Episode_23.17 アフラ教 Ⅰ


 アフラ教司教アルフにより隠された秘密を暴く秘跡が行われた後、王子派と民衆派解放戦線は共に協力することを前提とした話し合いに移って行った。その話し合いは、今後一年以内の戦略と、それに基づく軍の配置、そして、細かな欺瞞工作や、王子派領からの補給線の防衛手段など多岐に渡った。しかも、トリムの街については、王弟派の留守居部隊への対処、解放戦線の軍備強化、更に放置された火災跡の回復工程も含まれている。特に火災跡の処理は深刻であった。その臭気だけで、これから暖かくなる季節、疫病の蔓延が心配されたからだ。


 膨大な量に及ぶ話し合いは、当然半日で全てを終える事が出来ない。そのため、翌日も話し合いを行うこととし、レイモンド王子達一行は夕暮れ前には北の野営陣に引き上げていった。


****************************************


 一方、彼等を送り出した司教アルフはその後二階の私室に籠っていた。彼は室内に一脚ある重厚な樫造りの椅子に腰かけ目を閉じる。そうして考えるのは「光の翼」の事である。アフラ神の秘跡により隠された秘密を見通す力を得た彼は、自分が幻想を見たとは考えていない。彼が見たものは事実であり、真実であるのだ。


(光翼使プルイーマ……全く同一の存在ではないだろうが、それに類する者……なのか? それが私の目の前に……)


 司教アルフの心を占めるのは、興奮を帯びて内心に響く自問自答だった。そんな彼は、逸る心を鎮めるように幾度か深く呼吸を繰り返す。そしてアフラ教会、特にその指導者層にとっては悲願ともいえる長年の願いに想いを馳せた。


 それは、アフラ教以前の「六神教」が持ち、一方でアフラ教会には本当の意味・・・・・で備わっていない属性であった。それを表現する言葉は神秘性や権威性、正当性など幾つもある。だが、突き詰めていけば、人々を盲信的に従わせることが可能なほどの、分かり易い「神聖さ」の象徴と言い換える事が出来る。その象徴の存在に於いて、アフラ教会は「六神教」よりも見劣りしている。そんな両者の差を具体的に示すものが「光翼使プルイーマ」の存在なのである。


 それは「六神教」と「アーシラ帝国」の両方の起源に深く結びついた逸話であり、現在においても多くの人々に信じられている「事実」であった。


****************************************


 魔術師達が支配したローディルス帝国の崩壊から二百年以上経過した当時、世は乱れに乱れていた。後の世の歴史学者達が「第一混乱期」と呼ぶ時代である。その時代、強大な力を持った魔術師という名の支配階級から解放されて久しい人々は、其々の土地に都市を形成し、其々の勢力を拡大しようと争い合っていた。


 そんな乱れた世に現れたのが後のアーシラ帝国初代皇帝アルシリオンの祖父に当たる人物「聖者セラシオン」である。聖者セラシオンの出自は詳しく伝わっていないが、龍山山脈東の麓、現在のヴァースカーク周辺出身の地方豪族とする説が一般的である。


 その「聖者セラシオン」は乱れた世の中を嘆き、若くして世捨て人となると、龍山山脈に身を隠した。そして十数年間山中を彷徨い歩いた彼は、或る時、それまで未踏の地であった山頂に導かれるように辿り着いた。そこで彼は自らを「東の頂きから見守る者」と名乗る存在と出会う。その存在は、背に光り輝く純白の翼を備え頭上に光輪の冠を頂いた美しい女性であったと伝わっている。後の世で「光翼使プルイーマ」と呼ばれる事になる存在だ。


 「光翼使プルイーマ」は「聖者セラシオン」に対し、この世界に存在する九柱の神々を啓示した。そして、九柱の中から六柱の「善神」の名を挙げ、それらをよすがとするための祈り、その力を神蹟として得る術を教え与えた。これが今に伝わる「六神教」の起源である。その後「聖者セラシオン」は下界に降り、ヴァースカーク周辺の都市国家でその教えを人々に広めていくことになる。


 だが、当時の人々は原始的な精霊信仰や呪術師が行う蒙昧な占いを畏敬の念と共に盲信していた。それらの勢力は突然現れた「六柱の神」を信奉する者達と敵対し、時に排除しようとした。だが、呪術者に率いられた旧勢力ともいうべき既存の信仰勢力は、「聖者セラシオン」を何度も陥れようと謀略や暴力を企てたが、遂に指一本とて彼に触れる事が出来なかったと伝わっている。


 その後「六神教」は聖者セラシオンの元で勢力を伸ばし、中原北部の一大勢力となる。そして、聖者セラシオンの孫であるアルシリオンが世に出ると、彼の中原統一を助け、アーシラ帝国の礎となった。


 そんなアーシラ帝国の歴史の中で「六神教」は帝国の版図拡大と共に急速に広まっていった。その途中では、未開な辺境地域の人々に受け入れられ易いように「六神」とひと括りにしていた六柱の神々を独立した神格に分けるという改革が行われた。しかし、それを差し引いても、信仰が広まる速度は驚異的であった。実際、或る地域では帝国が武力により支配圏を広げるよりも前に、その地域の人々が独自に「六神教」を受け入れた、という故事が残っている。そういう地域が一か所では無く、幾つもある。それは「六神教」の拡大が時として帝国の版図拡大を追い越す勢いであったことを示すものだ。


 当時から現在に至るまで、歴史学者や神学者はその驚異的な普及の速さを「確固たる神蹟の現れ」という言葉で説明している。それは「六神教」が興った最初期から、時代を下り初代皇帝アルシリオンが没するまでの約百二十年間に記された書物に垣間見える出来事を指した言葉だ。当時広まり始めた神蹟術を以ってしても実現不可能な奇跡のような・・・・・・出来事・・・、つまり「確固たる神蹟」と呼ぶべき事象が、この時代の書物には散見されるのだ。


 書物の中に記された理解不能な出来事は、多くの場合同じ文章の中で「光の翼の御加護」と理由付けされている。この光の翼とは「聖者セラシオン」に六神の信仰を与えた「光翼使プルイーマ」の事で間違い無い、というのが現在の通説だ。つまり「光翼使プルイーマ」は龍山山脈山頂での邂逅以降もセラシオンや孫のアルシリオンと共に居続けた、という事になる。


 「光翼使プルイーマ」が行った奇跡のような出来事は、当時の人々の多くが目にしたであろうし、噂として広まった可能性も充分にある。それは、従来の蒙昧な精霊信仰や自然信仰を持っていた人々の意識を変えるのに充分な「分かり易い神聖さ」であっただろう。それ故に、驚異的な速度で六神教が世に広まった理由になる、ということだ。


「……我々に足りなかった存在、光翼使プルイーマの再来足るや……否や……」


 司教アルフの私室に、小さく呟く声が流れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る