Episode_23.25 力場魔術「濃霧」


 一方、ダレス達と行動を別にしたユーリー率いる一番隊は広場の東側で騎馬の足を止めると戦況を見極める。この時、ユーリーは自隊と王弟派騎士の集団の間に力場魔術の一種鏡像ミラーイメージを展開していた。やや俯き加減に展開した鏡像は恐らく広場の地面を映しているだろう。注意すれば不自然な光景であるが、戦闘中には気付く事が難しいものだ。


 そんな力場の背後に隠れた一番隊は、小道が広場に接続する場所を観察していた。王弟派の騎士隊が突破した場所だ。そこからは大勢の騎士が続々と広場へ飛び出してくる、しかし、ユーリー達の注意は別の対象に向けられていた。


「隊長! コモンズ連隊長と……あれは敵将、オーヴァンですね」

「ああ……」


 副官であるパムスの言葉に、ユーリーは殆ど反射的に答える。この時点でユーリーの頭の中には「どうやって敵の攻撃を止めさせるか?」という疑問に対する答えが出た。敵中で傷付き捕縛され、連れ去られようとするコモンズを助け出し、同時に王弟派騎士の士気を大いに挫く、その方法は一つだ。


「パムスさん、皆をまとめて相手の注意を西側に、ダレス隊の方へ向けて下さい!」

「え?」

「真ん中を突っ切って広場の西側に出るだけでいい、その後はダレス達と共にコモンズ連隊の兵士達と合流して防衛線を!」

「りょ、了解……やるんですか? 気を付けて!」

「パムスさんも!」


 隊長ユーリーの意図を察したパムスは残りの一番隊を集めると言われた通りに広場を西へ目掛けて騎馬を駆けさせる。突如、鏡像の力場を破って姿を現した新手の騎兵に、王弟派の騎士達は動揺した様子を隠せない。しかし、副長パムス率いる九騎の一番隊騎兵はユーリーが言った通り、そんな王弟派騎士の真ん中を只管ひたすらに突進、突破した。


 その時、突進を続けるパムス達の背後を追い掛けるように、不意に濃い霧が辺りに立ち込めた。不自然に突然発生した濃霧は丁度オーヴァン将軍や虜囚となったコモンズ連隊長の辺り ――つまり広場と小道の接続点―― を中心に発生したようだった。


 だが、駆け抜けるパムス達騎兵に注意を奪われた騎士隊の大部分は自分達を包みつつある霧に注意を払わない。彼等は小癪にも中央突破をして見せた小勢の騎兵に注意を奪われ、その後を追撃し始めていた。


***************************************


 スリ村を出発した騎士アーヴィルは三百の民兵と百五十の傭兵「骸中隊」を率いてオゴ村へ急いでいた。一度援軍に向かうと決めたアーヴィルは、自分が決断まで要した時間を悔やむ。どうせやるならもっと早く動くべきだった。


 だが、アーヴィルが率いる兵達の足は軽い。拠点であるスリ村から近いオゴ村に向かう彼等は食糧の類を一切携行していないのだ。通常の歩調で歩けば、スリ村とオゴ村の間は半日、つまり四時間程度だ。だが、新兵訓練を経て壮健に体を鍛えられた民兵達の足は早く、アーヴィル率いる援軍部隊は既にオゴ村に接近していた。


 その時、前方少し離れた場所で雷鳴と爆音が同時に起こった。空は薄曇りである。落雷が発生するような天候ではない。それに、不自然ながら聞き慣れた爆音は確実に魔術の発動をアーヴィルに伝えていた。


「やはり戦闘が起こっているな! 全員駆け足!」


 アーヴィルの号令により速度を上げた援軍部隊は、やがてオゴ村の北側にある倉庫前の広場を視界に捉える。そこは、騎兵と兵士が騎士を相手に戦いを繰り広げる場となっていた。アーヴィルは、その装備の違いから三つの勢力の所属を直ぐに見極める。そして、手前側で防衛線を張るコモンズ連隊に対して引き連れた援軍部隊を加勢に回らせようとした。


 その時だった。広場の南側で不意に濃い霧が発生したのだ。それは、不自然なほど濃く、また局所的に広場の南側一帯を覆い隠した。


(力場術? 濃霧フォッグフィールド……)


 突然発生した霧はそれだけでも不自然だが、全く拡散する気配が無く広場の一か所に留まっている。その様子にアーヴィルはそれが力場魔術による霧である事を見抜く。そして同時に、この場でそれを発動できる人物を連想し、霧に覆われていない場所を見渡した。だが、騎兵隊の姿は有れども、肝心のユーリー ――アーヴィルはユリーシスと呼ぶ―― の姿が見当たらなかった。


(まさかあの霧の中? ユリーシス様、一体何を?)


 アーヴィルは直感的にこの霧がユーリーの何らかの意図・・・・・・の元に発生したと感じた。だが、その意図は途中から戦場に駆け付けた彼には分からないものだった。そして、その分からなさが彼の不安を駆り立てた。思わず、霧の中へ飛び込みたい衝動が湧きあがる。しかし、


「アーヴィル様、我々はどうすれば?」

「ちゃんと指示を出してくれよ、大将!」


 そんな声が民兵団の若い兵士と傭兵達から上がる。その声にアーヴィルは自分の立場を思い出し、視線を手前へ引き戻した。彼が広場の濃霧に気を取られていた間も、戦場の状況は動いていた。広場の北東入り口に陣取っていたコモンズ連隊の所には六十騎の騎兵が合流している。対する王弟派騎士の数は騎兵と同数の六十前後だ。一方、広場の西側からは、副官パムスに率いられた騎兵一番隊以下、ダレス隊、ドッジ隊、セブム隊が濃霧を割って姿を現した。彼等はコモンズ連隊が陣取る場所に合流するつもりのようだった。そんな彼等の背後には凡そ百騎の王弟派騎士が隊列を組むこと無くばらばらな状態で後を追っていた。


「民兵隊、コモンズ連隊と共同して防衛線を強化。骸中隊は隊の後方から支援射撃、騎兵を抜いて来る敵を狙え!」


 ようやく、アーヴィルの口から号令が発せられた。指示を受けた兵士や傭兵達は、アーヴィルの指示を確実に実行へと移していった。


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 アーヴィル率いるスリ村からの援軍がコモンズ連隊の残存兵と合流した時、ユーリーは自分が発動した濃霧フォッグフィールドの只中にいた。伸ばした手の指先が霞んで見えるほど濃密な霧の空間である。先ほどまで見えていたオゴ村の家屋や北側の共同倉庫、村を取り囲む森の樹木は真っ白な霧の中に沈んで見えなくなっている。無闇に動きまわれば方向を見失ってしまうだろう。


 そんな「白」に埋め尽くされた空間の中、ユーリーは素早い補助動作と共に一つの付与術を発動する。それは魔力検知ディテクトマナという初歩的な魔術だ。そして魔力を視覚的に捉えることが可能となったユーリーは見当を付けていた方向へ目を凝らす。力場魔術に支配された空間は白色の霧が薄青い魔力の燐光を放つように見える。つまり、今ユーリーの視界は見通しの効かない青白色の燐光に包まれている。しかし、その視界の中で一点だけ他よりも光が強い場所があった。


(見つけた!)


 ユーリーは濃霧フォッグフィールドを発動する直前、懐から魔石を取り出し、それを捕えられたコモンズ連隊長目掛けて投げ放っていた。その魔石は養父メオンから譲り渡された魔術具「制御の魔石」である。凡そ七年間、肌身離さず身に着け慣れ親しんだ魔力の痕跡を探り当てたユーリーは霧の中を進む。目指すはコモンズ連隊長であり、その近くに居た敵の指揮官オーヴァン将軍であった。

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