Episode_24.06 安穏の都市
ユーリーとスカースの間で持たれたその夜の会食は、途中参加したリーズが一時的に話題をさらう格好となってしまった。しかし、当の本人であるリーズはこれまで溜め込んでいた鬱憤を見知った顔であるユーリーやリリアに暴露することで随分と気分が軽くなったのか、勝手に注文したワインの小樽を半分ほど一人で飲んでしまい、早々に酔い潰れていた。テーブルに突っ伏して同じ事を繰り返し喋るようになってしまった彼女は、リリアによって住まいとしている長屋まで送り届けられる事になった。
一方、嵐が去ったようなテーブルに残されたユーリーとスカースは、ようやく目下の脅威である「四都市連合の軍船」を話題とする事が出来た。少し気落ちした様子のスカースが語った内容は、デルフィルに到着したばかりのユーリーにとっては有り難い内容であった。
――四都市連合の軍船、確認された数は大型、中型帆船が三隻以上と中型小型櫂船が五十余隻――
――デルフィルの南、スカリルの東の沖合に留まっている――
――デルフィル側から接触中だが、今のところ交渉の場は持たれていない――
以上が現時点の概要であった。そして、
「施政府議会は早々にリムルベートへ応援を頼んだよ。どうやらウェスタ侯爵家のアルヴァン様が先遣隊としてやってくるらしい」
と、スカースはユーリーに告げた。この言葉にユーリーは一瞬顔を綻ばせた。身分の差は天と地ほどあるが、アルヴァン・ウェスタは紛れも無くユーリーが親友と呼べる相手である。しかし、彼が顔を綻ばせたのはほんの一瞬であった。直ぐにコルサス王国王子派としての自分の立場を思い出し、場合によっては背負う立場の違いから親友と対立する可能性に思い当ったのだ。
「アーヴか……手強いんだろうなぁ」
「そりゃ、ユーリー君が一番良く知っているだろう」
束の間の笑顔が苦笑いに変わったユーリーに、スカースはそう言うと言葉を続けた。
「今回、リムルベート側が派遣を決めた先遣隊の規模は騎士五十と従卒兵三百。丁度君達と同じ規模になるな」
「随分と小規模だね」
「どうやらウェスタ侯爵様が過剰な反応を抑えたらしい……リムルベートも先のインヴァル戦争の傷跡が完全に癒えた訳ではない。それに、オーバリオン王国との緊張も高まっているという事だ。負担を避けたいという思惑があるのだろうさ」
「そういう事か……」
その後ユーリーとスカースの話は、リリアがリーズを送り届けて戻ってくるまで続いた。丁度「海の金魚亭」が看板を下ろす時刻まで続いた話し合いで、ユーリーはデルフィル施政府の状況とリムルベート王国の現況について充分な情報をスカースから仕入れることができた。更に、ユーリーはアルヴァンが率いるリムルベート王国の先遣隊がデルフィルに到着した際に、彼等と面談を行えるように手配をスカースに頼んだ。
「恐らく、アルヴァン様も同じように求めるだろう。それはお安い御用になりそうだ」
献身的な援助に礼を言うユーリーに、別れ際のスカースはそう応じていた。
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翌日のユーリーは朝早くに起き出すと、コルサス王国のレイモンド王子に宛てて一通の書状を書きあげた。そして、それを同じ一番隊の騎兵サジルに託していた。
「なるべく早く返事を貰ってきてください」
と書状をユーリーから託された騎兵サジルは単騎で街道を東へ急いだ。
サジルを見送った後のユーリーは、昨晩聞く機会が無かった傭兵団からの報告をリリアから聞いた。しかし、デルフィル入りして間もない彼等は特段注意を要する情報を得ていなかった。
「今の状況だと、噂程度の情報しか期待できないわね」
とはリリアの言葉だ。昨晩スカースがユーリーに話した内容はユーリーから彼女に伝わっている。現時点でデルフィル施政府側からの接触は沖に留まる軍船団に黙殺されている状況なのだ。そのため、デルフィル市中に存在する情報は憶測から生まれた噂程度であった。
「たぶん、コルベートを中継基地としている船団だろう。コルベートと商売をしている海商を中心に情報を取れないかな?」
「わかったわ、やってみる」
ユーリーの提案を受けたリリアは、それをジェイコブやトッド達に伝えるため宿を後にした。一方のユーリーはダレス達他の騎兵隊隊長と共に午後の予定であったデルフィル衛兵団の表敬訪問へ向かう。
デルフィル衛兵団は三千人の衛兵を備えたデルフィルの治安維持組織だ。街の規模からすれば三千人という規模の衛兵団はやや少ないという印象があるが、港の治安は港湾ギルドの私兵が請け負い、商業地区の治安は商業ギルドの私兵が請け負うという区分けがあるため、人手は充分だという事だ。
そんな説明を衛兵団の副団長から受けたユーリー達は、現在の状況に対する衛兵団の対応を質問したが、返ってきた言葉は、
「特段の対応は無い。施政府からの指示が無い以上、こちらで勝手は出来ない決まりだ」
というものであった。しかも、
「連中も態々犠牲を払ってまで上陸しないだろう。特にデルフィル港の守りは堅いからな」
と、その副団長は楽観的な見方を披露したのだ。
確かにデルフィルという街は長くリムルベートとコルサスという二つの大国に挟まれ、その緩衝地帯として保たれていた土地だ。そのため「外敵」という概念は即ち港や沿岸域を荒らす海賊を指し、そのための備えとして港には巨大な投石塔や固定弩が幾つも備えられている。小型船一隻や二隻程度の海賊ならば近づく事さえ難しい守りとなっているのだ。
そんな事情を
(あまり危機感が無いんだな)
ユーリーの抱いた感想は、ダレス達にも共通したものだった。そして、施政府の議員や各種ギルドの幹部と面談を重ねた彼等は、その感想を更に強くする。施政府議会の一部だけが、現状を不安視してリムルベート王国へ応援を求めた、という事情も分かってきた。現在では、独断でリムルベート王国へ応援を求めた「親リムルベート派」というべき勢力が、他の議員達から批判を受ける格好となっているようだった。
それらの状況が分かるまで三日の時間を要したユーリー達の元に、伝令として王子派領に派遣していた騎兵サジルが戻ったのは四日目の午前であった。そして、その日の午後、リムルベート王国の先遣隊がデルフィル近郊の街ダルフィルに到着した、という報せがスカースによって
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