Episode_23.28 西へ


 トトマの街の南側に位置する城塞は嘗てレイモンド王子が一年以上滞在していた場所だ。しかし、現在のレイモンド王子は本拠地であるアートン城に滞在している。そのため、城塞はトトマの街の運営と防衛を担う行政官と衛兵団の本拠地という本来の役割に戻っている。


 そんな城塞へ呼び出されたユーリーは、二階の広間に通された。そこにはユーリー同様に後方待機という名の休暇を出されていたダレスやドッジ、セブムの姿があった。因みに、タトラ砦周辺地域を巡る戦いの後、遊撃騎兵隊は一番から四番隊がトトマへ、五番から七番隊がディンスへ、そして八番から十番隊がダーリアに配置されている。また、アデール達が率いた各歩兵小隊はディンスとストラに分散配置されていた。


「ダレス、何があったんだ?」

「はぁ? ユーリー、お前知らないのか? この二日ほど結構な騒ぎになっているじゃないか」

「……騒ぎ? 何が?」


 広間に入ったユーリーはダレスに当然の質問を投げ掛けたが、それに答えるダレスは少し呆れた表情になった。ここ数日は自宅の草刈りに専念していたユーリーである。彼は外の情報に乗り遅れていたようだった。


「本当に知らないのか。まぁ、あんな別嬪さんと一緒に居るんだ、外の事なんか構う暇なんてないよな。へへへ」

「な、なんだよ、ダレス! あんまり変な事を言うと、いつかの『剥が月亭』でのお前の様子をサーシャに教えるぞ」

「ちょ、それは……」


 珍しく抜けた・・・様子を見せたユーリーに、ダレスはつい調子に乗って余計な事を口走った。しかし、ユーリーに昔話を穿ほじくり返された彼は逆に口ごもってしまう結果となった。ユーリーが言う「剥がれ月亭」とは、リムルベート王国の王都にある歓楽街に存在したいかがわしい・・・・・・店の事である。当時まだ不良集団「白銀党」の一員として活動していたダレス達は「黒蝋」を売り捌いて得た金を元手に、その店で乱痴気騒ぎを繰り広げていたのだ。


「まぁまぁ、それは昔の事として忘れてくれよ。なぁ、頼むよ」

「そうだ! ここ数日の大騒ぎってのはな――」


 同じ穴のむじなであるドッジもセブムも、ダレスと同じようにユーリーに痴態を目撃されている。そのため元白銀党の三人は話題を別に逸らすために、ここ数日トトマを騒がしていた状況をユーリーに伝えた。


「デルフィルから来た隊商達が言いふらした話なんだがな」

「なんでも、デルフィルの沖合に『四都市連合』の軍船が姿を見せたらしい」

「戦争になるんじゃないかって噂になっている」


 そんな三人の説明が終わるころ、広間に入って来た人物が居た。遊撃兵団の指揮を執るロージ団長である。彼は集まった面々を確認するように見ると、一つ咳払いをしてから言った。


「皆、後方待機任務は今日で終了だ。これから傭兵団と合流しデルフィルへ向かって貰う」


 ロージ団長の言葉は、なんとなくその場にいた全員が想定していたものだったという。


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 ロージ団長がトトマの遊撃騎兵隊に下した命令はアートン城のレイモンド王子から発せられたものだ。その内容は、


 ――デルフィル周辺地域の状況を確認し報告すること、及びデルフィル施政側に我々が協力的立場であると知らしめること――


 というものだった。


 現時点で王子派が知り得ている情報は、デルフィル港の沖合に四都市連合の軍船団が姿を現した、という程度である。船団の規模や彼等の意図、実被害の有無やデルフィル側の対応について不明な点が多かった。だが、今やデルフィルを起点とする陸上と海上の交易路はコルサス王国の王子派領にとって非常に重要な生命線になっている。その生命線に、敵対する王弟派と同盟関係にある四都市連合の軍事勢力が接近しているのであれば、王子派としては警戒せざるを得ない。


 また、実際に戦闘が発生するかどうかはさておき、先遣隊を派遣し協力的な立場を示しておくことは、今後の外交において重要な一手であった。


 政治的な親密さでいえば、万が一の事態においてデルフィルがリムルベート王国に援助を求める蓋然性は極めて高い。そして、地政学的、経済的な重要性からリムルベート王国が援助の要請に応える蓋然性も同様に高いといえる。


 その状況では、内戦中のコルサス王国王子派には入り込む余地が無い。恐らく何の支援要請も発せられないだろう。そしてデルフィルとリムルベート王国の関係は更に緊密になる。そんな状況はコルサス王国にとって手放しで歓迎出来ないものであった。


 経済的にデルフィルという独立都市国家の存在が重要である以上、それに対して何らかの発言権を確保したい、レイモンド王子の命令にはそんな意図も含まれていた。


 そのような事情により、レイモンド王子は先遣隊としてユーリー達騎兵隊を送り出す事を決めたのだ。当面の間、彼等の任務はデルフィルでの情報収集である。多角的な情報を集めるため、その筋・・・に詳しい傭兵団「オークの舌」と「骸中隊」を同行させる事も決められていた。


 そして、ロージ団長から新しい任務が伝えられた翌々日、トトマに集合した騎兵隊四十騎と三百余人の傭兵達は一路西を目指して街道を進み出した。


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 炎天下の街道を進む集団は縦に長い隊列を組んで進む。その先頭に立っているユーリーは馬上から街道の左右に生い茂る青々とした茅原を見渡す。時折吹き込む海側からの風が、波のように尖った葉の先端を揺らしていた。


 トトマとデルフィルを繋ぐ街道は、ユーリーが初めて通った数年前は荒れ果てていたが、今は充分に整備されていた。王子派領内の情勢が安定するに従い、行き交う人が増えたことが理由である。また、遊撃兵団やトトマの衛兵団が定期的に監視部隊を行き来させているため、以前見られたようなゴブリンや魔犬種ハウンド、またはオークや人間のならず者による野盗の被害はすっかり鳴りを潜めていた。


 そんな安全な街道を行くユーリーは、愛馬の背に揺られながら考え事をしていた。彼が考えている事は幾つかあった。今回の任務の事、四都市連合の意図、内戦の行方、リムルベートとコルサスの関係、そんな事が頭を占める。だが、巡り巡った思考は結局一番身近な所へ帰ってくる。それは、今の自分と恋人の状況であった。


(なんだかんだと、僕の我儘に付き合わせてしまってるな)


 リリアの事を考えるユーリーはそんな気持ちを抱いていた。「レイの助けになりたい」という考えはユーリーの希望であったが、それはリリアからしてみれば只の我儘・・・・なのではないだろうか? そんな考えが頭を過った。


(だとしたら……いっそ止めてしまうべきなのかな……)


 それは出来ないと結論を出しつつも、ユーリーの考えはそんな自分への問い掛けへと行き着く。ここ最近、しばしば頭を占拠する考えにユーリーはまたも捉われかけていた。そんな時、ふと耳元で優しく小さな風が起こった。


(退屈ねぇ)


 それは、列の中央付近で傭兵団の一員として進んでいるリリアからの遠話テレトークであった。可也かなり音量を落としたリリアの声はユーリーだけに聞こえる囁き声のようであった。


「なんか、ごめんね」

(え? 何が?)


 リリアの声に、ユーリーは中断した考えを引き摺った謝罪を口にしていた。だが、それを受けたリリアは当然の如く心当たりが無い。そんな彼女にユーリーは続けて言う。


「あっちこっちに引っ張り回すみたいになってるから、それで」

(ああ、それが最近の浮かない顔の正体だったのね)


 ユーリーの言葉を受けたリリアは、小さく溜息を吐いた。そして、


(私の事を心配してくれるのは嬉しいけど、それで勝手に悩まないでよね)

「でも――」

(でも、じゃないの……そうね、デルフィルに着いてから話しましょう。二人きりでゆっくりと出来る場所で。そこで悩み事を解決してあげるわ……じゃぁね)


 リリアはそう言うと遠話の効果を切った。一方、ユーリーは途切れる直前の彼女の声妙が妙に艶めかしく聞こえて少し胸の鼓動が早まるのを感じていた。


(デルフィルまで……あと二日か)


 いつの間にか悩み事ではなく、その先にある事を想像するユーリーは視線を街道の先へ向けた。茅原を割るように続く街道は、折れ曲がりながら西へ延びている。その先の上空には夏の大きな雲が浮かんでいた。夕方にはひと雨降りそうだとユーリーはぼんやりと考えていた。


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