【正しき主編】急迫の交易都市
Episode_24 プロローグ 若き聖職者の悲劇
アーシラ歴498年8月中旬 ベート国首都オスチア
この日、ベート国の首都オスチアの港には珍しい船団が入港していた。現在不定期に就航されている四都市連合ニベアス島からの交易船団だ。軍船のそれとは少し違うが、それでも巨大な五本マストの大型輸送帆船三隻が、十隻余りの中型輸送帆船を従える船団である。彼等は南方アルゴニア帝国からの交易品を満載して港に入港した。
カルアニスやニベアス、又はデルフィルに勝るとも劣らない港湾設備を備えたオスチアの港は、珍しい船と南方の珍品の数々に沸き立つ。大型船用岸壁に設置された幾つもの大型
時折そんな人足達の頭上を吊上げ機の巨大な鋳鉄製のフックが掠める。中には運ばれる荷物に跳ね飛ばされる不幸な人足の姿もある。だが、荷役作業は全体として大きな破綻すること無く猛然と進んで行く。彼等が急ぐのは、二日後に控えたロ・アーシラからの船団の入港までに荷降ろしと積み込みを終わらせる必要があるからだ。
交戦と休戦を繰り返し、宿命的に対立するロ・アーシラと四都市連合。相反する勢力は商業主体の交易船団同士であっても、かち合えば揉め事の種になる。そんな無駄な揉め事を避けるため、ベート国オスチアの港は鬼気迫る勢いで荷役を進めていた。
だが、そんな事情に疎い者には、港の様子は只只活気があるように映るだけだ。中型帆船用の桟橋に降り立った青年も、そんな感想を持つ一人だった。
「オーチェンカスクとまた戦争を始めたと聞いたが……活気が有るじゃないか」
黒いローブの腰を荒縄一本で縛った姿の青年は大きな背嚢を背負い直すと、荷役の間を縫いながら街を目指す。蒸し暑い船倉で過ごした彼のローブには汗のシミが白い結晶となって現れている。髪も髭も伸び放題、まさに船旅を終えたばかりの旅人の姿であるが、青年の足取りは力強い。
そんな青年は一度だけ歩を止めて、自分をベート国に運んで来た船を見る。そして、その
(リーズの事は忘れよう……)
喧騒の中の束の間の静寂。その短い時間に、これまで何度も自分に言い聞かせた言葉を繰り返したロンは、再び視線を街の方へ向ける。彼の目指す先にはベート国オスチアのアフラ教会があった。
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元々教会内部の
彼は、これまでの冒険者としての功績 ――必ずしもパッとするものではない―― を、オスチアのアフラ教会を預かる司祭へと報告する。だが、冒険者生活の殆どを
「なるほど、仲間を見捨てずに助っ人を呼び、これを助けたと」
そんなロンの話を聞かされた教会の司祭は、ロンの冒険譚をうんざりしながら聞いていた。だが、
「そこで、助っ人を頼んだある男が突然背中に光の翼を生やし、多分魔神だと思う存在を打ち倒したのです」
と、ロンが語った時、その眠たげな眉がピクリと動いた。
「……光の翼……ほう、それはどのような?」
対するロンは、これまで殆ど興味を示さなかった司祭が食い付いて来たため、ここが好機とばかりに、可也詳細に出来事を語った。勿論、インカス遺跡群の第四層を解放する遠因となった魔神とユーリーの決戦の場面である。
「――ということで、魔神と思しき存在を打ち倒した我々は昏倒した仲間を遺跡の外に運び出し――」
「それはもう良い。それよりも、その助っ人の青年の名は?」
「はぁ……男の方がユーリーと言い、女の方はリリアという名です……」
信仰の修行として最も重要な「他者への献身」に相当する仲間の救助の下りを遮られたロンは、多少困惑しつつも司祭の質問に答えた。対して司祭は少し難しい顔をしつつ、
「分かった。しばらくは教会で休め」
と言い残すと、自室へと戻って行った。
ロンがコルサス東部の都市トリムへ行く事を命じられたのは、その数日後の事であった。
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下級の聖職者や信者には「清貧」を美徳と説くアフラ教会であるが、ロンのトリム行きは三頭立ての馬車で行われた。出発に際してオスチアの司祭はロンに対して、
「アルフ司教に同じ話しを。くれぐれも偽りを申すでないぞ」
と言い含めていた。そして、オスチアを離れて四日後、ロンはトリムの東に位置するアフラ教会 ――教会とは名ばかりの砦のような建物―― でアフラ教会西方司教アルフと面談していた。
「――君の話は大変興味深いものだった」
「あ、ありがとうございます」
「して、そのユーリーという名の者、姿形はどのような?」
「あ……はい。背はそれほど高くなく私とほぼ同じ。体格はどちらかというと細身に見えます。私が見た時は黒い金属製の軽装鎧を身に着け、両手も黒っぽい金属の手甲、背中には短弓と矢が十本程入る矢筒を背負い、腰には剣を帯びて――」
促されるままに説明をするロンにアルフは頷くと、
「分かった……その話、特に光の翼であるが、恐らく酷い恐怖で幻覚を見たか、もしくはそのユーリーという者が使った魔術の効力なのであろう」
と言う。そして、
「数年に渡る修行の成果は確認した。今はトリム以西の同胞信者の事で多忙だが、追って侍祭昇格の沙汰が出るだろう。オスチアに戻りなさい」
と言うと、昇格の内定を得て喜ぶロンを部屋から追い出すようにしたのだった。
「やはり、アレは見間違いではなく……」
ロンが立ち去った後の部屋で、アルフは呟くように独白する。そして、見聞きした内容を聖都アルシリアへ報告するためのペンを手に取った。
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一方、再びオスチアに戻ったロンは、その二週間後に教会司祭から侍祭としての赴任先を言い渡されていた。
「ヨルザ渓谷跡の町へ行け」
「は?」
「は? ではない。聞こえなかったのか?」
「い、いえ……しかしヨルザ渓谷跡とは……」
下された命令に戸惑うロンであるが、無理は無い。ヨルザ渓谷周辺は現在戦争状態になったベート国とオーチェンカスク公国連合の最前線に当たる場所なのだ。そこに行けと言う言葉がロンには直ぐに理解出来なかった。
「……類稀な経験を積んだ聖職者だと、アルフ司教直々の人選だ」
司教の声は、茫然としたロンにとって、まるで死刑判決のように聞こえていた。
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