Episode_23.24 死闘


「止めいっ!」


 唐突に響いた声はオーヴァン将軍のものだった。指揮官の号令を受けた五騎の騎士達は、コモンズ目掛けて突き出した馬上槍の穂先を寸前で止める。しかし、二本の槍は止まり切らずに其々コモンズの右腿と左腕にあった鎧の間隙に突き立っていた。慌てて引き抜かれた穂先からは鮮血が滴り、思わず片膝を突いたコモンズはその場で剣を取り落とした。


「……止血してやれ」


 騎乗のまま進み出たオーヴァン将軍は、片膝を突きつつも睨むように視線を向けてくるコモンズを一瞥し、そう言った。


「おのれ! 愚弄する気か」

「馬鹿を言うな。貴様には色々と王子派の内情を喋ってもらう」


 コモンズの怒声に答えるオーヴァン将軍、彼が配下の騎士を止めた理由はこうであった。決して慈悲の心が湧いた訳ではない。尤も、以前のオーヴァン将軍ならば部下が行う処刑同然の行為を止める事は無かっただろう。しかし今の彼は違った。あなどり難い王子派の内情を知り、それを研究することが大切だと感じていた。


(私には出来なくとも、レスリックならば知り得た情報を活用できるはず)


 そういう考えを持つようになった事は、オーヴァン将軍にとって大きな飛躍であった。そして彼は、部下の騎士に裏切り者を捕縛するように命じると、残りの騎士達に向かって言う。


「捕虜は一人で充分だ。残りの兵を殲滅せよ!」


 その言葉と共にオーヴァン将軍が指し示した先には、広場の北東側に崩れた防御線を引き、何とか三十騎の騎士による突撃を凌いでいるコモンズ連隊の残存兵の姿があった。みるみる内に犠牲者が増えて行くコモンズ連隊に止めを刺すべく、王弟派第二騎士団の騎士隊本体は隊列を組み直す事も無く、我先にと馬を駆けさせていた。


****************************************


「ジェロ! こりゃぁ本格的にマズイぞ」

「撤退しよう!」

「おいお前達! スリ村まで退くぞ!」


 ジェロ達「飛竜の尻尾団」は、コモンズ連隊の兵士達と共に広場の北東の端、スリ村へ続く道を背に王弟派の騎士隊の攻撃を凌いでいた。突撃を受けるたびに確実に兵士は傷付き斃れて行く。だが、彼等はこの場所から動こうとしない。撤退を呼び掛けるジェロの声は、


「ダメだ! 騎士相手に背中を向ければ良いようにやられるだけだ。それに、コモンズ連隊長を御助けしなければ!」


 という連隊小隊長の声で否定されてしまった。


「助けるったって、このままじゃ全滅だぞ!」

「だったらお前達だけでも逃げればいい。俺達に付き合う義理は無いだろう!」

「そうだ、お前達は森に逃げ込め! 助かるかもしれない」


 それでも言い募るリコットだったが、コモンズ連隊の兵士達にそう言われては閉口するしかない。今、コモンズ連隊の兵士達が三十騎から成る別動隊の騎士隊による攻撃を凌いでいるのは、密集円陣を組み、マルス神の神官戦士であるイデンが発動し続ける神蹟術神の意思マイティウィルの効果を得ているからだ。だが、マルス神の神蹟術としては中位の奇跡を発動し続けるイデンは既に玉のような汗を額に浮かべ、顔色も非常に悪い。見る者が見れば明らかに軽度の「魔力欠乏症」状態であった。


「ジェロ、リコット……二人は逃げろ。エーヴィーちゃんとマリアちゃんが待っているだろ」


 そんな状況で、イデンは祈りを中断して二人に言う。エーヴィーはジェロの恋人であり、マリアとはリコットがトリムから助け出した女の子の事だ。お互いに大切な存在の名を言われたジェロとリコットは思わず顔を見合わせた。しかし、苦しそうなイデンの言葉は続く。


「タ、タリル」

「どうした、イデン?」

「もう、限界……最後に魔力を渡すから」


 そんなイデンは同じように土気色の顔色となり、為す術も無く戦いを見ているだけのタリルに呼びかける。その意図は、最後に一度分の魔力を活精ゲインマインドでタリルに渡すから、もう一度広範囲の攻撃魔術を使ってくれ、というものだった。


「……まぁお互いひとり身だからな、って馬鹿か。そんなことしたらお前がぶっ倒れて――」


 こんな時でも皮肉を忘れないタリルだが、彼が言葉を言い終わる前にイデンは「神の意思」を解くと、別の祈りをマルス神に捧げる。


「勇敢なる皮肉屋の精神の器を満たし給え!」

「お、おい!」


 イデンの祈りはマルス神に届いたのだろう、祈りを発したイデンはその場で崩れ落ちた。一方、タリルは幼馴染の大男から魔力マナが自分に流れ込んでくるのを感じると、


「ちっ、これくらいじゃ足りないんだよ!」


 と毒づいて、意識を集中させる。ふと、


(……これ、絶対気絶するやつだな)


 そんな考えがまるで他人事のように頭に浮かんだ。


 そして次の瞬間、三度目の落雷と衝撃波を伴う爆炎・・・・・・・・が王弟派騎士隊を襲った。雷と爆風は三十騎ひと塊で突撃を仕掛ける騎士隊の中ほどで炸裂すると、直撃を受けた騎士は言うに及ばず、爆心から少し離れていた騎士までも側撃雷と爆風で吹き飛ばしていた。


 しかし魔術を解き放ったタリルはその結果を確かめる事が出来なかった。繋ぎ止めていた彼の意識は、限度を超して体外に放出された魔力マナによって支えを失い、一気に奈落の底へ転がり落ちる。だがその瞬間、彼は雷爆波独特の生臭い空気の他に肌をヒリ付かせる熱を感じていた。


(……熱? なんで?)


 一瞬だけ意識を過った疑問は、答えを見出すこと無く深い闇に呑み込まれていった。


****************************************


「機先を制した! 五番隊以下はコモンズ連隊の援護! 四番隊までは敵の本隊を押さえるぞ!」


 オゴ村北の広場に到達したユーリーは、全部で十個隊百騎の騎兵隊にそう指示を下した。


 魔術師タリルが失神と引き換えに放った雷爆撃サンダーバーストは、広場に飛び込んだばかりのユーリーが放った火爆波エクスプロージョンと発動地点が重なっていた。偶然の一致である。その結果、三十騎から成る王弟派騎士隊の別働隊は酷い痛手を受けていた。戦力に劣る歩兵の集団を狩るだけ、と侮った彼等は荒れ狂う爆炎と雷、そして衝撃波の狂乱が治まったとき、その殆どが騎馬諸共地面に薙ぎ倒されていた。尚戦闘に耐えられる者は十も残っていないだろう。そんな彼等に、騎兵五番隊以下六十騎が襲いかかった。


 一方、ダレス、ドッジ、セブムが率いる二から四番隊の騎兵三十騎は、小道から溢れ出るように突撃を開始した王弟派騎士隊本体の進路を塞ぐ格好でコモンズ連隊との間に割って入る。この時には、王弟派騎士の先陣を切った騎士達は目の前で起こった凄まじい魔術の威力と、突然現れた騎兵の姿に戸惑い、突進の勢いを弱めていた。


「敵は隊列を組んでいない。弩弓で削るぞ!」


 それは四番隊長ダレスの号令だった。やはり、何時まで経ってもリムルベートの不良集団「白銀党」の仲間の間ではダレスが兄貴分である事に変わりは無いようだった。騎兵に番隊ドッジ隊騎兵三番隊セブム隊もダレスの号令に従うと山の王国謹製の折り込み式弩弓を構える。彼等は前進の勢いを落とした敵の騎士に接近すると、その攻撃範囲の外をなぞるように大きな円弧の軌道で騎馬を走らせ、至近距離から弩弓の一撃を次々と王弟派の騎士へ撃ち込んでいく。その狙いは主に騎馬であった。


 この時代、西方辺境諸国の騎馬は馬鎧バーディングを装備しているが、それは厚手の革に環鎖や鋲を打ち付けた程度のものだ。板金の装甲は馬の頭部と胸部を覆う程度に過ぎない。側面の革鎧ならば、弩弓の威力を保ったまま連射性と扱い易さを実現した山の王国製の弩弓による接射で撃ち抜ける防御力であった。


 一度の接近と射撃で王弟派騎士隊十騎を落馬させたダレス達は、広場の西側へ駆け抜けると馬の勢いを保つために大きく弧を描いて旋回する。先頭を走るダレスは次の行動を決めるため背後に視線を向けた。今の攻撃で王弟派騎士隊の後続はコモンズ連隊の兵士達の方へ向かう者と、ダレス達三十騎の騎兵の後を追う者との二手に分かれていた。


(どうする? 真正面からは当たりたくない)


 やはり、正規の騎士と遊撃騎兵では装備の質や個人の技量に差があるのは事実だ。そのため、ダレスは自分達を追う数十騎の王弟派騎士に対し、再度射撃を行うことを決めた。


「次の矢を準備! もう一度射掛ける!」


 その号令に伴い、三十騎の騎兵達は馬上で器用に弩弓の弦を張る。日ごろの訓練の賜物であろう、全騎が騎馬を走らせたまま弩弓の台床を引き金付近の金具を支点に折り畳む。こうすることで支点部に仕込まれたつめ歯車ラチェットが回転し、少しずつ弦を引っかけた弦受けを発射位置へと引っ張り上げるのだ。一度の折り畳み動作で弦は六センチ引き上げられる。それを六から七回繰り返せば、弦は発射位置に到達し、矢溝に弩弓用の太く短い矢ボルトを装填する事が可能となる。


「準備完了!」

「こっちもだ!」

「同じく!」


 ダレスの背後では仲間の騎兵達が次々に次矢の準備が整ったことを報せる声を上げていた。

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