Episode_24.04 スカースの恋
アーシラ歴498年8月中旬 デルフィル
コルサス王国のレイモンド王子が派遣した騎兵と傭兵からなる集団は無事デルフィルの街に到着していた。
途中、昨年の沿岸域襲撃事件の際に強行突破したデルフィル側の関所 ――スカースの宿場―― ではひと悶着起こることを覚悟したユーリーだったが、その心配は無用なものであった。豪商アント商会が事前に関所の役人や兵士達に金を渡し、根回しを済ませていたのだ。その事を、スカースの宿場で待ち構えていた元隊商主のゴーマスから聞いたユーリー達は、彼から最新の情報を得つつデルフィルに到着していた。
デルフィルに到着した一行は、予め決めたとおり、騎兵達と傭兵達に分かれて活動を開始した。精霊術戦士ジェイコブ率いる「オークの舌」と、弓遣いトッド率いる「骸中隊」は主に港湾を中心とした地域で労働者や冒険者、同業の傭兵達を相手に情報収集を行う。一方、ユーリーやダレスを始めとした騎兵達は「親善」の目的を以ってデルフィルの衛兵団などと面会の機会を持ちつつ施政府側との接触の機会を待った。また、そんな両者の情報を橋渡しする
ユーリー達コルサス王国王子派の騎兵達とデルフィル施政府側との橋渡し役はアント商会の陸商部門頭取であるスカース・アントが請け負っていた。父親であるジャスカー譲りの魁偉な風貌とは裏腹に、スカースは目先の利益以上に将来を見据えた考えを持つ好青年である。そんな彼の
近い将来、レイモンド王子の元でコルサス王国が統一を果たせば、その後に得られる見返りは莫大なものになるだろう。その事を
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「そりゃ、今のところは慈善事業……いや、投資のようなものだよ。しかし、コルサス王国が無事統一されれば、そこにはリムルベートと並ぶ規模の市場が出来上がるんだ」
「海の金魚亭」で夕食を共にしつつ、ユーリーが投げかけた問いにスカースは憶面も無くそう答えていた。因みにユーリーの問いとは、王子派がアント商会に対する金銭の返済猶予を求めた事に対して、アント商会側が
実は、王子派の財政はそれほど潤沢といえる状況ではなかった。度重なる王弟派との戦いや、レイモンド王子が打ち出す民衆向けの政策は領域内からの税収をほぼ食い潰し、対外的な債務の返済に手が回らない財政状況を作り出していた。その上、数年前に発生した不作と同等の事態に備えて或る程度の金を蓄えておく必要もあるため、アートン城の宰相マルコナを筆頭とした家臣団は返済の猶予をスカース・アントに申し出たのだった。
その申し出は、丁度東方面軍を中心とした王子派軍がタトラ砦周辺で王弟派軍と衝突していた時期に行われていた。そして、スカースは特段の追加条件や返済額の上増しを求めること無く、その申し出を受け入れていたのだ。
「勿論、父からは文句を言われているが、それほど強い言葉でもない。あっちも私の思惑は分かっているんだ……それに、レイモンド王子は個人的に好きだからな」
スカースは最後の一言を照れ臭そうに言う。一方、それを聞いたユーリーは少し安心したような気持ちになっていた。損得と好き嫌いの両方の理由で動いてくれるスカースは間違いなく王子派の強力な後援者であった。
「お陰で僕達は変わらず給金を貰えるという事ですね。ありがとうございます」
そう言って、慇懃に頭を下げて見せるユーリーに、スカースは慌てたように手を振りながら言い返す。
「止めてくれよ。宰相マルコナ様の事だ、本当の困窮する三歩も四歩も手前で手を打ったんだろう。それに、友人と思っている君にそんな風に感謝されると、私としては居心地が悪いよ」
個人的な「好き嫌い」でいえば、レイモンド王子同様に好意を感じる対象であるユーリーの態度は、言葉通りスカースには居心地が悪いものだったのだろう。思わず「友人と思っている」と言った彼は、先ほどと同じように、魁偉な顔に照れた表情を張り付けていた。その様子はスカースという青年が生来兼ね備えている愛嬌を存分に発揮した表情であり、ユーリーは思わず笑みを浮かべていた。
「そ、そう言えば、君の恋人……確か、リリアさんとかいったかな? 彼女は一緒じゃないのか?」
照れ隠しという訳でもないが、話題を変えたいスカースはそうユーリーに問い掛けた。
「一緒ですよ。多分そろそろ戻ってくると思います」
「そうか、仲が良いんだな……羨ましいよ」
そんな問いに対して、ユーリーは自然な風に答える。だが、それを聞いたスカースの言葉には明らかに羨望が籠っていた。
「もしかして、想いの人でも出来たのですか?」
「まぁな。だが、中々……こういった事に経験が無い内は半人前だと父から言われているが、どうして良いものか?」
豪商のひとり息子として生まれ、若くして陸商部門を取り仕切る頭取の立場でありながら、スカースは色恋の方面に純粋な人物であった。自分の風貌が異性に魅力的に映らないという自信の無さと、膨大な財産がそれ目当ての異性を呼び込むという自覚、その両方が聡明な青年であるスカースから恋愛を遠ざけていた。その事を
「へぇ、相手はどんな女性ですか?」
「うん……そう言えば、君のお陰で知り合ったようなものだな」
「え? 僕のお陰?」
思い掛けないスカースの恋愛話に興味が出てしまったユーリーだが、彼の問いに対するスカースの返事に驚く事になった。そして、驚きつつもそんな女性が居たか? と疑問を感じた。ユーリーとスカースが共通して知っている女性で、しかも「君のお陰」と言われるような女性は可也限られている。
(誰だろう? ……昔ここで給仕をしていたアリサか? 確かにトトマのゴーマスさんの店で働いているし、ゴーマスさんの店はアント商会の支店のようなものだ……)
ユーリーが咄嗟に思い浮かべたのはアリサという少女だった。美しいというよりは、可愛らしいと表現するべき少女だ。彼女を巻き込んだ小さな騒動は、ユーリーがスカースと知り合うきっかけでもあった。しかも、その後の経緯から彼女は現在ゴーマス商会で働いている。だが、それにしては恋愛が奥手なスカースが好意を持つほどの交流は無かったと記憶している。
「もしかして、アリサ?」
「いやいや、あの娘は確かゴーマスが面倒を見ていると聞いているが、まるで娘のように気に掛けているぞ」
「じゃぁ、違う?」
「ああ、違う……」
ユーリーの予想は完全に外れていたが、その代わりスカースは、
「来てくれるかどうかは分からないが、一応今晩の食事に呼んでいるんだ」
と言った。つまり、一緒に食事をしてもおかしくない程度にユーリーとも知り合いという人物がスカースの「想いの人」と言う事になる。
「……もしかして……」
その事実に、ユーリーは一人の女性を思い浮かべた。半分エルフの血を引いているその女性は、確かに黙っていれば美しい女性である。だが、口を開くと相当に言葉遣いは乱暴だし勝ち気な性格だ。そして何より商売人とは別世界の住人、冒険者を生業としていたはずだった。だが、そんなユーリーの予想はどうやら正しかったようだ。
「あら、久し振りねユーリー! 元気だった?」
店の喧騒を割るような明るい声がユーリーの背後に掛った。そして振り向いたユーリーは、困ったような表情のリリアと、その隣に立つ冒険者リーズの二人を視界に捉えたのであった。
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