Episode_23.14 交渉


「アルフ殿、それにマズグル殿、単刀直入に言う。レイモンド王子は民衆派と協力したいと考えている。その上、アフラ教の信仰と布教活動も他の六神教同様、国の法に従う限り自由を認めるお考えだ」


 そう切り出したのはマーシュである。交渉としてはもっとも単純な方法 ――最初に要望を伝える―― で本題を伝えた事には理由がある。それは、解放戦線指揮官のマズグルの口から語られた。


「そういう事だろうと思ったよ。王子派として働いている、という事実は随分前から分かっていた。そんな二人がこの時期に戻って来たのだ、持って来る話しなどたか・・が知れている」


 そういうマズグルだが、その口調には少し嘲りの響きがあった。合理的な考えを徹底する彼でも、コルサス王国に対する嫌悪感は拭い切れないようだ。


「勿論、なにも無しに協力を頼む訳ではない。それなりの見返りは用意している」

「見返り?」

「そう。トリムに残った人々は解放戦線を除けば住民一万と千前後だろう。それに対して、ベート国からの補給物資は解放戦線の兵士の腹を満たせば、残りは三千人にも行き渡るまい。残り八千人分の食糧を北から送り込もう」

「……良く調べたものだ……それで足元を見ているつもりか? マーシュ、貴様は再び王家に尻尾を振る犬に成り下がるつもりか?」


 マーシュの話した内容は、事前にユーリーとリリアによって調べられた事実だ。その上、二月にトリムから逃げて来た者達の中に含まれていた行商人や隊商主の証言も、二人の調査内容を補完するものだった。それだけに、内容は正確で、民衆派と解放戦線の泣き所・・・を的確に突いている。その証拠に、理性的で合理的な解放戦線のマズグルは、思わず相手マーシュを罵倒するような言葉を発していた。


 失地領主、しかも代々続き東方国境伯に仕えた騎士家の末裔同士であるから、マーシュにはマズグルが王家に向ける嫌悪と憤怒は理解できた。嘗ては彼も弟のロージもそうであったのだ。だが、彼等が思い描いていた王家というものは、先代国王ジュリアンドまでの治世であり、王弟ライアードが後釜に座ろうとしている王座の事だ。


「マズグル殿、以前のような王家ならば、私は決して犬にはならぬ。だが、飼われても良いと思う君主ならば、犬であっても私は構わぬ」

「ふん! 同じ事だ!」


 だが、マーシュの言葉はマズグルには届かない。その時、


「マズグル殿、落ち着きなさい。マーシュ殿はレイモンド王子への臣従を求めてトリムに来られた訳ではない。あくまで『協力』を願われているのだ。そうであろう? マーシュ殿」


 そう言って二人の会話に割って入ったのは司教アルフである。その言葉に対してマーシュは言う。


「レイモンド王子は、コルサスを民が治める国にしたいとお考えだ。その将来像は民衆派の願いと一致している。だから、民衆派も解放戦線も排除や屈服を求める相手ではない。我々は協力できる」

「嘘を吐くな!」

「見くびるな、嘘ではない!」


 司教アルフの仲裁も虚しく、レイモンド王子の理想を語るマーシュに、再びマズグルの否定する声が響いた。マズグルが冷静さを欠いていることは見ての通りである。そして、マーシュも釣られるように言葉尻が強くなっている。その事実に気付いたロージは、肘で兄の脇を突くと、


「マズグル殿、アルフ殿、我々は急ぎ答えを求めるほどひっ迫している訳ではない。今回は手土産替わりに荷馬車四台分の食糧を持参した。それを置いて、我々は一旦街の外に出よう。時間を置いて再び話し合いたい」


 この兄弟騎士の役回りでは、熱くなり易い弟ロージを冷静な兄マーシュが押し止めるのが普通だが、今回は逆であった。それだけマーシュが真剣だったという事だが、その熱意がマズグルとアルフの二人にどれだけ伝わったかは分からない。だが、時間を置こう、というロージの提案は受け入れられた。そして、二人は一旦教会を後にすると、街の北側に小さな野営陣を設営することになった。


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 ロージの言葉通り、元解放戦線の面々は、トリムの北の街外れに野営陣を設営すると再度の話し合いを待つ態勢に入った。食糧の準備は通常の作戦行動と同じく二週間分は準備している。そのため、後一週間ほどは気長に待つ構えである。


 そんな彼等の野営陣には時折解放戦線の者達が訪れていた。勿論、彼等の指揮官であるマズグルからは「無用な接触を避けるように」と指示が出ているらしいが、元々仲間であった気安さは残っている。そのため、夜が更けたのを見計らって、旧知の者を訪ねてくる騎兵や兵士は絶えなかった。


 それらの者達は、王子派軍に遊撃兵団としてくみする事になったかつての仲間達と、これまでお互いが経験した戦いを語り合い、双方側でこれまで生じた犠牲者を悼み合った。そんなささやかな会話が野営陣に灯る焚き火の数だけ出来あがる。そして、焚き火を囲んだしばしの団らんでは、遊撃兵団の騎兵や兵士の口から、彼らがその耳で直接聞いたレイモンド王子のこころざしが語られた。それは、翌日には解放戦線内の他の騎兵や兵士達に伝わり、翌夜には興味を覚えた別の者達が野営陣を訪れることになった。


 そして、三日目の午前、トリムの街から解放戦線の使者がやって来た。使者は指揮官マズグルが再び話し合いの場を持つ事を望んでいる、と伝える。そして、正午過ぎ、マーシュとロージは野営陣にごく少数の兵士を残し、再びトリムの街の東にあるアフラ教会を目指した。


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「まずは、先日の非礼を詫びたい。言葉が過ぎた、済まない」

「手土産の食糧品、有難く頂戴いたしました」


 再びの会談は、マズグルとアルフのそんな言葉から始まった。前回と異なり、教会二階の部屋にはもう一人の人物がいた。立派な板金鎧プレートメイルの上に黒地に朱抜きの上衣を纏った、がっしりとした体つきの男性である。その人物は、


「アフラ教会神聖騎士団の聖騎士モーザスという、お見知りおきを」


 と短く自己紹介をした。聖騎士モーザスは、直接的には会談に関わるつもりはないようで、テーブルを挟んで向かい合う面々を少し離れた場所に置いた椅子に腰かけて見ているだけだ。


「それで協力の件にはどのような返事をもらえるのだろうか?」


 聖騎士という聞き慣れない名に少し興味を感じつつも、マーシュがそう切り出した。すると、


「協力というのは、さしずめトリムを確保しつつ、協力してターポへ圧力を掛ける、といったところか?」


 そう言うマズグルは、少し探るような視線をマーシュとロージの二人へ向ける。


「そういう認識で間違いない。今すぐというのは、トリムの状況からは難しいだろうが、今年の秋ごろには、そのような状況を作りたい」

「わかった……実際、我々の食糧事情は苦しい。アフラ教会主導のロ・アーシラによる後ろ盾がある故、ベート国は支援に応じているが、それもいつまで続くか心許ないところだ」


 マーシュの言葉に頷くマズグルは、先日と打って変わり正直な内心を明かした。良く内情を知る相手である以上、見え透いた嘘は通用しない。また、マーシュやロージは知り得ない事態が彼等を支援するベート国で起こりつつあった。その予兆を察知したマズグルは態度を一変させたのだ。


 しかも、ここ数日、夜な夜な野営陣で行われた兵士や騎兵同士の会話の結果、解放戦線内には「王子派と協力するべきだ」という機運が広まってしまっていた。それを踏まえたマズグルは今後、既存の補給すら危うくなる情勢に、王子派の協力の申し出に乗らざるを・・・・・得ない・・・


 そんなマズグルの言葉は、まるで協力することを認めたように聞こえた。そのため、ロージは明らかに喜んだ表情を浮かべ、言葉を発する。


「それでは――」

「いや、最後に一つ、条件を聞いて頂きたい」


 しかし、ロージの言葉は、横から口を挟んだ司教アルフによって遮られた。


「条件?」

「そう……レイモンド殿下は『民衆派』と近い考えをお持ちだ、という先日の話ですが、その真偽を直接王子の口からお聞きしたいのです。王子派と組むことには抵抗を覚えるものも沢山いるでしょう。その者達を治めるためには、私やマズグル殿が直接レイモンド殿下と話し合い、嘘は無い、と宣言しなければなりません」


 司教アルフの申し出に、ロージは思わずマーシュの顔を見る。だが、司教アルフは構わずに続けた。


「アフラ神の秘跡に『隠された秘密を暴く』神の御印があります。本来ならば、他人を疑う理由で使うことを強く戒められておりますが、信者とその家族一万を超える人々の未来が掛っておりますので……」


 つまり、神蹟術を用いてレイモンド王子の言葉が偽りでない事を確かめたい、ということだった。


「信じられぬ、と仰るつもりですか?」

「いえ、信じるからこそ、確かめたいのです」


 その後、話し合いはしばらく続いたが、結局マーシュとロージが「一度本営と相談する必要がある」ということでお開きとなった。そして、その日の午後、数騎の騎兵がトリム北の野営陣からオゴ村を目指した。

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