Episode_24.15 不協の出陣


アーシラ歴498年9月2日


 四都市連合の軍船団によるスカリル襲撃から凡そ十日後、デルフィルの街は外敵に対する備えを整えつつあった。その陣容は、施政府議会による議決に従い集められた傭兵約三千である。それに常設の衛兵団が加わり、デルフィルの兵力は一時的に六千を超えるものとなった。


 一方、デルフィルを間に挟む格好でお互いの均衡を取ろうとするコルサス王国王子派とリムルベート王国は、奇しくも同時に国内に不安要素を抱えることとなり、結果として予定の援軍を準備できずにいた。それでも、各々の先遣隊はデルフィルに留まる事となり、少ないながらも追加の援軍を得ていた。


 結果として、コルサス王国王子派は先遣隊の騎兵五十騎と傭兵三百に、遊撃兵団の歩兵四個小隊二百名を加えた五百五十の軍勢となった。一方、リムルベート王国側は先遣隊の騎士五十騎と従卒兵三百に後続の援軍が加わる事になったが、その援軍はまだ到着していない。


 そのような状況下、デルフィル施政議会は或る決定を行った。それは、


 ――スカリルを奪還せよ――


 というものだった。その命令は同じく施政議会から特命指揮官に任じられたデルフィルの傭兵ギルド首領オルストに対して「速やかに実行するように」という議会の要望と共に伝えられた。


 自らも議会の一員である特命指揮官オルストの軍事的な評価は不明である。一応若い頃は中原地方で傭兵稼業に従事していたという経歴はあるが、傭兵稼業からは早々に足を洗いデルフィルの傭兵ギルドで職を得た人物だ。リムルベート王国の前王ローデウス即位前後の混乱を除けば、長く平和が保たれていたデルフィルの傭兵ギルドで頭角を現し今の地位に就いた彼の軍才は未知数であった。しかし、一介のギルド職員から組織の長に上り詰めた経歴の持ち主であるため、どこかしら非凡さ・・・を持っていることは間違いないだろう。


 そんな指揮官オルストは議会の決定を忠実に実行に移す。そして、スカリル奪還のための傭兵部隊がデルフィルの街を出発したのはこの日の正午の事であった。傭兵達はデルフィル住民の歓声に見送られ南へ続く街道を進む。緩くばらけた隊列を組む傭兵達の中には、街道の両脇から見送る住民へ手を振り返したり、馴染みの娼婦の姿を見つけて隊列を離れる者も見受けられた。


 全体的に緊張感の無い傭兵達の隊列の後ろにはコルサス王国王子派とリムルベート王国の先遣隊が続く。だが、彼等の表情は傭兵達とは正反対に、苦虫を噛み潰したような表情であった。


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 デルフィルの街を抜けた隊列は、相変わらずの歩調で南を目指している。その隊列の最後尾付近、先行する傭兵本隊と後続の補給隊に挟まれた場所では、コルサスとリムルベートの両国の先遣隊が並列して進んでいた。


 隊列の中央、ユーリーはくつわを並べて進むアルヴァンの表情をチラと盗み見る。アルヴァンの表情は傍目にはそれ・・と分からないが、付き合いの長いユーリーの目には明らかに不機嫌そうに見えた。その理由が今回の拙速ともいえるスカリル奪還戦にあることは間違いない、とユーリーは考えている。何と言っても、親友の不愉快さと悔しさはユーリー自身も共有している気持ちなのだ。


(仕方ない、なるべく被害が少なくなるように立ちまわるしか……)


 アルヴァンから視線を外したユーリーは、間延びして長く続く隊列の更に先を見ながらそう考えると、スカリル奪還戦に至る経緯を思い出していた。


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 双方共に「千人前後」の規模の援軍を打診したユーリーとアルヴァンであるが、そんな彼等の思惑は双方の本国で相次いで発生した事態を前にして頓挫していた。結果的に、二百前後の援軍しか得られない事態となった二人は、仕方なくデルフィル施政議会にその事実を報告した。


 一方、両国を代表する若者から夫々の国の事情と援軍規模について説明を受けた施政府議会は大騒ぎとなった。特に親リムルベート派の議員の中には「話が違う」と詰め寄る者もいたほどだ。尤も、親リムルベート派の議員連中にしてみればアルヴァンの演説に焚き付けられて軍備増強を決定したという側面があるため、梯子を外された、と感じるもの無理は無い話である。


 また、四都市連合と近い議員達の中には、両国の援軍規模が示し合わせたように同じであることから、


「リムルベートとコルサスは結託してデルフィルを分割統治するつもりなのか?」


 と穿った意見を言う者まで現れた。


 結果として、一旦は防衛増強を決定した施政府議会は、時を巻き戻したように空転状態に陥りかけた。だが、その状況で思わぬ人物が議会を取りまとめる事になった。その人物とは、傭兵ギルド長で特命指揮官を拝命したオルストであった。


「我々は既に金貨一万を費やし傭兵を集めた。賽は投げられている――」


 動揺した議会で突然始まったオルストの演説は、議員達の注目を集めた。そんな中、彼は続ける。


「聞けば、スカリルを急襲した敵の数は千前後。一方我々は既に三千の兵力を有している。腑抜けた・・・・援軍など頼りにしなくても、我々だけでスカリルの奪還は可能!」


 オルストの演説は不安による動揺と混乱を呈していた議員達を勇気づけるのに充分であった。だがその反面、彼の演説は二つの国の代表者は公然と侮辱するものであった。特に生まれた時から大侯爵の公子として育ってきたアルヴァンは、その侮辱に顔を怒りで赤黒く染めつつも反論する術なく押し黙るほどだった。


 一方、ユーリーはコルサス王国自体にそれほど帰属意識がある訳ではない。面と向かってレイモンド王子を侮辱されれば怒りを覚えるだろうが、その時のユーリーはアルヴァンに対する侮辱に怒りを覚えた。そんな彼は立ちあがると、


「可能というならば、どのように奪還するのか教えて頂きたい!」


 と、オルストに問い掛けた。だが、ユーリーの問いは大勢の賛同する議員の声に紛れてしまったのか、又は故意に無視されたのか、答えを得られなかった。


 そして議会は特命指揮官オルストに対し「早急なスカリル奪還」を命じる議決を行うと、その一方でコルサスとリムルベートの両国先遣隊には従軍の許可・・・・・を与えた。つまり、当てにはしていないが付いて来たければ勝手にしろ、という事である。その決定に対し、完全に憤慨したアルヴァンは遂に席を蹴って議場を後にしたという。


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 愛馬である黒毛の雌馬に揺られるユーリーは、そう言った経緯を思い出すと無意識に舌打ちをしていた。小さく乾いた音だったが、愛馬の耳がピクリと反応する。


 ユーリーはスカリル襲撃以降、独自に街の現状を調査していた。しかし、リリアやジェイコブ、トッド達傭兵によって集められた情報は、襲撃から辛くも逃れて来た住民や衛兵によるものだった。「現在の街の状況」はデルフィルに於いて知る由も無い。


 その状況に、ユーリーは恋人リリアをスカリルへの偵察に送り出していた。勿論彼にとっては苦渋の決断である。恋人を危険な場所に送り出す決断は大きな葛藤を伴うものだった。しかし、情報収集という意味では、若鷹ヴェズルの目を持つ彼女を人選することは最良の決断であった。


 そして、ユーリーの葛藤とリリアの努力は確実に実を結んだ。二日前にスカリル近郊に潜伏を果たしたリリアは、日々の街の様子を若鷹ヴェズルに託し、ユーリーに届けたのだ。その結果、ユーリーはスカリルの街を占領した四都市連合の兵力が「千前後」どころではない規模である事を事前に知り得ていた。


 一方、議会で受けた屈辱を呑み下したアルヴァンはスカース・アントの助力を得ると、傭兵を主体とするスカリル奪還部隊の作戦内容を知ろうとした。スカース・アントの助力を得るということは、つまり特命指揮官オルストが作戦内容をアルヴァン達に明かさない、という非協力的な態度を示していることの表れである。


 だが、彼等が作戦を秘密にした所で、彼等が必要とする物資の種類や規模まで隠し通せる訳ではない。特にデルフィルの豪商であるアント商会からすれば、傭兵ギルドを主体とする軍勢が行う仕入れ・・・はほぼ筒抜けの状態であった。そして、それらの情報から分かったことは、


 ――デルフィル側は二方面からスカリルを急襲し速攻を以って事を成そうとしている――


 ということであった。


 スカリル側の状況とデルフィル側の作戦意図の両方を知り得たユーリーとアルヴァンは今回の作戦を、


 ――失敗の公算が高い――


 と判断し、特命指揮官オルストにその旨を伝えた。昨日の事だ。だが、オルストは作戦に否定的な二人の意見を一笑に付した。援軍が揃わない事を誤魔化すため、作戦にケチを付けている、と受け取ったのだろう。


 結局、半ば結果が見えている奪還作戦は予定通り実行されようとしている。ユーリーとアルヴァンが其々部隊を率いて同行しているのは、予想される被害を最少に抑えるため、といっても過言では無かった。


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