Episode_24.02 四人の魔術師


リムルベート王国王都


 王城と商業区の間に広がる小規模爵家や男爵の屋敷が連なる区画、その一画に建つサハン・ユードース男爵の屋敷には、この日幾人かの来客があった。


 一人はこの日に限らず、既に一週間ほど屋敷に滞在している高齢の魔術師である。ウェスタ侯爵家で客臣待遇を得ているその老魔術師の名はメオン・ストラス。西方辺境の賢者と呼ばれる事もあるし、単に老師と呼ばれることもある。よわい八十八にして矍鑠かくしゃくとした老人である。


 嘗てメオン老師とサハン男爵は、魔術に対する考え方の違いから長期間に渡り絶交状態であった。しかし、メオン老師の養い子であり、サハン男爵の教え子でもあるユーリーがその仲を取り持つことで、二人の親交は復活していた。今では、サハン男爵の屋敷はウェスタ侯爵の所用で王都を訪れたメオン老師の「定宿」となっている。


 一方、そんな老魔術師二人が待つ屋敷を訪れた客人は馬車でやってきた。リムルベート王家の紋が刻まれた瀟洒な馬車を下りた客人の一人は壮年期の男性だ。この人物はひと目でそれと分かる上等な生地を使った象牙色のローブを身に着け上品な物腰を備えた人物、宮中魔術師ゴルメスである。そして、ゴルメスの手助けを受けてヨタヨタと馬車を降りたもう一人の人物は老婆であった。元々小柄な女性であっただろう老婆はすっかり腰が曲がっており、差し出されたゴルメスの手を握ると、それを支えにして屋敷へ入って行った。


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 客間替わりの一階食堂へ通されたゴルメスと老婆は、そこで家主であるサハン男爵とメオン老師の二人に面会した。この日、宮中魔術師ゴルメスをこの場に呼んだのはメオン老師であった。だが、その彼が思わぬ人物を伴っていたことに、メオンは少し驚いた声を上げる。


「おお、久しいなレナ。まだ生きておったか、残念な事じゃ」

「はいはい……お主もすっかり死に損なっておるな。死神ノロスも冥神アッティスも、お主だけは跨いで通るらしいのう」


 顔を合わせた瞬間、互いに皮肉とも悪口ともつかない挨拶を交わすメオン老師と老婆レナ。二人とも、お互いに好きな事を言いつつも人の悪い・・・・笑みを浮かべている。その様子に驚いたのは宮中魔術師ゴルメスであった。


「か、母さん、メオン老師と知り合いだったの?」

「はいはい、知り合い……とうの昔に途切れた腐れ縁じゃと思っておったがな」

「お主は未だインチキまがいの魔術具店……はて、何という名だったか。まぁよい、出世した息子に迷惑をかけてはいかんぞ」

「店の名前は『魔女の大釡』じゃ。お主、ひょっとしてボケたか? これは目出度い」


 そんなやり取りの後、魔術具店「魔女の大釡」の店主である老婆レナは「ぎゃはは」と大口を開けて笑う。不揃いに抜け落ちた歯がむき出しになった。その様子にメオンは口を噤むと顔を顰めつつ、彼女の息子であるゴルメスの方を見た。


「内緒にするつもりは無かったが……昔の知り合いじゃ」


 メオンの言う「昔」とは、恐らく「銀嶺傭兵団」の時代前後を指すのだろう。ただし、老魔術師がその傭兵団の一員であったことを知らないゴルメスは、癖の強い母親と同じく癖の強い老魔術師が知り合いだった事に、


(二人とも変わり者だからな。さもありなん・・・・・・という所か)


 と、決して口には出さない内心の納得を得ていた。


「それで、なんじゃ。お主が珍しい物を見つけたと息子から聞いてな……それを見に来たんじゃ。お主は魔力鑑定アプライズマナが苦手じゃものな」

「ぬ……」


 ひとしきり笑い終えた老婆の言葉にメオンは思わず返事に詰まった。いかに優れた魔術師といっても古代ローディルス帝国の魔術師ならぬ現代の人である。苦手な魔術陣や魔術理論の一つや二つは有って当たり前・・・・・・・なのだ。メオン老師の場合、魔力鑑定がその「苦手な魔術陣」に相当した。


それしか出来ぬ・・・・・・・お前に言われたくないところじゃが、まぁ良いか」

「はいはい、お主は昔よりは角が取れたな。それに毛も抜けた」

「お前は歯が抜けておろう」


 そんな老人二人のやり取りは続くが、すっかり蚊帳の外におかれたサハン男爵はメオンの代わりに或る品をテーブルの上に置いた。それは薄青掛った絹布で何重にも包まれていたが、サハン男爵がそれを取り払うと、中身は象牙色の立派な革表紙持った書物であることが分かった。


「魔術書、ですか?」

「うむ……ユーリーがインヴァル半島のインカス遺跡で見つけて来たものらしい」

「内容は?」

「ここ一週間ほどで三分の一を読んだが、詳しくは既に全てを読んだメオン殿から」


 職業柄、本の種類を言い当てたゴルメスにサハン男爵はそう答えた。そして、老婆レナとお互いの老けた部分を言い合いしていたメオン老師は、その言葉に本来の目的を思い出し、居住まいを正して言う。


「うむ、中身は生命魔術であった」


 メオン老師は魔術書の中身の説明を始めた。


「――遺失した魔術系統の可也高位で難解な術、例えば欠損した肉体の再生や生き人形フレッシュゴーレムの製造方法について、多くの秘術が記されておったわ」

「それは……」


 その説明を聞いたゴルメスは微妙な表情を浮かべた。本来、魔術師にとって現在に伝わっていない過去の遺失魔術は大変大きな興味をそそられるべきものだ。だが「生命魔術」となると、話は少し違ってくる。それは、


「禁忌魔術ですな……」

「如何にも、そうだな」


 という、ゴルメスとサハンの言葉に理由が集約されていた。


 実は「生命魔術」という系統は「死霊魔術」と並んで、現代の魔術師にとっては禁忌とされている魔術系統であった。「死霊魔術」の場合、その多くが死者の肉体や魂を弄ぶ行為であり、一般的に根強く残る魔術師に対する偏見や不信を助長するものとして、行使はおろか研究も禁止されている。その理由は非常に明快で分かり易いものだ。しかし、もう一方の「生命魔術」は少し事情が異なる。


「メオン老師、発動出来そうなものは有りましたか?」

「いや……冒頭の方に言及されている肉体欠損に対する再生リジェネイトですら、危うく魔力を全て失うところ・・・・・・・であったわ」

「そうですか……老師ほどの魔力でも無理ですか」


 それが「生命魔術」が禁忌とされている理由である。極めて初歩的な治癒ヒーリング止血ヘモスタッドを除き、この系統に属する魔術は恐ろしく魔力を消耗するのだ。その消耗の程度は魔力欠乏症の中でも「重度」と表現されている。そして「重度」の魔力欠乏症は魔術師にとって命の危険を伴っている。


 一般的な魔力欠乏症 ――駆け出しの若い魔術師には御馴染みの失敗―― は「軽度」と分類されている。この状態は二日酔いに似た症状を伴う。行き過ぎると一時的に魔力マナ生命力エーテルの均衡が崩れ、本人は昏倒するが同時に魔術の発動も中断される。崩れた均衡は外部からの魔力の補給や本人の自然治癒力によって再び均衡を取り戻すことが出来る。つまり回復可能、可逆的な状態である。


 一方「重度」の魔力欠乏症は、術者の魔力が発動を試みた魔術陣に吸い尽くされることによって生じる。この場合、体外へ放出される魔力の勢いが強いため、本人が昏倒しても放出は直ぐに止まらない。結果として枯渇する魔力を補うため「エーテルとマナの変換・循環」の許容限度を超えて生命力エーテル魔力マナに変換されることなく体外へと放出される。そして、魔術陣は必要な魔力を疑似魔力である生命力で補いながら保持されることになる。術者が昏倒しても念想状態の魔術陣は術者の生命力を消費しながら維持され、その状態は生命力が枯渇するまで続く。その状態が「重度」の魔力欠乏症であり、その結果は「死」である。


「制御の塔から無尽蔵に魔力を得ていたローディルスの魔術師ならばいざ知らず、現代の魔術師には無用の、そして危険過ぎる代物だな」

「そのローディルス期の魔術師達ですら、最後期には『生命魔術』を放棄したと」

「確かに。理由は分からんが、彼等の残した文献の内、後期のものには一切記述が見当たらない。殆ど死霊魔術ネクロマンシーに置き換わっておるな」

「何故でしょうか?」


 サハン男爵とゴルメスがそのような会話を交わす。一方、そんな話を脇で聞いていた老婆レナは少し焦れたように言う。


「はいはい、そんな高尚な魔術議論は余所でやっとくれ。で、メオン、鑑定したいのはこの魔術書なのじゃろ?」

「うむ。禁忌書であるから、アカデミーの封印庫に預けるのが良いと思ったのじゃが、この魔術書から若干の魔力を検知したのでな。預ける前に確認しておこうと」


 結局、この日メオンが宮中魔術師ゴルメスをサハン男爵宅へ呼んだのはこういう・・・・理由であった。


「金貨十枚じゃぞ」

「母さん、そりゃ暴利だよ」


 そこに首を突っ込んだゴルメスの母である老婆レナは、一方的に鑑定料金を設定すると、息子の声を無視して魔力鑑定アプライズマナに取り掛かった。


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