Episode_23.22 死兵の戦い


 オゴ村北の共同倉庫前広場には、密集した家屋の間を縫った路地や小道が南から五本繋がっている。一方北側のスリ村に向かう道は倉庫の東側から北へ向かっており、新しく森の中に切り開いたトリムへ続く道も、同じ場所を起点に南東へ伸びている。対して倉庫の西側は大人の背丈ほどの段差で落ち窪んでおり、その先は村の南側同様に狭い畑と小川が流れていた。


 村人の内、女子供の大部分は王子派軍がオゴ村へ進駐した当時からリムンへ避難していた。だが、避難を拒んだ老人達や林道開拓に狩り出された若者達とその家族は少数が村に残っていた。それらの者達は倉庫東側の道から森の中へ逃れることになった。中には村に残って共に闘う意思を見せる向う見ずな若者の姿が二十前後あったが、彼等はコモンズ連隊長によって追い返された。全体として、村人の避難は間に合ったといえる。


 一方、広場で王弟派第二騎士団を迎え撃つコモンズ連隊は村の真ん中を通る道を塞ぐ形で防衛線を形成していた。他に四本存在する西と東の路地は障害物で塞ぐことが出来たが、真ん中の道だけは資材と時間が足りず、防柵は間に合わなかった。そのため、騎馬の突進に有利な比較的広い道が王弟派の突撃経路として残されてしまった。


 だが、その道をコモンズ連隊を追い立てるように突進した王弟派の騎士達は再び罠の洗礼を浴びる事になった。先頭を走っていた三騎の騎馬が相次いで前のめりに転倒したのだ。突然の事態に、三騎の騎士は為す術なく地面に叩きつけられた。彼等の騎馬の脚には金属製のバネ仕掛けを備えたクマ挟ベアトラップが食らいついていた。


「罠だ!」

「またか、脇へ寄せろ!」


 彼等は落馬して気絶した仲間と傷付いた騎馬を脇に寄せると、再び前進を開始した。しかし、先ほどまでの勢いは無い。全員が無意識の内に足元を気にするように進む。そこに、防衛線を構築したコモンズ連隊から弩弓の一斉射が降り注いだ。弩弓から放たれた太い矢は殆どが騎士達の板金鎧プレートメイル馬鎧バディングによって弾かれるが、それでも数騎の不運な騎馬に突き立つと乗り手を落馬させていた。


「勢いを弱めるな、裏切り者共は目の前だ! 突撃! 突撃ぃっ!」


 背後からは騎士隊の隊長達がそう叫ぶ。村の中央を通る道は騎馬が四騎並んで通れないほど狭い小道だった。しかし、その小道には先を障害物で塞がれた路地から騎士達が次々と合流してくる。そのため、只でさえ狭い小道は大勢の騎馬で混雑した。


「第二十五隊から三十隊は東側の路地の障害物を撤去しろ! 第三十一隊以下は東から村を迂回して北側の道を遮断だ。後続の歩兵部隊と連携しろ。落伍者を拾うのを忘れるな!」


 その状況に、オーヴァン将軍は後続の騎士隊へと指示を下した。十騎で一部隊となる騎士隊は、その指示に従い迂回や隣の路地を塞ぐ障害物の撤去に取り掛かる。


 一方、王弟派第二騎士団の先鋒は罠や弩弓の一斉射に突進の勢いを殺がれつつも、ようやく、コモンズ連隊の防衛線に突入した。王子派軍の標準的な兵士の装備である大型の円形盾ラウンドシールドと槍が連なる槍衾やりぶすまは道幅六メートルも無い小道をぎっしりと塞いでいた。だが、王弟派の騎士達は自分達を守る重装備を頼りに、騎馬の勢いを落とすことなく槍と盾の列に突っ込んだ。


 ドンッという音、そして馬のいななききと兵士の悲鳴、槍が盾を打ち、金属同士が削り合う音が村に響いた。


 突撃の先頭は可也かなりの確率で負傷するか落命する。それだけに勇気を讃えられ「一番槍」は手柄となる。今回の一番槍であった騎士は、果敢に槍衾の中央に突入すると、コモンズ連隊の兵士達を跳ね飛ばし、踏み付けにして防衛線の中央を三列分突き崩した。


 その騎士は、騎馬が立ち止った後も馬上から槍を振るい後続の仲間が自分に続くのを待った。果たして、同じ部隊の騎士が五騎、彼の左右を守るように崩れた防衛線を踏みしだいた。馬上という高所から振り下ろされる槍、そして圧倒的な防御力を誇る金属製の甲冑に対して、コモンズ連隊の兵士達は傷付いた仲間を後ろに下げつつ、崩れた防衛線を保とうとする。両者は槍の間合いで一瞬だけ睨み合った。


 だが次の瞬間、騎士達の背後で強烈な雷鳴と共に落雷が発生した。その側撃雷を受けた彼等の騎馬は棹立ちとなり、背の上の主を地面に振り落としていた。


****************************************


 突然発生した落雷は冒険者集団「飛竜の尻尾団」の魔術師タリルが放った雷爆波サンダーバーストであった。この魔術は空間の一点に強力な放電を誘発し、副次的に発生する側撃雷で周囲を広範囲に加害する高位の放射系攻撃魔術だ。放電の直撃を受ければ瞬時に血液が沸騰し身体は内側から爆ぜる事になる。また、直撃を免れたとしても至近距離では深刻な外傷を負うことになる。とても人間や馬が耐えられる威力ではない。


 タリルはこの放射系の強力な攻撃魔術を防衛線の手前、敵の奥に撃ち放った。丁度、崩れた防衛線に押しかけようと小道を駆けていた十騎弱の騎士がその雷条を至近で受けて騎馬ごと吹き飛ばされる。雷条はそれに留まらず、地表を伝い後方の騎士達、側面の家屋、そして防御線を突き崩して尚槍を振るう六騎の騎士を撃ち据えた。


「今だ! 討ち取れ!」

「隊列を整えろ!」


 コモンズ連隊の兵士達は、落馬した六人の騎士を次々に討ち取ると、崩れた隊列を組み直そうとする。その様子を後ろから見るタリルは、激しい魔力マナの消耗に肩で息を吐きながら、小道の奥を見る。


「タリル、大丈夫か?」

「ああ、これで少しは時間稼ぎが――」


 リコットの心配するような声に、タリルはそう答えるが、彼の期待はあっさりと裏切られた。


「大きな魔術など何度も使えるものではない! 怯むな、今が好機!」


 そんな敵将の号令が聞こえて来たのだ。


「……残念ながら正解だ。後一発が限界だぜ……ったく」


 敵将の号令に答える訳ではないが、タリルは思わずそう呟いていた。既にジェロ達に何種類かの付与術を掛けていた彼の魔力は体感的に残り三分の一といったところだった。


「使い処が難しいぜ」


 そう呟くタリルは正面を見据えた。ジェロとイデンの後姿の先にはコモンズ連隊の兵士達が組み直した槍衾の隊列がある。そして、その奥の小道には、指揮官の号令に従い再突撃を試みる王弟派の騎士達の姿があった。


****************************************


 オゴ村を巡る戦いは、村の北側に位置する共同倉庫前の広場を防衛拠点としたコモンズ連隊を、王弟派第二騎士団が南から攻める格好となっていた。


 道幅六メートル程度の小道に防衛線を張るコモンズ連隊は、王弟派の騎士達による突撃を受けるたびに犠牲を出しつつ徐々に後退せざるを得ない状況だった。しかし、一見押しているように見える王弟派の騎士達にも相当な被害が出ていた。小道という狭い場所では、突撃後に左右や後方へ離脱することが難しかったのだ。そのため突撃の勢いを失った騎士は、その場でコモンズ連隊の兵士達と槍を交える事になった。


 彼等は騎士の名に恥じない奮戦を行った。しかし、機動力を発揮できない騎士達はコモンズ連隊の兵士が放つ弩弓によって馬を射られるか、又は肉迫した兵士によって馬上から引き摺り下ろされて多勢に無勢の戦いの後に打ち倒される。コモンズ連隊の兵士達も「此処を死に場所」と思い極めたような奮闘であった。


 突撃してきた騎士を打ち倒した後、コモンズ連隊は素早く元の槍衾の隊列を組み、そこに新たな王弟派の騎士が突撃する。同じような場面が何度か繰り返され、戦いは膠着したかに見えた。


 だが、オーヴァン将軍が先に発した指示に従い、東側の路地を塞いでいた障害物を撤去した騎士隊が広場に進入すると、コモンズ連隊の防戦は一気に苦しくなった。広場に東側から進入した五個騎士隊の数は五十騎である。彼等は、目の前の小道に集中していたコモンズ連隊の横腹を目掛けて突進した。


 その時点で、魔術師タリルは温存していた魔力を使い、再び雷爆波サンダーバーストを発動した。激しい雷条が王弟派の騎士隊の先頭を襲い、四騎が直撃を受け絶命。十騎前後が側撃雷により落馬した。だが、それでも残った三十以上の騎士は、魔術により勢いを殺がれつつも、コモンズ連隊の横隊陣に突撃を敢行した。


 王弟派騎士隊の突撃は、小道に対して横隊陣を組んでいたコモンズ連隊の右翼側を浅く削り取る格好となる。深く入り込めなかったのは、その場にいたジェロとイデンの活躍によるものだった。特にイデンは、マルス神の神蹟術神の意思マイティウィルを発動すると、周囲の兵士達に強力な加護を与えた。付与魔術の身体機能強化フィジカルリインフォースに似た強力な加護を受けた兵士達は、不意を突かれながらもその場で抗戦した。その結果、王弟派騎士隊は突撃を中断し一旦広場の北側に抜けた。


 だが、全体として隊列の横腹を突かれた状態に変わりは無い。しかも、広場の北側に抜けた騎士隊は、再度突撃を行う態勢を整えつつあった。その時点で連隊長コモンズは、苦渋の決断を下した。


「防衛線を放棄する。スリ村へ続く道まで後退だ! 急げ!」


 その号令により、小道を守っていた兵士達は広場の北東側にあるスリ村へ続く道を目指して後退を始める。だが、背を向けて逃げる歩兵は騎士にとって格好の獲物であった。そのため、小道を攻めていた騎士隊は逃げるコモンズ連隊の兵士を追うように、一気に騎馬を掛けさせた。


 しかし、そんな彼等の先頭二騎が丁度広場に出た時、後退する兵士達を背に庇うように立ち塞がる一騎の騎士の姿が視界に飛び込んできた。その騎士は突進する王弟派の騎士達に対向して騎馬を走らせると、


「裏切り者のコモンズだぞ! 討ち取って名を上げてみよ!」


 と大音声に言い放った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る