Episode_23.21 オゴ村防衛戦


 王弟派による攻勢が始まった日の午後、スリ村の防衛部隊を指揮する騎士アーヴィルは西岸の森へ派遣した斥候隊から報告を受け取っていた。勿論複数の精霊術師を介した「遠話テレトーク」による報告だ。その内容は、


 ――森の中の敵勢力に積極攻勢の意思は見られない。陽動と思われる――


 という「オークの舌」の首領ジェイコブものだった。そしてほぼ同時にサマル村からも報告が入った。シモン将軍が派遣した伝令兵は、戦況は膠着しており問題は無い、という将軍の言葉を伝えた。


 相次いでもたらされた二つの情報は共に王弟派の攻勢状況が積極的でない事を伝えていた。その事実に騎士アーヴィルは腑に落ちない・・・・・・感覚を覚える。


(この時期に停戦合意を反故にして直ぐに攻勢に打って出たのはトリムでのレイモンド様の活動を受けたものだろう……なのに)


 それなのに、王弟派の攻撃を受けているサマル村のシモン将軍からの伝令は深刻さが無かった。根っからの武人であるシモン将軍が「強がり」の報告をした、という可能性も考えないわけではないが、騎士アーヴィルもこれでシモンとは長い付き合いだ。そのような愚かな意地を張る人物でない事は熟知している。


(ならば、他の狙いか? ……まさか?)


 ほんの少しの間に別の可能性を思い付いたアーヴィルは弾かれたように南東の方角 ――オゴ村の方―― を見た。まさにその時、彼の視界は半ば落馬しかけた状態でスリ村に飛び込んできた伝令兵の姿を見つけていた。


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 王弟派第二騎士団、オーヴァン将軍に率いられた部隊は四百の騎士と八百の兵士である。その勢力を騎士と兵士に分離したオーヴァンは、序盤の攻勢を騎士部隊に任せると、後続の兵士に後詰めを命じた。その判断は部隊展開の迅速さを重視したオーヴァン将軍らしい積極的なものだった。


 だが、全体として今回の作戦と編成はオーヴァン将軍の発案ではなくレスリックの提案であった。レスリックは不足した兵士を補うためターポの衛兵部隊を徴集しサマル村への陽動攻撃部隊へ当てた。そして、余剰分となった正規の第二騎士団の騎士と兵士をオーヴァン将軍に託し、オゴ村攻略に向かわせたのだ。


 レスリックが発案した兵力分配と編成は絶妙なものであったが、これはレスリックの目となり耳となった猟兵達の活躍の賜物であった。南トバ河西岸の森で繰り広げられた王弟派猟兵の斥候活動と王子派の妨害活動は、一見すると王子派の妨害活動が上手く運んだように見えていた。しかし、猟兵達は仲間の犠牲と引き換えに、時にそれらを目晦めくらましに使い、確実にサマル村とスリ村の戦力情報を得ていた。


 そして、それらの情報を得たレスリックは、サマル村の防衛部隊が騎士と兵士を併せて三千弱の王子派主力、スリ村の防衛部隊が兵士千人前後の補助戦力と判断した。更に、王子派軍の規模から考えて、オゴ村には五百未満の兵力しかない、と見えない場所の戦力までも見切っていた。


 その上で、サマル村の主力をターポの衛兵部隊を多く含む戦力に劣る部隊で釘付けにし、また、或る意味一番厄介な精霊術師を多く擁した傭兵部隊を西岸の森におびき出した。全てはオゴ村を確実に攻略するための手配てくばりであった。


(このような布陣は自分にはとても無理だ)


 今、オゴ村へ突入を開始した味方の騎士達を背後から鼓舞するオーヴァン将軍は、ふとそんな事を頭に浮かべた。


(もしも……もしも、エトシアやストラ、ディンスでの戦いをレスリックに預けていれば、負け戦が続く事も無かったかもしれぬ)


 戦いの結果を「あの時こうであれば」と考えても意味は無い。オーヴァンは戦いを前に、後ろ向きになりかけた気持ちを振り払うと、殊更大声で部下達に号令を発する。


「敵は小勢、蹴散らせ!」


 すると、部下の騎士隊長が前方から引き返してくるのが見えた。


「報告します! オゴ村の守備勢力はコモンズ大隊長の部隊です!」


 その騎士隊長は少し離れた所から大声で報告した。その言葉にまだ敵の姿を見ていなかった周囲の騎士達は色めきたった。何といってもコモンズ大隊長と部下の兵士達は元第二騎士団の部隊である。捕虜としてディンスに拘束されていたとはいえ、その後王子派の軍門に下った彼等は、第二騎士団の面々からすれば裏切り者であった。


「降伏を許すな! 確実にせん滅しろ!」


 厳然とした将軍の命令に、身内の恥を雪ぐべく騎士達は気勢を上げてオゴ村を目指した。


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 一方、オゴ村を守るコモンズ連隊は村の北側にある共同倉庫前の広場に障害物で防柵を作り防衛線を敷いていた。村に突入を試みた王弟派第二騎士団の騎士達は、リコットと村人が周囲に張り巡らせた罠によって突入の勢いを落としていた。結果として幾許いくばくかの時間的猶予を得た彼等は、弩弓の一斉射後にその防柵の裏に逃げ込んだのだ。


 村に張り巡らせた罠は王弟派第二騎士団の騎士を約五十騎落伍させていたが、それでも敵勢力は騎士三百五十である。それに対して守るコモンズ連隊は度重なる戦いで数を減らし、後方のリムンに下げた重傷兵を除けば既に五百余人となっている。特に先のタトラの渡り瀬を巡る戦いでは、王弟派の渡河部隊による攻勢を一身に受ける格好となり被害が大きかった。


 この損耗率は王子派軍の中では群を抜いて高いものだ。二番手である遊撃兵団の二倍近くの死傷者を出している。だが、その甲斐あってか、敵から寝返った他所者よそもの部隊であるコモンズ連隊は王子派軍の中で信頼と或る種の尊敬を勝ち得ていた。


(ありがたい事だ)


 その状況をコモンズ連隊長は素直に感謝していた。ディンスで王子派軍の軍門に下った当初は、過酷な前線任務に出されて使い潰されると覚悟していた。だが、蓋を開ければコモンズ連隊と名付けられ、後方の警戒や治安維持任務に回されるばかりだった。その事に疑問を感じたコモンズは、民兵団長マーシュに問い掛けた。コモンズの問いに対するマーシュの答えは、


「環境に慣れる時間が必要だろう、というレイモンド王子の御考えだ。その内共に前線で戦って貰うことになる」


 というものであった。そして、マーシュ団長の言葉はデルフィル付近の四都市連合拠点襲撃や、リムン南の三村攻略から続く現在の状況で現実となった。更には、先のタトラの渡り瀬の戦いの後、レイモンド王子から、


「犠牲は残念だが、これでコモンズ連隊の兵を裏切り者と呼ぶものは居ないだろう。どの隊に配属されても歴戦の勇士として歓迎されるはずだ……だから、この戦いが終わったら連隊を解散し再編成する。お前の部下を欲しいという部隊が多くて困っているんだ、その内相談に乗ってもらう」


 という言葉を受けるに至った。その言葉から滲み出る自分達に向けた配慮に、コモンズは思わず目頭が熱くなるのを感じたものだ。


(今のオゴ村配置も、結局は損耗の大きい我々を後方に下げる御つもりがあったのだろう)


 特に何の言及も無かったが、コモンズは今の配置でさえ、そのような配慮の賜物だと考えていた。それだけに、オゴ村を落とさせる訳にはいかなかった。


「救援は直ぐに来る! それまで持ち堪えるんだ」

「おうっ!」


 騎士三百五十に対し、歩兵五百では心許ない。戦術的に頼りになるのは急造の障害物による防柵だけだ。しかし、それも幾つかある路地を完全に塞ぎ切った訳ではない。それでも、兵士達はコモンズ連隊長の号令に応える。迫り来る王弟派騎士からは、


「降伏を許すな! せん滅しろ!」


 という怒号が聞こえて来た。


(ふん、オーヴァンらしい指示だな……)


 嘗ての上官であるオーヴァン将軍らしい厳然とした号令だ。士気の低い部隊ならば、敵将の冷酷な号令だけで恐慌状態に陥るはずだ。だが、士気と錬度、更に忠誠を兼ね備えた部隊に対しては逆効果である。逃げ場が無いと分かった時、獣も人も初めて生来備わった死力ともいうべき力を発揮するのだ。


「まったく、短絡な男だ……敵は我らを皆殺しにするらしい、逃げ場は無い! 勝つしか生きる道は無いぞ!」


 コモンズ連隊長の言葉は五百の兵士達を死兵へと変貌させた。


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 レスリックの作戦とオーヴァン将軍の部隊指揮は完璧なものであった。だが、どのような作戦にも多少の綻び目は生じるものだ。


 今回の場合はターポ付近まで南下し南トバ河を渡河したオーヴァン将軍率いるオゴ村襲撃部隊がその綻び目であった。彼らが河を渡り再び北上する姿はトリムの街から西進していた民衆派「解放戦線」の斥候によって察知されていた。それは戦いが始まる二日前の事だった。


 王弟派の不審な動きを察知した解放戦線の斥候はすぐさまトリムに戻るとその事実を報告した。報告を受けるのは解放戦線の指揮官マズグルであるが、彼等にとって大切な補給線の一つとなったオゴ村―トリム間の林道に王弟派が接近した事態は、レイモンド王子を始めとしたトリムに滞在中の王子派の面々にも伝えられた。そして、


「オゴ村を狙われるとはな……じゃぁ兄貴、行ってくる。レイモンド王子をよろしく」

「分かっている。気を付けてな」


 そのようなやり取りの後、ロージ率いる遊撃兵団の半数はトリムの北に設営した野営陣を離れて一路北のオゴ村を目指した。時刻は夜中。補給線の要衝であるオゴ村を守るための援軍である。その中には騎兵一番隊の隊長を務めるユーリーの姿もあった。


 ユーリーは暗闇に沈んで見えなくなった野営陣を一度振り返る。そこには、レイモンド王子の身辺を守るため、止むを得ず陣に留まったリリアが同じように自分を見送っている姿があるはずだった。


(リリア、王子の身の安全は任せたよ)


 心の中でそう呟くユーリーは、視線を北に向けると愛馬の手綱を操る。駆け足程度の速さの行軍で、遊撃兵団の十個騎兵隊と十個歩兵小隊は翌日の正午過ぎにはオゴ村に到着する予定だった。

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