Episode_23.23 裏切り者の矜持


 ロージ率いる遊撃兵団の内訳は十個騎兵隊合計百騎と、第一から第八までの八個歩兵小隊計四百人であった。昨日の夕暮後にトリムの街を出発した彼等は道なき荒野を北上すると、森に出来あがった細い林道に入って夜明けまで休息を取った。そして翌朝、彼等はオゴ村を目指して林道を北上した。但し、王弟派の騎士を含む部隊が先行しているのは確実な状況であったため、進路上の安全を確保するため、騎兵隊の一部が斥候となって部隊を先行した。


 そして、この日の正午過ぎ、斥候役を引き受けたユーリー率いる騎兵一番隊はオゴ村の南東一キロの地点に差し掛かっていた。ロージ団長率いる本隊は彼等の後方一キロの地点にあり、同様にオゴ村を目指して進んでいる位置関係だ。


 ユーリーは黒毛の愛馬を降りると林道を反れて森へ分け入った。彼に続くのはロンサ、ガッツ、ヨルマ、サジルの四人である。彼等はユーリー同様に馬を降りると、自分達の立てる物音に注意しながら森を進んだ。


(林道が王弟派に見つかった形跡は無かった……ならば、南トバ河を渡った部隊は河沿いに北上したのか)


 ユーリーはそう考えていた。トリムとの補給線を担う林道は王弟派にとっては重要な軍事施設である。発見したならば、南からの増援や補給物資のやり取りを遮断するための部隊を配置するはずだった。しかし、これまでの道中で、敵の姿はおろか、大勢の兵士の足跡や馬の蹄の跡は見られなかった。林道には、数日前に通った補給部隊が残した荷馬車のわだちと、真っすぐ南へ向いた足跡が綺麗に残っていたのだ。


(そうならば、丁度部隊がオゴ村に到達した頃合いかもしれない)


 周囲の気配を探りつつ、ユーリーはそう考えた。こんな時、広範囲の索敵を得意とする恋人リリアが側に居ない事が悔やまれたが、彼女とて遊んでいる訳ではない。レイモンド王子の身辺の安全、特に民衆派が翻意して王子に危害を加えようと企んだ時、それに気付き、防ぎ、王子を逃がす事が出来る技能を備えた者はリリア以外に居なかった。更には、


(いつもリリアに頼りっぱなしというのも……情けないしな)


 という、男の矜持めいた気持も少なからず感じるユーリーである。彼女の事を愛し、大切に想うが故に、その力を頼るとき、ユーリーいつも幾許いくばくかの罪悪感を持っていた。


「――隊長、ユーリー隊長」

「……は、はい。なんですか?」


 ユーリーの思考がリリアに関して脇に逸れかけたとき、彼を呼ぶ小さな声があった。部隊ではユーリーを除けば一番若手のサジルである。彼の呼びかけに反応が遅れたユーリーは思わず素の返事・・・・をしていた。


「周囲に敵の気配は無いと思いますが、一旦林道へ戻って北上しますか?」


 ユーリーの隊長らしくない返事を敢えて無視したサジルはそう言う。


「あ、ああ……いや、少し待ってくれ」


 対して、ユーリーは少し取り繕うように口調を改めると、思い付いた方法を一つ試してみる事にした。上空を舞うヴェズルの視界を得られるという恋人の話に着想した試みである。彼は少し移動すると、森の木々が張った枝葉が途切れる場所に立った。丁度、薄曇りの空が見える場所だ。そこで、


「上から状況を確認してみる。周辺を警戒してほしい」


 と言うと、ユーリーは、四人の隊員の前で魔術を発動するための補助動作を行う。そして、力場魔術の一種である浮遊レビテーションを発動したユーリーは、ゆっくりと宙へ舞い上がって行った。


****************************************


 それから二十分後、ユーリー達騎兵一番隊の姿は林道に戻っていた。騎乗に戻った彼等は少しイラついた様子で南側を気にしている。すると、細い林道に微かに土煙が見えた。それは、ロージ団長を先頭とした後続の遊撃兵団であった。


 騎兵隊を先頭にした部隊だが、その後方には歩兵部隊が駆け足で続いている。その様子にユーリーは彼等を出迎えるように馬を駆けさせると、先頭のロージに声が届く距離まで近づき、


「ロージさん早く! オゴ村が襲われています!」


 と叫んだ。


 浮遊レビテーションを用いて上空からオゴ村周辺を観察したユーリーは、その時まさに王弟派の騎士隊がオゴ村の南西側から村に突入する場面を捉えていたのだ。王弟派の騎士隊の数は凡そ四百であった。また、彼等の後方には、その倍の数の歩兵部隊が北上しているのも見て取れた。そのため、ユーリーはサジルを伝令として本隊に送り、彼等の前進を急がせたのだ。


「状況は?」

「騎士隊の数は四百弱、村に突入。多分コモンズさんの部隊が北の倉庫前広場で応戦しています。あと、後続の歩兵部隊が騎士隊の一部と合流して東へ迂回中。このまま進めばオゴ村手前の林道で会敵します」


 ロージの問い掛けに答えるユーリーの情報は正確であった。彼は後続部隊を待つ間も断続的に浮遊レビテーションを発動し上空から戦況を追い続けていたのだ。


「歩兵部隊の数は八百だったな……」


 ロージは、ユーリーの報告に少し考え込む。その間も部隊は前進を続けている。待機していたユーリーの一番隊も本体に合流してオゴ村を目指して進む。


「騎兵隊だけで先行しましょう。歩兵隊は迂回部隊を食い止めるだけで充分です」


 一方のユーリーは、既に頭の中に取るべき行動が整理できていた。王弟派の迂回部隊はオゴ村の外周を取り囲む森の中を北東方向へ進んでいる。だが、道の無い森の中を進む彼等の足は遅い。遊撃兵団がこのまま前進すれば、林道が北の広場に繋がる場所の手前で鉢合わせするはずだった。一方、北の広場で防衛線を敷いていたコモンズ連隊は遠目に見ても不利な状況である。彼等が援軍を必要としているのは一目瞭然だ。そして、いち早く彼等の場所に辿り着けるのは騎兵隊を置いて他に無い状況だった。


「よし、分かった。ユーリー、騎兵隊はお前が指揮しろ。俺は歩兵達と敵の迂回部隊を食い止める」

「はい!」


 ロージの承諾を得たユーリーは、一気に愛馬の速度を上げる。彼が率いる一番隊の後ろには、ダレスやドッジ、セブムを始めとした全部で十個の騎兵隊が遅れまいと後を追うのであった。


****************************************



 単騎で王弟派の騎士隊へ突入したコモンズは、彼の存在に驚いた二騎の騎士をすれ違いざまに地面へと叩き落とした。しかし、そこまでだった。残念なことに、コモンズは騎士としてはそこまで強い男ではない。落馬した二騎に続く次の騎士はコモンズが繰り出した槍の穂先を寸前で躱してみせた。そして、その後続のもう一騎が伸び切ったコモンズの槍を叩き落としてしまう。


 武器を失ったコモンズは腰の片手剣ロングソードを抜くが、その時には、背後へ駆け抜けた二騎の騎士が引き返していた。その二騎は背後からコモンズに迫ると無防備な騎馬の尻を槍で突いた。


「おのれ!」


 驚いた馬はその場で後ろ脚を振り上げて姿勢を乱す。馬上のコモンズは堪らずに地面に放り出された。ガシャッという甲冑の音が響く。コモンズは朦朧とした意識を何とか保つと起き上がろうとする。そんな彼の耳は、離れた場所から響く部下達の叫び声を聞きとっていた。その声は、


「隊長、後ろ!」


 と言っていた。その声の示す内容と近づいてくる蹄の音に、朦朧としたコモンズの意識は急速に鮮明となる。そして、彼はその場で起き上がることを諦めて、思い切りよく地面を転がった。次の瞬間、彼が倒れ込んでいた場所に二本の槍が突き立つ。


 コモンズは地面を転がる勢いで何とか立ち上がると片手剣ロングソードを構えようとした。しかし、柄に力を込めた瞬間、腕に激痛を覚えた彼は両手で剣を支えなければならなかった。この状態ではまともに剣を振る事自体が難しかった。しかも、周囲は既に王弟派の騎士達に取り囲まれている。絶望的な状況であることは誰の目にも明らかだった。その状況にコモンズは


「オーヴァン! 私と勝負しろ!」


 と大音声に言い放つ。


 コモンズの意図は明らかである。身を挺して、王弟派の騎士隊本体を足止めすることが彼の意図であった。彼の背後にはスリ村に続く道へ逃げる部下と、それを追い立てる別働隊の騎士隊三十騎が居る。


(三十騎程度の騎士ならば持ち堪えるはず、彼等ならば大丈夫だ)


 コモンズはそう信じていた。しかし、小道を攻めていた本隊二百弱が合流すれば、四百に満たない数まで減ってしまった歩兵などあっという間に蹴散らされてしまうだろう。そんな事態を防ぐため、そして、援軍が間に合う事を、又は生き残った兵達が森の中へ逃げ込む時間を稼ぐため、コモンズは捨て身の行動に出たのだった。


 コモンズの試みは半ば成功した。王弟派の騎士隊本体は、北に逃れた兵士達を追う前に、裏切り者の首謀者である騎士コモンズを包囲したのだ。しかし、オーヴァン将軍に対して一騎打ちを申し入れた彼の声は嘲笑と共に否定された。


「黙れ、裏切り者! 貴様などはもう騎士ではない」

「将軍との一騎打ちなど肩腹痛いわ!」

「罪人として成敗してくれる」


 元は仲間であった第二騎士団の面々は、憎悪と殺気のこもった視線を遠慮なく叩きつける。そして、五騎ほどが包囲を狭めると手に持った馬上槍を振り上げた。そのまま裏切り者にトドメを刺すつもりだろう。


「臆したかオーヴァン!」


 コモンズは最期の一時まで声を張り上げた。だが、その声に応えるのはオーヴァン将軍の返答ではなく、鈍い鋼色の槍の穂先であった。

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