Episode_24.08 ダルフィルの会談


「久しぶりだな、ユーリー」


 護衛役の騎士デイルを伴うのみで部屋にやって来たアルヴァンは、ユーリーの姿を見るなり表情を緩めて親しげに声を掛けてきた。リムルベート王国の先遣隊を率いる公子アルヴァンではなく、ユーリーの親友アーヴとしての態度である。ユーリーは、アルヴァンがそんな態度で会談に臨んでくるとは思っていなかったため、少し気勢を殺がれる格好となった。


「アル……いや、アーヴも元気そうで何より」

「どうしたんだ、そんな驚いた顔をして」

「はは、少し緊張してたみたいだよ」


 西方辺境域の二大王国、リムルベートとコルサスがお互いに緩衝地帯と不文律する地域デルフィル。その地域を巡る軍事的な脅威の高まりに対し、対応する権限を与えられた二人の青年が最初に交わした言葉はこのようなものであった。


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「なんだ、だったら最初はそういう風・・・・・にすれば良かったかな」


 アルヴァンの声には少し残念そうな響きが籠っていた。どうやら、緊張したユーリーの対応を見る機会を逸した事を残念に思っているようだった。対してユーリーは少し赤面しながら、


「もう遅いよ。今から変えるのは無理でしょ」


 と言い返す。そして二人はどちらともなく笑い声を上げた。


 アルヴァンはコルサス王国王子派の先遣隊が先にデルフィルに到着している事を承知していた。そして、その先遣隊を率いるのが親友のユーリーであることもアント商会スカース・アントから伝えられていた。そんなアルヴァンは、親友と言いつつも一筋縄ではいかない相手に備えるため、ダルフィルへの到着を遅らせるとリムルベート側からデルフィルの情勢を探っていたのだ。


 しかし、粗方の情報を得た結果、


「直接会って話をするのが一番だと思った。それに、口先だけでユーリーを言い包めるのは土台無理な話だ」


 という結論に達したらしい。お互いの国の内情はスカースを通じて双方ともに筒抜けの状態である。アルヴァンがコルサス王国王子派の台所事情の窮状を知っているのと同様に、ユーリーはリムルベート王国がインヴァル戦争後の弱体化した軍事力を工面して西のオーバリオン王国を警戒していることを知っている。お互いにお互いの「泣き所」を知り合う者同士、しかも少年期からの長い付き合いである。双方共に相手が切れ者・・・である事を熟知している。小賢しい駆け引きは後々に無用な軋轢を生むだけだと結論付けたのだ。


「それは買い被りだと思うけど、アーヴ相手に変な駆け引きはしたくないな」

「そうだろ、だからチュアレは同席させなかった」


 因みにチュアレとはリムルベート王国の外交を司る渉外担当官であり、今は次官の地位まで昇進した人物だ。昇進の影にはウェスタ侯爵家からの多大な支援があったため、侯爵家の人間には頭が上がらない彼は、アルヴァンが「非公式」と決めてしまった今の会談に同席していなかった。


「なるほどね……」


 その説明にユーリーはアルヴァンの言葉が真実であると再認識した。そして、そこまで気を回した親友に応じるため、最初は自分の方から切り出すことにした。


「レイはデルフィルを今まで通り二国間の緩衝地帯として保ちたいと考えている。そして、王子派領の生命線とも言うべきデルフィルからトトマへ続く陸路、ディンスへ繋がる海路の安全を保ちたいと考えている」

「なるほど」

「今のデルフィル施政がリムルベート寄りな事は承知している。それを踏まえた上で、今回の事態を傍観すれば、緩衝地帯と生命線を同時に失い兼ねないと危惧している」


 ユーリーの言葉は王子派のデルフィルに対する立場考えを言い尽くすものだった。そこまでつまびらかに言うユーリーに対して、ダレス達は少し驚いた表情となった。


「分かった」


 一方のアルヴァンはユーリーの言葉に頷く。彼としては予想していた内容だったのだろう。


「リムルベートとしても、デルフィルに対する政策方針はこれまでと変わらず緩衝地帯として保つことだ。だが、現状のデルフィルはリムルベート寄り過ぎる・・・


 そう言うアルヴァンは一つ溜息を吐くと、言葉を続けた。


「今回の件などは、実質的な攻撃を受けた訳でもない。だが、デルフィルは易々とリムルベートに援助を求めてきた。施政府議会の一部が先走った結果だというが、これは少し情けない事態だよ」


 彼が言う「情けない事態」とは直接的にはデルフィル施政府の不甲斐なさを批判しているが、暗にコルサス王国の責任を問う響きもあった。両国が正しく影響力を保たなければ、デルフィルのような交易立国の独立都市は容易に片方へ均衡を崩すのだ。その点に於いて、内戦にかまけて・・・・影響力の維持を怠ったコルサス王国側には一定の非がある。


(しかし、その状況を利用して影響力を増したのはリムルベート側だろう)


 アルヴァンの言わんとする事を理解しているユーリーは沈黙を保つが、内心はそのような反発を感じていた。リムルベートとデルフィルの関係は、リムルベートからデルフィルに支援が流れる片務的な関係ではない。双方が利益を得られる互恵関係なのだ。アルヴァンがその事を知らないはずはない。


(言われっ放しも……マズいよな)


 親友同士であるが、その反面で国対国でもある。「一方的に言い負かされました」では済まない気がして来たユーリーは頭の中で反論を構築する。


――強まった影響力で得た利益分は負担を負うのは当然ではないか?――


 とか、


 ――野放図に影響力増大を図ったのはリムルベート側ではないか?――


 など、言うべき言葉は直ぐに思い付いた。


「――デルフィルが両国にとって重要な緩衝地帯であることが確認できた。その上で、緩衝地帯として正常に機能させるためには……」


 一方のアルヴァンは結論を付けるような言い方をするが、その言葉は不意に途切れた。ユーリーの表情が少し変わった事を察知したのだ。ユーリーはまるで取っておき・・・・・の反撃手段を見つけたような顔になっている。その事に寸前で気付いたアルヴァンは、言葉を区切って隣の騎士デイルを見る。デイルは少し困った表情だったが、その顔には「言い過ぎです」と書いてあるようだった。


「……いや、正直なところ、現在のリムルベート王国の状況では占領したばかりのインヴァル半島の統治を安定させつつ、軍事力を再建し、その片手間でデルフィルの面倒をみる事は難しい……と言うべきだな」


 寸前の所で語調を弱めたアルヴァンは、ユーリーが語ったように自国の状況を話す。対してユーリーは口に出せば角が立つ反論を呑み込むと無言で頷いた。その様子に少しホッとしたアルヴァンは、


「つまり……今回の件については両国でデルフィルを支援する、というのはどうだろうか?」


 と、本来落ち着くべき結論を口にしたのだった。


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 その夜の会談は、アルヴァンが発した提案を結論としてひと段落した。その上でユーリーは、


「デルフィル側に積極的な対応を求めてはどうか?」


 とアルヴァンに提案した。両国の代表が口裏を合わせて言えば、軍事的に弱腰なデルフィルであっても傭兵の募集など軍事力強化に動くと考えたのだ。


 そんなユーリーの提案はアルヴァンに受け入れられた。そして、


「明日、施政府議会に呼ばれている。一緒に行って彼等を説得しよう」


 という事になった。


 その後、お互いに「国の代表」という役目を一旦脇に置いた二人は、ようやく本来の親友同士という関係に戻り、ささやかな晩餐を共にした。その席上では、嘗て「白銀党」として王都リムルベートを騒がせたダレス達三人に対しても、アルヴァンは罪人ではなく親友の友として接した。全員が爵家貴族の子弟である彼等に対して、アルヴァンは彼等の家の現況を語って聞かせた。ダレスの生家であるザリア子爵家の活躍と躍進は言うに及ばないが、ドッジやセブムの生家も弱小子爵ながら先のインヴァル戦争には従軍しており、それなりの褒章を得ていた。その事実が他国の騎兵として働く若者達の心を慰めたのは言うまでもない事だった。


 ユーリーはそんなアルヴァンの話を聞きつつ、久し振りに会った騎士デイルと近況を語り合っていた。その中で彼が最も気にしたのは幼馴染でひょん・・・なことから子爵家の跡取りとなったヨシンの事であった。


 ヨシンは豊かとはいえない子爵家の家計を遣り繰りし、第二騎士団への軍役にマルグス子爵家を復帰させていたということだ。しかし、現在は割り当てられた第二騎士団の王都詰め当番であった事から、アルヴァン率いる先遣隊には同行していない、ということだった。


「何と言うか……マルグス子爵は元気だよ」

「デイルさん、その呼び方はなんですか?」

「呼びにくいんだよ、あっちは『今まで通りヨシンと呼んでくれ』と言い張るのだが……」


 少し酒の入ったデイルは、何とも複雑な表情でそう語った。因みに彼の義父であるガルス中将は、時折邸宅にやって来て稽古をしているヨシンを今まで通りに「ヨシン!」と呼び、時には拳骨を食らわせることもあるらしい。


「あんな真似は俺には出来ないよ」

「まぁ、ガルス中将なら……やりそうですね」


 その後、会話はデイルの妻ハンザと二人の子供パルサとブレーザに及ぶ。すると、途中でアルヴァンが割り込んできて、それ以降はアルヴァンの惚気話になってしまった。


「もう、なんであんなに可愛いんだろうなぁ」


 途中から話題を奪った事もお構い無しに、アルヴァンはそう言うと遠い目をする。


「可愛いってどっち? ノヴァさん? それともガーラ?」

「うん、両方」

「はぁ……そう、良かったね」


 ダルフィルの夜は、和気藹々と更けていく。この時は未だ、脅威は本当の意味で現実ではなかった。

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