Episode_24.10 情勢流動
デルフィルの中心部に位置する施政府議事堂を後にしたユーリーは、途中でアルヴァンや、その護衛を勤める騎士デイルを始めとしたリムルベートの一行と分かれると「海の金魚亭」へ急いでいた。その道すがら、ユーリーは先ほどまでの協議と合意の内容を思い返す。
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午前の遅い時間にアルヴァン一行と共に議事堂入りしたユーリーは、この時初めて「議会」というものを経験していた。
デルフィルの施政は
そして議会で話し合いを行うのは各種ギルドの代表者達である。代表者の数は、各種ギルドが施政府に上納する「税」の額に応じて割り振られている。その政治形態は四都市連合の「評議会」と類似しているが、一部に違いがあった。四都市連合所属の都市国家が持つ地方評議会には、ギルドなどの権益集団を代表する議員の他に市井の住民を代表する者達が半数は所属している。しかし、デルフィルの施政府議会には住民の代表者は存在しない。全てが何らかのギルドの代表者である。これは、デルフィルに於いて徴税権を持っているのが各種のギルドであることに起因していた。そのためデルフィルの政治形態は「ギルド政治」と呼ばれる事もある。
そんな施政府議会であるから、ギルド間の利害対立の調整は伝統的に最も得意な分野といえる。その一方で、外敵に対する対抗方針については、統一された合意を作り出す事が不得手であった。その事実は今回の事態で如実に表れていた。
当初リムルベート王国に応援を要請したのは海商ギルドの一派であった。海上交易で立国するデルフィルらしく、海商ギルドは議会の最大勢力であり、同時に「親リムルベート」派の中心勢力でもあった。彼等は自勢力の精強さを傘に着た訳ではないだろうが、商人特有の素早い判断で議会の了承を得ること無くリムルベートへ応援の要請を行っていた。しかし、その専横が過ぎる行為が思わぬ波紋を引き起こしていた。
海商ギルド内に残っていた「四都市連合寄り」又は「反リムルベート」の一派が傭兵ギルドや冒険者ギルド、そして陸商ギルドの一部を巻き込み、リムルベートへの応援要請に対する追認を求める動きに反発したのだ。その結果、港の沖に四都市連合の軍船団が姿を現わしてから三週間近く、デルフィルの施政議会は碌な意思決定を発すること無く空転を続けた。しかもその間、議会の雰囲気は徐々に対話を重視する方向へと向かっていた。
これは、四都市連合の軍船団が姿を現しつつも全く軍事的行動を取らなかった事に起因していた。軍事的な脅威は存在するが、そこに急迫性が無ければ危機感というものは徐々に麻痺していくものだ。その状況を「親リムルベート」に反発する政治的な勢力が利用した結果、ユーリーやアルヴァン達が訪れたこの日の議会は、
――リムルベート王国への応援要請を取り下げる――
――親善目的で入国したコルサス王国王子派の一団に帰国を求める――
という議決がまさに採択寸前であった。しかも、デルフィル独自の対応として防衛兵力の増強に関しては、
――四都市連合を刺激する恐れがある――
として見送られようとしていた。
これらの状況に、ユーリーもアルヴァンも驚くというよりも呆れる、という感想を抱いていた。武装した明確な外敵が「街の玄関先」に居座っているというのに、デルフィル施政府議会は「何もしない」という結論に至りつつあったのだ。二人の青年からすれば、この決定は、非常に拙い、と言わざるを得なかった。
(議会における話し合いは平和な時には良いかもしれないが、そうでない場合は強力な指導力を欠くんだな)
それが、ユーリーが議会に対して持った印象であった。平和な時、多様な立場の人々が話し合い納得しながら政治を行う事は恐らく最上の方法だろう、とユーリーは考えている。これはレイモンド王子が掲げる民による国造りにも通じるところがある。ユーリーがレイモンド王子に協力している理由の少なくない部分を占めるものだ。しかし、それは国が安全で平和である事が第一条件だ。今回のように、その第一条件が脅かされる状況では、議会による政治は決定的に指導力を欠いていた。
議会相手に如何に四都市連合が危険であるか、彼等の軍船団が精強であるかを演説するアルヴァンの隣で、ユーリーはそんな考えを持っていた。
一方のアルヴァンは、議会の流れが予想外の結論へ向かっていた事に焦りを感じつつ、彼一流の弁舌で議会の説得を試みた。彼の演説は実際に四都市連合と争った「インヴァル戦争」における一軍の将として、充分に迫力と説得力を備えたものであった。
そんなアルヴァンの努力は報われた、と評価出来るだろう。演説の結果、決議は午後に持ち越しとなったのだ。そして、昼食を挟み仕切り直しとなった午後の議会は、スカリル襲撃の報せを受ける事になった。
スカリル襲撃の報せを受けた議会は混乱状態に陥りかけた。しかし、その状況を落ち着かせたのは、やはりアルヴァンの存在であった。彼は動揺する議員達に向かい、
「決定の過程には疑問はあるが、現に私はリムルベート王国の先遣隊を率いてこの場に居る。更にコルサス王国の聡明なるレイモンド
アルヴァンのやや甲高い声が議場に響く。その声で名を呼ばれたユーリーは二つの意味で驚いていた。一つは自分の名が呼ばれた事だが、もうひとつはレイモンド王子に対する敬称であった。本来一国の王に使う敬称をアルヴァンはレイモンド王子に使ったのだ。これは、
しかし、大方の議員の注意はその方面には向かっていなかった。そんな彼等は、続くアルヴァンの声に耳を傾ける。
「議員諸君の合意があれば、我々はすぐさまそれを本国へ伝えよう。だが、実際の支援が届くまでには時間が掛る。しかし恐れてはならない、諸君の街を守る手段は他にもある。兵を募り、外敵に備えるのだ!」
アルヴァンはそこまで言うと言葉を区切り、議員達を見渡す。そして、
「諸君がこの街の人々と富、真にそれを守ろうと立ち上がる時、我らは共に戦おう!」
その後の流れは単純だった。結局議会で多勢を占める「親リムルベート派」が勢い付き、リムルベート王国への本格的な援軍要請が決議された。また、その過程で均衡を保つ意味と「反リムルベート」勢力への配慮として、コルサス王国王子派へも応援要請を行うことが決議された。更に、傭兵ギルドの代表者を戦時特任指揮官に任命すると軍備予算として金貨一万枚の支出が決定された。
それら一連の決議を見ていたユーリーはアルヴァンの演説に鳥肌を覚えつつも、
(決定までに時間を要するが、一度片方に傾くと歯止めが掛らない……少し怖いな)
と、議会による政治の弱みとも強みとも取れる部分を恐ろしく感じていた。
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ユーリーとアルヴァンは別々に宿舎としている場所に着くと、議会の決定を纏めて本国へ送る。そんな二人だが、分かれるまでの道中でお互いの本国へ要請する援軍の規模を大まかに話し合って決めていた。
ユーリーはレイモンド王子に宛てた書状でスカリル襲撃を報告すると、ストラとディンスの守りを厳とするよう提案した。その上で、
――騎兵又は騎士、及び歩兵を併せて千名の援軍を要する――
と報告していた。
一方のアルヴァンも同規模の援軍を本国へ要請していた。それぞれの援軍が到着するのは、コルサス側が早ければ五日後、リムルベート側は八日後と見積もられた。この時点では、二人の青年が持っていた目論見は、実現に何の問題も無いはずであった。
しかし数日後、二人はほぼ同時にそれぞれの本国で起こった事態の急変を聞く事になる。
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