Episode_24.05 リーズとスカース


 食事客で混み合う「海の金魚亭」は、デルフィルの街中の中央部に広がる繁華街の港湾地区に近い場所に位置している。店の格付けとしては中程度の価格帯だが、提供する料理や酒の質は上等な店にも引けを取らないものだ。そのため、宿屋を併設している料理店であるが、客の半分以上は地元デルフィルの住人である。


 夏の長い日が沈み、暑さがひと段落する時間帯の店はほぼ満席状態となっていた。家族連れや仲間内で集まったような食事客が繰り広げる談笑の合間に、給仕の少年少女が奥の厨房へ注文を通す声、威勢の良い女将の声が響く。そこに、奥の厨房から聞こえてくる調理の音や食器や杯が立てる音が混然一体となり、まるで音の雨が降り注いでいるようだ。その賑やかさは、現在デルフィルに迫っている「四都市連合の軍船団」という脅威を以ってしても翳ることはないようであった。


 そんな賑やかな店であるから、店の隅に置かれた四人掛けのテーブルを囲む男女のやり取りは、騒音に溶け込んでしまい周囲が盗み聞く事は不可能である。スカース・アントがユーリーと会う場所としてこの店を指定した理由はそういう理由があったのだ。如何に「友人」と会うといっても、お互いの立場や役割がある。話がデルフィルに迫る脅威に関する内容に及ぶのは当然であった。そして、彼らが話す内容は他人に聞かれたくないものが含まれているのは当然であった。


 しかし、今のところ彼等の会話はその部分に至っていない。途中で加わった二人の女性によって、話が核心部分から逸れてしまった格好だった。だが、ユーリーとしては今まで女気の無かったスカースが好意を寄せているというリーズと、奥手なスカースのやり取りに興味が出てしまったので、話の流れを自然に任せていた。夜は長いのだ。


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「じゃぁ、今は冒険者をやってないの?」

「そうよ、色々あってね……それで、今はアント商会の秘書見習いよ」


 リリアの問いにリーズは溜息混じりで答えた。昨年、ユーリーとリリアがデルフィルを通り掛った時に偶然再会して以降、一年ぶりの再会であったため、リリアとリーズはお互いの近況を話していた。その中でリーズは冒険者からは「足を洗った」と告げたのだった。


「リリアもユーリーも、仲が良いわね……羨ましいわ」

「ロンさん達はどうしたんですか?」

「うん……実はね――」


 露骨に妬ましそうな視線を送るリーズの言葉にリリアは同姓として何か察するところがあった。一方、ユーリーはそこまでの勘働きを備えていないため、疑問をそのまま口にしてしまう。そんなユーリーにリリアはチラと非難するような視線を送ったが、当の本人であるリーズはリリアの気遣いも余所に経緯を話し始めた。


 彼女の語るところによると、元々五人組の冒険者集団であった彼等は、或る事がきっかけとなり解散してしまったのだという。それを聞いたユーリーは最初、彼らが手に入れた金の分配で揉めたのかと考えた。リーズ達冒険者はインカス大回廊の第四層を開く過程で、幾つかの宝玉とユーリー自身が彼等に渡した「金細工の心臓」を得ていた。それらを売り払えば一人頭金貨百数十枚が手に入る計算になる。身に余るお宝を手に入れた結果、分配で揉めるという事は冒険者の業界ではありふれた・・・・・事件なのだ。


「まさか、皆があんな風に思っていたなんてね……」


 だが、続くリーズの言葉はユーリーの予想に反したものだった。彼等が解散した原因は金の分配ではなく、場合によってはもっと厄介なもの、つまり恋愛感情の縺れ・・・・・・・であったのだ。


 昨年、アント商会の建物から買い取り前に預けていた「金細工の心臓」を盗まれてしまった後、スカースから保証金を受け取った彼女達は今後の身の振り方を話し合ったという。そこでアフラ教の侍祭であったロンが、ベートへ戻ると言い出したのだ。


 元々五人組の内ロンを除く四人はベート国の田舎村出身の幼馴染である。一方ロンはインバフィル出身であるが、当時ベートに存在していたアフラ教会西方教会に入信しており、ベートに滞在していた。そこで彼等は知り合いとなり、ロンが助祭に昇格するため「五年間の奉仕活動」という修行の旅に出ることを機にインヴァル半島で有名なインカス遺跡群を目指したのだった。


 そういう経緯で「五年間の奉仕活動」が終わりを迎えるロンはベートに戻りたいと言った。しかし、ロン以外の三人モルト、ルッド、タムロはそれに反対した。解放されたばかりのインカス大回廊第四層でお宝を探したいとか、デルフィルで商売を始めたい、とかいう事が理由だった。結局、彼等の話し合いは纏まらず、ロンが一人でベートに帰る事となった。


 そして事件が起きた。一人ベートに帰る事となったロンは、別れを惜しむリーズに突然愛を告げのだ。


「びっくりしたわ……突然『一緒にベートで暮らそう』だものね……」

「はぁ……」

「まぁ、そりゃ驚くわね」


 当時を振り返るリーズは今でも「信じられない」といった表情だったが、それを聞くユーリーとリリアは少し呆れていた。一緒に行動した期間は短いが、少なくとも二人が見る限り紅一点のリーズを巡る四人の男の微妙な関係性は露骨なものだったのだ。


 だが、ユーリーとリリアの感想は別として、当のリーズはロンがそんな感情を持っている事に驚き、他の三人に相談したのだという。そして、彼女のこの行動が被害を拡大させることになった。これまで、男同士四人で結んでいた曖昧な紳士協定がロンによって破られたと知った残りの三人は、困惑の様相を呈するリーズに相次いで同じように愛の告白をしたのだった。


「あんなの馬鹿げているわ。昔から一緒に居たのに、突然『愛しているから結婚してくれ』だなんて……私の気持ちはお構い無しなのね」


 結局、拙速に事を起こした四人の男達はリーズの心を射止める事は出来ず、それどころか、これまで築いてきた「冒険者仲間」という関係性まで失う事になった。そしてリーズ達五人組の冒険者集団はこれ以上活動を続ける事が出来なくなり、昨年の冬前に解散したのだという。


「それでね、無職というのは良くないから、今はスカースさんのところで秘書見習いとして働いているのよ」


 経緯を話し終えたリーズは、気分を変えるために杯のワインを一気に空けると給仕の少女にワインを小樽で注文した。そして、目の前の冷めかけた料理をつつき始める。その様子は、雇い主スカースが同席している事など微塵も感じさせない無遠慮なものだったが、どこか彼女一流の強がりが見え隠れするようにユーリーには感じられた。


「恋愛なんて相手があっての事だから……自分の事ばかり考えて相手をないがしろにしていては成り立たない」


 彼女の様子に同じ事を感じ取ったのか、これまで黙ってリーズの話を聞いていたスカースが口を開いた。恋愛経験皆無の人生を過ごしてきた彼だが、これ位の事は常識として弁えて言えるのだろう。


「今はまだリーズさんの側にそんな気持ち・・・・・・が無いみたいだからね」

「頭取はやっぱり言う事が違うわね!」

「でも、いつかはそういう気持ち・・・・・・・が訪れるかもしれない」

「どうかしら? 今のところは仕事を覚えるだけで手一杯よ」


 そんなスカースとリーズのやり取りをユーリーは黙って聞いていた。一応、スカースがつたないながらも優しい言葉でリーズの気を惹こうと、つまり口説こうとしている事が分かったからだ。だが、対するリーズはいみじくもスカースが言った言葉通りの状況であった。そして、


「私、恋愛なんてしないんじゃないかな」


 と、追加のワインを飲みながらサバサバした様子で言うリーズと、一瞬表情を曇らせたスカースの様子を交互に見比べるのだった。そんな彼の脇腹に隣の席から肘が押し当てられる。それを何かの合図のように感じたユーリーは隣に視線を向けた。そこには、


(これは、難物ね)


 と唇の動きだけで伝えるリリアの苦笑いがある。全く同感だと感じるユーリーであった。

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