左右両翼にはリムルベートの兵が方陣形で待機し、後方は「オークの舌」の傭兵が横隊陣で配置に着いた。結果的に八百人の兵が展開した丘の斜面は、流石に手狭に感じられた。


「狙って撃てよ! 放て!」

「どんどん撃て! 矢をばらまくんだ!」


 「骸中隊」の首領トッドは自身も強弓を引き絞ると、配下の傭兵達に精密な狙撃を要求する。一方、第一歩兵小隊通称「アデール小隊」のアデールは、とにかく沢山射る事を部下に求めた。対称的な号令が交錯するが、結果は同じである。放たれた矢は次々と北門の奥、街の中へ飛び込んで行く。


 そして、彼等の支援射撃が十分ほど続いた後、北門では不意にデルフィル軍である傭兵達の歓声が上がった。その歓声は北門を突破した事実を伝えていた。


「撃ち方止め!」

「撃つな! デルフィル軍に当たっちまう!」


 状況の変化に丘の上に陣取った混成歩兵部隊は支援射撃を中断した。


「……どうなっているんだ?」

「まさか、罠でしょうか?」


 余りにも呆気無い状況に、アルヴァンもアーヴィルも答える者の無い問いを発していた。


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 正午過ぎに開始された北門への攻撃は、ユーリーやアルヴァンが考えた状況とは異なる様相を呈した。防御側からの反撃が殆ど無かったのだ。そのため、北門に取り付いた兵士達は数十人という少ない被害と引き換えに、粗末な門を打ち破っていた。


「報告します! 北門突破しました。街中に進軍しますか?」

「お、おお。そうだな……」


 その報告を受けたオルストは、一瞬返事に詰まった。彼自身もここまで手応え無く北門を突破出来るとは思っていなかったのだ。寧ろ、北の門は囮で突破出来ないと考えていたほどだ。


「どうされましたか?」

「い、いや、よし! 良くやった。街の中へ兵を進めよ。目標地点は街の中央にある衛兵団詰め所の建物だ!」

「了解しました!」


 そんなオルストは、北門を突破した部隊に前進を命じた。行き先は西側の外壁を突破した部隊に示していた攻略地点である街中央の衛兵詰め所だ。他には部隊を待機させて一旦様子を見るという選択肢もあるはずだったが、この時のオルストは部隊の前進を選択した。そして彼も自身の直衛である第一大隊を率いて先行した三個大隊の後を追う。前進を開始した部隊は北門を潜ろうとしていた。


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 騎士デイルと共に街の北西に展開したユーリーは、スカリル北門が呆気無く陥落したことを察知していた。既に彼の視界の先では、門を打ち破った傭兵達が街の中へ侵入を開始している。


「デイルさん、簡単過ぎると思いませんか?」

「ユーリーもそう思うか?」

「はい、これではまるで街の中に誘い込まれたように見えます」


 ユーリーの呟き声にデイルが言葉を重ねる。少し離れた場所から見ている二人には、スカリル側の動きとデルフィル軍の動きがそのように見えた。そして、


「……こうなると西側に展開した部隊に対するスカリル側の動きが気になる。斥候を街の南側まで派遣しよう」

「そうですね。ならば、僕の隊から足の軽い騎兵を斥候に出します」


 と言う事になった。斥候は軽装騎兵に該当するコルサス王子派の遊撃騎兵から三名が選ばれると、彼等は街の外壁沿いに南進を開始した。この時点で、西側の外壁を突破しようと配置されたデルフィル軍の二個大隊は二メートル弱の外壁に梯子を掛けている状況だ。中途半端に外壁を乗り越えた所で南から攻撃を受ければ、千人の兵力は簡単に分断されてしまう恐れがあった。


 ユーリーは三騎の斥候の後姿を見送ると、今度は視線を北の丘へ向ける。丘に展開したアルヴァン率いる混成歩兵部隊は支援射撃という役割を早々に失う事になっていた。そのため、


(アーヴはどうする? 丘を下りて街の中に進入するのか?)


 と考えたのだ。その時、親友の次なる行動を見極めようとするユーリーの視界を何かが横切った。いや、正確には上空から矢のような速度で地上に急降下した、と表現するほうが正しい。とにかく、その何かは丁度アルヴァン達が陣取る丘の上へ飛び込むようにして姿を消した。


(なんだろう?)


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 ユーリーが丘の上のアルヴァン達を見ていたころ、アルヴァンとアーヴィルもまた、街の北西に展開するユーリー達混成騎馬隊の方を見ていた。そんな二人は次の行動について言葉を交わす。


「支援の役割は終わりましたが、これからどうしましょうか?」

「このまま高所の利を保ち続けるか、それともデルフィル軍の後に続いて街に入るか……」

「下に降りて待機という選択もあるかと思います」

「そうだな……」


 結局三つに増えた選択肢に、アルヴァンは咄嗟に次の行動を決め兼ねた。


 その時、不意に上空から何かが飛び込んできた。初秋の日差しを一瞬黒く遮ったそれは、迷いなくアルヴァンの元に飛び込む。隣に立っていた騎士アーヴィルは、その瞬間、咄嗟に腰の片手剣を抜き放ち、その黒い影を斬り払おうとした。だが、彼の剣は宙を薙いだだけに終わる。空中で器用に斬撃を躱わしたそれは、事もあろうか自分を斬り払おうとした騎士の肩に降り立った。


「な、なんだ!」

「うわっ、っと……鷹? これは……リリア殿の……」


 猛禽類の金色の瞳が抗議するようにアーヴィルを見る。だがそれも一瞬のことで、若鷹ヴェズルは足に括りつけられた紙片を器用に嘴でつまむとアルヴァンの足元に放り投げた。そして、わざとらしく大きく羽ばたくと、翼の端でしたたかにアーヴィルの顔面を三度程打ち付けてから上空へと戻って行った。


 足元に投げ出された紙片を拾い上げたアルヴァンは、サッとその中身に目を通す。そこには、


 ――発リリア、宛ユーリー。東の海岸線より敵兵西進中、陸戦隊か? 重装歩兵数六百――


 と、簡潔に書かれていた。その内容を理解したアルヴァンは咄嗟に背筋が冷たくなる気がした。東から西進する敵兵とは、つまり自分達の背後を突く伏兵ということになる。その事実にアルヴァンは咄嗟に背後を振り返る。展開した部隊の背後には丘から海岸線に続く疎らな灌木の茂みがあった。兵が身を隠して接近するには充分な条件に見える。


「全軍、丘を――」


 その状況にアルヴァンは丘を下りる指示を発しようとする。だが、その声は別の声によって遮られた。


「背後から敵接近! 伏兵だ! 距離は凡そ百メートル、近いぞ!」


 アルヴァンの指示を遮ったのは、自身も有能な精霊術師である「オークの舌」の首領ジェイコブであった。

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