Episode_24.11 王子派の決断
アーシラ歴498年8月24日
コルサス王国王子派の精鋭部隊、遊撃兵団騎兵一番隊に所属する若手の騎兵サジルはトトマからデルフィルへ向かう街道を猛然と馬を駆けさせていた。鍛冶場の
今、彼は余り喜ばしくない報せを運んでいた。自らも死地に追い込むかもしれない決定だ。だが、彼に躊躇は無かった。いち早く伝え、少しでも良い策を考えてもらう。三歳年下だが、彼は
「頑張ってくれ! もう少しでデルフィルだ!」
茅原に風紋を投げ掛けるような馬の疾走は、その後デルフィルの街が見えるまで続いたという。
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デルフィル施政府議会の決定を受け、援軍の増派を求めたユーリーの書状は騎兵サジルによってトトマ入りしたレイモンド王子に届けられた。しかし、その場は既にデルフィルの危急を凌ぐほど差し迫った危機の報せが
――ノルバン砦陥落――
騎兵サジルが飛び込んだトトマ南の城塞二階では、その事件に関する報告と対応が話し合われていた。その場の緊迫した雰囲気に呑まれ、報告の書状を取り出せないサジルは、団長であるロージから軽い叱責を受けると、ユーリーからの書状をレイモンド王子に献上した。
「やはり、連動した動きであったか」
「ノルバン砦を攻め落とした敵の主力は四都市連合の傭兵、ディンスに肉迫する勢いですが……」
ユーリーの書状を一読したレイモンド王子は溜息混じりの言葉を発した。それに対して元西方面軍副官オシアが発言する。オシアは先のタバン攻略戦で腰に受けた矢傷が元で片足の自由を失っていたが、その後は後方のディンスに下がり、街の防衛を固めていた。そんな彼は愛娘カテジナと婚姻し、今や義理の息子となったマルフル将軍率いる西方面軍が急造したタバン北の砦「ノルバン砦」を放棄した報せをいち早くトトマに伝えたのだ。
「デルフィルが重要なのは疑いようもありませんが、やはりディンスの防備を固めるべきかと……デルフィルに差し向けた部隊も呼びもどすべきです」
そんなオシアに対して、レイモンド王子に同行しアートン城からトトマにやって来た家老ジキルが意見を述べる。万が一ディンスを王弟派に攻略されれば、次はストラ、エトシア、トトマが矢面となる。それは内戦の状況を数年巻き戻したような結果となるのだ。積み重ねた犠牲を考えれば、容易に容認できる話ではなかった。しかし、オシアの反論は鋭い。
「それは無用です。西方面軍はディンスに後退しましたが、ほぼ無傷。急造の砦を無理に守らず兵を退いたのは、敵を西トバ河に誘い込み、ディンスの兵力と合力してこれを討つため。その手配はぬかりありません」
「しかし、戦に絶対は無いでしょう。その上、ディンスは今や我々の急所ですぞ。戦火が近づくだけで交易には支障が出る」
オシアと老齢の家老ジキルの視線が交差する。その張りつめた雰囲気は遊撃兵団長のロージや、長年レイモンドに遣える騎士アーヴィルでも
「ジキルの心配は尤もだ。ディンスに住まう大勢の民は必ず守らなければならない。その上、今の我々はディンス港から得られる税収が無ければ成り立たない」
「畏れながらも、仰る通りでございます」
レイモンド王子は先に家老ジキルの立場に理解を示した。しかし、その上で言葉を続ける。
「だが、ディンス港の交易の半分強はデルフィルとのものだ。デルフィルの重要性もまた、言うに及ばない」
「如何にも……」
レイモンド王子の言葉は老齢の家老が否定出来るものではなかった。その上で今度はオシアに語りかける。
「ところでオシア、マルフルは援軍を求めているのか?」
「いえ、急造とはいえノルバン砦を落とされた事は悔いておりますが、王弟派の攻勢を西トバ河で受け止めるには充分な備えがあります」
「そうか……マルフルの事だ、見栄や虚勢ではないだろう……」
双方からの意見を聞いたうえで、レイモンド王子はしばしの間瞑目して考える。
(ディンスの守りはオシアの言うとおり、マルフルに任せればよいだろう。しかし、そうなると、以前の沿岸域襲撃のような事態が再発する可能性を考慮しなければならない。ユーリーの書状にもストラやトトマの防備を固めよ、と書いてあった)
そう考えるレイモンド王子は、思わず出かかる二度目の溜息を何とか押し殺す。
(だが、そうするとユーリーの要求する千の援軍は難しい……)
苦渋の判断であった。だが、王子派をまとめる首領としてレイモンド王子には領地領民の安全を最優先にするという責務がある。それを
(ユーリーならば、きっと分かってくれる)
結局は自分に都合の良い思い込みかもしれないが、レイモンド王子は敢えてそんな考えを押し込めると決心と共に目を開ける。そして、
「オシアはディンスに戻りマルフルの補佐を。ロージは遊撃兵団を率いてストラ、トトマ沿岸域の警戒に当たれ」
と命じていた。その上で、ロージに追加の指示を与える。
「ロージ、遊撃兵団から二百人を選抜してくれ」
「・・・・・・デルフィルへの援軍として、ですか?」
「そうだ、出来るか?」
「やります。ですが、沿岸域の警備には機動力が重要、騎兵は割けませんので歩兵小隊から兵を出す事になります」
「構わん、頼む」
ロージとのやり取りを終えたレイモンド王子は、隣に立つアーヴィルを見る。案の定、彼は複雑な表情をしていた。それは、ユーリーの求める数の援軍を送り出せない状況を理解した上で、彼の安全を慮ったものだ。そんなアーヴィルに対してレイモンドは言う。
「二百の歩兵には指揮官が必要だ。アーヴィル、頼む」
王子の言葉に騎士は表情を引き締めると力強く頷くのだった。
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結局、その日の御前会議で下された結論の内デルフィルへの援軍は、二百の歩兵を騎士アーヴィルが率いる、というものだった。その援軍は招集や編成に要する時間を考えれば、早くて翌日午後にトトマを出発するはずである。日時に対するユーリーの読みは正しかった。だが、その数は千を大幅に下回るものだ。
この事実がデルフィルという独立都市を巡り、二つの国の均衡を保とうと企んだ二人の青年の目論見にどう影響するか? それは未知数である。だが、援軍の数における均衡、という意味では、それほど大きな影響は無かった。何故ならば、コルサス王国王子派に対して状況が変化したのと同様に、リムルベート王国でも或る状況の変化が起こったからだ。
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