Episode_24.16 二国同営
スカリルの街は、海岸線の断崖が崩れて形勢された入江状の漁港を中心に、北から南に緩く扇状に広がる中規模な都市だ。東はデルフィル湾、反対の西は狭い平野の先にインヴァル山系が迫っている。インヴァル半島東岸域を縦断する街道は、北からこの街に入り、中心部を通って南へ抜ける。そのため、街の北と南には門が設置され、その二か所以外は高さ二メートル程度の石壁が連なっている。
だが、その石壁は軍隊規模の外敵を防ぐには心許なく、精々が魔犬種や野獣、野盗の侵入を難しくする、という程度の防御でしかない。しかも、その程度の石壁であっても街全体を隙間無く守っているとは言い難い。特に北と南の海岸線に接続する部分は申し訳程度の木柵しか設置されていない状態であった。
尤も、スカリルの街の南北は入江の突端となっており、両方とも高低差が六メートル前後の崖となっている。しかも、その崖を無事下ったとしても、その先の土地は非常に狭く、大軍を展開する事は不可能である。そのため、防御の必要性が殆ど無い、というのが実際のところだ。また、伝統的に大国間の緩衝地帯とされた土地柄、大きな戦火に晒された経験の無いインヴァル半島東岸域の都市であるスカリルはそこまで外敵からの攻撃に神経を使っていない、という理由もあった。
何れにせよ、外敵への備えを
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デルフィルを出発した軍勢は同じ日の夕方頃、スカリルの北十キロの場所で前進を止めると陣地の設営に取り掛かった。元々長期戦を想定していないデルフィル軍が設営する陣地は一晩のみ夜露を凌ぐ程度の粗末なものであった。大小様々な天幕が乱雑に建ち並ぶ様子は、軍隊の陣地というよりも避難民の野営地といった趣を醸している。
防御性を考慮することなく、街道のど真ん中で行われた陣地の設営は日没を待たずに終了する。デルフィルで急募された傭兵達は早速思い思いにたき火や竈の火をおこすと食事の準備に取り掛かる。陣地から上がった煙は、日没後間もない薄紫色の空に真っすぐに立ち上っている。
その様子を呆れた風に見るのはコルサス王国とリムルベート王国からやって来た騎士や従卒兵、騎兵や歩兵達だ。彼等は、デルフィルの軍勢が陣地を張った街道から少し離れた灌木の間に簡易な野営陣を構築していた。合計九百程度の両軍であるが、灌木の茂みに身を隠すように一か所で陣を張っていた。
この夜の野営は後の両国にとって歴史的な出来事とされる。それは、歴史的に対立する期間が長かったコルサス王国とリムルベート王国が同じ野営陣で夜を過ごした、という理由からだ。だが、後の世に訪れた短い和平の時代を象徴する出来事も、当事者達には不思議と自然な出来事であった。それには幾つか理由があるだろう。コルサス王国が長い内戦の間、国外と対立を起こす暇が無かった点。実際に対立していたのが二世代以上昔の話である点。双方ともに目下デルフィル軍から邪険にされているという
「明日朝から進軍を再開し正午前に攻撃開始。本隊による北門への急襲攻撃を陽動とし、別働隊が西の外壁を破り街中へ侵攻。夕方までに街中央の衛兵詰め所を確保する……だそうだ」
「はぁ……そこらの素人物書きが書いたような筋書きだな」
「全くだ」
灌木の間に隠すように建てられたウェスタ式の天幕で言葉を交わすのはユーリーとアルヴァンだ。天幕の中には、彼等の他にリムルベート側は第二騎士団の隊長格が一名と騎士デイル、コルサス王子派は騎士アーヴィルと騎兵隊長のダレスという面子が同席している。スカリル周辺の地形図と街の地図を前にした話し合いは何処から見ても軍議であるが、この場に肝心のデルフィル軍の姿は無かった。
特命指揮官オルスト指揮下のデルフィル軍は独自に軍議を開いており、今ほどユーリーが言った作戦を決定すると伝令に伝えさせていた。三千人に及ぶ傭兵を指揮する特命指揮官オルストは徹底的に両国の軍の介入を排除するつもりのようであった。その理由は今ひとつ判然としないが、コルサス王子派軍に同行する傭兵団「オークの舌」の首領ジェイコブに言わせれば、
――そりゃ、傭兵の需要が増えればそれだけ儲かるのが傭兵ギルドというものだ。金貨一万の予算が付いた上、火急の状況だ、
ということだ。因みにジェイコブはオルストと直接面識はないが、随分昔に「暁旅団」の首領ブルガルトからその名前を聞いた事がある、という事だった。ブルガルトからジェイコブが聞いた話によると、オルストとブルガルトは若い頃に同じ傭兵団に所属していたことがあるらしい。
「とにかく、これだけ堂々と野営陣を展開すれば、明日の北門への攻撃は急襲にはならないだろう。その上
「西から攻める別働隊は最悪の場合、南門から進出した敵によって退路を断たれるな」
陣地の場所から更に南へ進出しているリリアからの情報によれば、スカリルの街に留まる四都市連合の兵力は「約三千」ということだった。この情報からすれば、攻守の兵力は拮抗している事になる。如何に防御の薄いスカリルであっても、拠点を巡る戦いに於いて攻守の利は(余程の事が無い限り)常に守備側に存在する。その点を考えれば、今回のスカリル奪還作戦は準備した兵力と実行する戦術の両面から、
「――
とアルヴァンが呟くものであった。
「オルストじゃないけれど、賽は投げられたんだ。最善を尽くそう。で、アーヴ、とりあえずこちらは足の速い騎士と騎兵をこの場所に配置し、そして従卒兵と歩兵、傭兵達はここに――」
一方、ユーリーは限られた自軍の部隊を効率的に運用する方法として、街周辺の地形図上の二か所に部隊を模した兵棋を置く。騎兵の場所はスカリルの北門と西側の外壁の中間地点、そして徒歩の兵士は北門を見下ろす海岸線側の丘の上だ。
「――という配置はどうかな?」
「……なるほど、騎士達が西側の外壁を攻める部隊の援護、又は北門の部隊の支援を行い、丘の上の兵士達は北門攻撃への支援、というところか」
「そういうこと。特にコルサスの兵は弩弓や弓を持つ者が多い、高所の丘はその分有利だ」
兵棋が示した部隊の配置とその目論見を言い当てるアルヴァンに、ユーリーは頷きつつも説明をする。
その後、コルサス王国王子派とリムルベート王国は狭い天幕の中で軍議を続けた。その結果、西側の平地に展開する騎士と騎兵の混成騎馬部隊の指揮はリムルベート側の騎士デイルとコルサス王子派のユーリーが行い、北の丘に展開する従卒兵、歩兵、傭兵の混成歩兵部隊の指揮はアルヴァンと騎士アーヴィルが行う事になった。
騎馬部隊も歩兵部隊も本来命令系統の事なる組織の混合体である。そのため、両国の指揮官が必要と判断した結果だ。僅か数日で本来別の組織同士の指揮系統を一本化することは、流石にユーリーやアルヴァンにも不可能であった。だが、組織の違いを乗り越え、同種の兵科で混成部隊を編成し運用する、という編成は若い二人らしく野心的な試みであった。
その試みがどのような結果を示すか? それは明日になれば分かる事であった。
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翌朝のデルフィル軍の動きは昨日の軍議通りであった。引き連れていた行商人を中心とする荷馬車の補給部隊を野営陣に残した彼等は、
そんな傭兵達の隊列の後ろには、少し距離を開けてコルサス王子派とリムルベート王国の部隊が続く。こちらは整然と混成騎馬部隊と混成歩兵部隊を分けた隊列である。その数は混成騎馬部隊がコルサス王子派遊撃騎兵隊四十騎と、リムルベート王国の第二騎士団の主にウェスタ侯爵領正騎士を中心とした騎士五十騎の合計九十騎。一方、混成歩兵部隊は「オークの舌」「骸中隊」の傭兵三百、コルサス王子派遊撃歩兵隊二百、そしてリムルベート王国第二騎士団の従卒兵三百を併せた合計八百になる。
因みに、騎兵と歩兵を兵科で分けて運用する方法は既に中原地方では一般的だが、西方辺境域ではコルサス王国に一日の長がある。流石に二十年以上内戦を繰り広げる国だけあって、軍の用兵はリムルベート王国よりも洗練されていた。一方リムルベート王国に於いては、局地戦で必要に迫られて運用を分ける例は過去にもあったが、基本的に「諸侯の軍」である第二騎士団では、主人である騎士に従卒兵が六人前後付き従い共に戦う方法が一般的とされている。
但し、リムルベート王国内でもノーバラプールやインバフィルを巡る戦いを経て、王家直轄の第一騎士団においては兵科の分離は徐々に進んでおり、第二騎士団でもウーブルやウェスタ侯爵家の正騎士団は同じ方法を取り入れつつあった。そのため、今回の編成は比較的
混成騎馬部隊の先頭に立ち騎士デイルと轡を並べるユーリーは、そんな事を考えながら後ろを振り向いた。背後には整然と列を成して進む騎士達が居る。
(なんだか、少し場違いな気がするな)
既に騎士にはならないと決めたユーリーは、そんな自分が彼等の先頭に立つ事に少しの違和感を持っていた。しかし、そんな彼の違和感などお構い無しに、軍勢は徐々にスカリルへ接近していくのだった。
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