Episode_23.13 古巣
アーシラ歴498年4月2日 トリム
王子派の勢力圏から離れ、トリムの街を目指したのはマーシュとロージの兄弟騎士に率いられた遊撃兵団の騎兵と兵士達の一部、そして、その後に続く荷馬車の列である。
彼等の内、遊撃兵団の一部である騎兵と兵士達は元々民衆派の武装組織「解放戦線」の所属の者達であった。これは偶然ではなく、意図的に行われた編成である。そのため、彼等の一団にはユーリーやアデール小隊など、後から編入された者達は含まれていない。
そんな彼等がオゴ村を出発したのは、三月末日の事であった。そして荒野を進んだ一団は、二日後の昼前に、全く無警戒なトリムの街に北側から入った。彼等の目の前には一面が焼け野原となった居住区が広がっていた。勿論、ユーリーやリリアが体験した二月半ばの
火災の跡は、民衆派でも王弟派でもない貧民と呼ばれる人々が住み着いていた街の北西側に留まらず、火を放った張本人である民衆派が多く住む北東側にも及んでいた。しかも、既に火災が治まり一カ月以上経過しているにもかかわらず、燃え落ちた街並みは焦げ臭さと共に腐敗臭を放ったまま放置されている。
廃墟同然の街を進んだ彼等は、東の教会を目指す。しばらく進むと、解放戦線の巡回部隊と思われる騎兵達が彼等の行く手を遮った。
「何者だ!」
そう
「マーシュ・ロンドだ。トトマ襲撃部隊を連れて来た。マズグル殿にお会いしたい」
と答えた。だが、マーシュの言葉の途中で彼等の正体に気付いた騎兵隊長は驚きに目を見開くと口をパクパクとさせる。そこへ、ダレスが声を掛けた。
「トームスさん、俺達は幽霊じゃないぞ!」
「だ、ダレス! セブムもドッジも……マ、マイルはどうした?」
「マイルは死んだ。スカーも、モーリも死んだ……だが、俺達は生きている」
ダレスと、トームスと呼ばれた騎兵隊長の短いやり取りだ。そして、
「トームス、急ぐんだ。マズグルの所に案内してくれ」
とロージが言うと、騎兵隊長トームスは殆ど反射的に
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道すがら、騎兵隊長トームスが話した内容によると、トリムの街の城塞には依然として千人程度の王弟派部隊が残っているという事だ。その内訳は、第二騎士団の留守居部隊三百と、残りは四都市連合の傭兵達であるという。一部の傭兵が砦から脱走し投降するという出来事は有ったが、彼等の大部分は城塞の内部に立て篭もったままである。そのため、城塞周辺には。全く動きが無い、ということだった。
一方、街を殆ど掌握した民衆派であるが、状況は思わしくないようだ。騎兵隊長トームスによると、食糧事情が非常にひっ迫しているということだった。食糧類の補給は未だにベート国からの陸路が主であり、その陸路もトリム側の行商人や隊商達が貧民や労働者の一部と共に街を離れたため往来が滞りがちだという。そのため、トリムに残る民衆派支持者を中心とした一万を超える住民全てに充分な食糧を手当てする事は不可能だということだった。
「俺達だって、日に二度食える日が一日おきです」
騎兵隊長トームスの覇気の無さは、空腹が原因のようだった。そんなトームスは、嘗ての上官であるマーシュやロージ、そして仲間であったダレス達をすっかり信用すると、民衆派と解放戦線の苦しい内情を話した。
そもそも二月に行われた港の占拠に至る一連の作戦は、食糧事情を改善するために行われたものだ。トリムの港を押さえ、ベート国から海路による補給を可能にする事が作戦の目的であった。
その結果、民衆派と解放戦線はトリムの港を掌握する事が出来たが、そこには四都市連合の船乗り達が残した厄介な置き土産があった。半沈没した状態で岸壁を塞いだ大型帆船の存在である。これを撤去するのに時間が掛り、海路による早急な補給は不可能だった。しかも、半沈没した大型船をなんとか撤去したころには、トリム港の沖にターポから進出して来たと思われる四都市連合の海軍の軍船が居座ってしまった。
「ベート国は海軍を出してまで四都市連合とやり合うつもりはないようで……アルフ司教はロ・アーシラが海軍を出すはずだ、と言っていますが……」
騎兵隊長トームスの言葉は、先の見えない不安を孕んでいた。
「まぁ、私達がマズグル殿と話をし、彼が受け入れれば状況は良くなる。頑張れよ、トームス」
そんな騎兵隊長に、マーシュはそう言葉を掛けた。その言葉は、今の彼には意味が理解できないものだ。そのためトームスは一瞬「きょとん」とした表情になるが、直ぐにその表情を改めると、
「マーシュ隊長とロージ隊長が戻ればオーガーに金棒です! 皆に帰還を報せます!」
と言い、部隊を解散させた。
彼等は既に東の教会の敷地内に到着していた。砦のように守りを固めた物々しい雰囲気は一目で教会と分からないほどだ。そこで、マーシュとロージは、他の面々に待機を命じた。
「では、行ってくる」
「皆は打ち合わせ通りに。パムス、ダレス、頼んだぞ」
やや緊張した面持ちの兄弟騎士は、そう言い残すと教会の扉を開け、中へと足を踏み入れて行った。一方、後に残された面々は半数がその場で荷馬車を囲むように待機し、残り半数は、彼等を遠巻きに見ている嘗ての仲間達の元へ走って行った。再会を喜ぶ人の輪が幾つも出来あがっていた。
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「久しいな、二人とも」
「生きているとは、噂に聞いていましたが、よくぞ戻られました」
教会の二階に案内されたマーシュとロージは、その一室で解放戦線指揮官マズグルと、アフラ教会西方司教のアルフに面会していた。
挨拶の後のマズグルとアルフの言葉は、分かり易く白々しいものだった。彼等としては、二人に会うことは
「言いたい事は山ほどあ――」
「今は! それを語りに来たのではない。分かっていると思うが」
それに対し、ロージが咄嗟に声を発するが、それに被せるようにマーシュが強い口調で断言した。
彼等が暗に思い浮かべているのは、数年前に計画された王子派領西端の街トトマへの襲撃計画だった。それは、当時無防備だったトトマの街をオークの傭兵団で襲い、それをマーシュやロージ率いる「解放戦線」が寸前で食い止める、という筋書きであった。その目的は、王子派領内に民衆派の支持者を増やす事、そして、停滞していたアフラ教布教活動を一気に広げる事であった。少なくとも、マーシュとロージが渋々承諾した作戦の目的は、
しかし、いざ蓋を開けると「オークの傭兵団」は暴走し、トトマの街に大きな被害を出してしまった。事後、捕えたオークの指揮官から真相を聞いたマーシュとロージは、自分達が認識していた作戦と全く異なる企みがあった事を知った。その結果、二人は自分達が「嵌められた」と気付くに至ったのだ。
二人がそう感じたことには理由がある。当時、解放戦線内部は指揮官マズグル・アロンと騎兵隊長マーシュ・ロンドの二人で不明確な派閥が出来つつあった。
そもそも、民衆派の活動は、コルサス・ベート戦争によりベート国に奪われた旧コルサス東方国境伯領の住民によるベート国へ反抗活動であった。その最初期から活動に関わり、時にベート国が差し向けた鎮圧軍と戦いを繰り広げたのが、ロンド家の末裔であるマーシュやロージを中心とした武装勢力である。民衆派の武装勢力である「解放戦線」は、彼らの活動が起源となっている。
しかし、当時の民衆派の活動は、明確な指導者が存在せず場当たり的な「只の反抗活動」であった。そこに、当時中原地方から伝播し、ベート国やオーチェンカスク公国連合において急速に信者を増やしつつあったアフラ教会が目を付けることになった。
アフラ教会は、ロ・アーシラと同盟を結んだばかりのベート国内で政治的な力を持つようになっており、その力とロ・アーシラの圧力を背景に、ベート国の占領政策を自分達の布教活動に利用した。一方、ベート国側も、コルサス東方の領域を支配下とした結果、地政学的に対立構造にあるオーチェンカスク公国連合を不必要に刺激する結果となり、過度な介入に及び腰であった、という経緯もある。
その結果、旧コルサス王国東方国境伯領は施政及び軍事的な空白地帯となり、アフラ教会主導の民衆派による支配地域となっていた。そして、支配地域を得た民衆派の指導者となったのが、アフラ教会西方司教のアルフである。また、支配地域の治安維持や外敵の排除を目的に軍事組織へと編成された「解放戦線」の指揮官には中原から戻って来た失地領主の一人であるアロン家の末裔マズグルが就任した。
これが、マズグル・アロンとマーシュ・ロンドの二つの派閥が出来る遠因であった。だが、当のマーシュやロージは、そのような政治的派閥に全く興味を示さなかった。確かに、コルサス王国領内への勢力拡大を目指すマズグルやアルフの意見と対立することは多かったが、それは考え方の違いであり、民衆派内部の政治的な駆け引きではなかった。
だが、周囲の人々は勝手に違う目で見るものだ。結局、マーシュやロージといった渦中の人間の意思とは関係なく、対立構造が作り上げられることとなった。そして、決して潤沢と言えない解放戦線の人的資源が二つに分かれる兆候が見え始めていたのだ。
「あの時、我々兄弟を排除せざるを得なかったことは理解している」
「そうか……済まない、と詫びる訳にはいかないが、理解してくれる事には感謝する」
極めて理性的なマーシュの言葉に、マズグルは「感謝する」と言い軽く頭を下げた。
「そろそろ、本題に入っては如何か? まさか仲直りのために来た訳ではあるまい」
一方のアルフは、そう言うとマーシュ達の話しを促した。
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