Episode_23.09 小隊救援


「これは、追加報酬の対象だぞ!」

「分かったって言ってるだろ!」

「お前の口約束で大丈夫なのか?」

「もう、早くして!」


 傭兵団「オークの舌」の首領ジェイコブ、ユーリー、「骸中隊」のトッド、そして苛立ったようなリリアの声だ。その周辺には騎兵一番隊の面々と、オークの舌の傭兵達が二十人、骸中隊の弓兵が二十人前後いる。彼等は一度ロージの本隊に合流したが、直ぐに分かれると、森の東側、河沿いに続く小高い丘を南へ向けて急いでいた。


 彼等の目的は、森の中に潜みつつ本隊の後退と敵の誘導を支援した小隊の救援である。勿論、救援の対象は第一小隊、通称アデール小隊だ。それ以外の部隊は本隊の後退と歩調を合わせて北へ後退していたが、アデール小隊だけが少し遅れていたのだ。それだけならば合流を待つのだが「心配だから念のため」というユーリーの希望に応じてリリアは若鷹ヴェズルの視界で確認した。その結果、彼等の場所が南北から敵の迂回部隊に挟まれる非常に拙い場所にいる事が分かったのだ。


「見えたわ!」

「乱戦になってるな」

「突っ込むしかない! 強化術を掛ける!」


 リリアが示す先、木立の向こう側の小高い丘の上、百メートルほど先で大勢の人間が争っている。その状況はジェイコブが言うように乱戦であった。これでは、遠距離から魔術や精霊術を放つことは出来ない。そのためユーリーは突入を決意すると、自分と一番隊の面々、そして近くを走る「オークの舌」の傭兵達二十人程度にまとめて身体機能強化フィジカルリインフォースを掛けた。効果を受けた面々の中には初めて身体機能強化を体験する者もいたようで驚愕の声が小さく上がった。彼等の森を掛ける速度は一段階引き上げられた。


 当然のことながら、合計三十を超す対象に正の付与術を一気に発動するのは並大抵の魔力では済まない。だが、魔術による先制攻撃が不可能な状況に、ユーリーは有り余る魔力を躊躇なく味方の強化に注ぎ込んでいた。それでいて、彼はビクともせずに先頭を駆け続けている。


「ったく、化け物だな!」


 その様子を見る骸中隊のトッドは驚くような声を発した。当然ユーリーは聞こえなかったように無視するが、聴覚の鋭いリリアはその声の主トッドを一度だけ睨んだ。


(コワ……可愛い顔が台無しだぜ)


 なんとも冷たい目で睨まれたトッドはその場で部下の弓兵達を立ち止らせる。乱戦に進んで巻き込まれるつもりない。後方から弓で狙撃するのが狙いだった。


 一方、強化術を受けた面々は木立の間を突っ切るように進んだ。


「追加報酬分はしっかり働けよ!」


 と、部下の傭兵達に号令を発するのはジェイコブだ。だが、その声は全く響かなかった。既にリリアが風の精霊に呼びかけ音の伝達を妨げていたのだ。その効果は力場魔術である静寂場サイレンスフィールドと非常によく似たものだ。


 そして、駆け寄る音を消した三十数名の近接戦闘集団は、アデール小隊を包囲した敵部隊の後ろ端へ突入した。


「――?」

「――!」


 不意に音の無い空間に包まれた王弟派の兵士たちは戸惑うが、多くの者は原因を知ることなく倒されていた。特に先頭を切って突っ込んだユーリーと、パムス副長以下騎兵隊の面々は、不意打ちの利点を生かし、背後からだろうとお構いなしに敵を斬る。


 背後から襲われている事に気付いた王弟派の兵士達が後方へ向きを変えた時には、既に数十人の味方が倒された後だった。


****************************************


 最初の一斉射で二十人前後の敵を倒したアデール小隊だが、五十人で一個小隊の遊撃兵団と、百人で一つの隊を作る王弟派騎士団の部隊では数が違う。兵士の質ではややアデール小隊が勝るが、王弟派の百人隊長は騎士身分である。森の中の行軍であるため、兵士と同じく徒歩であるが、その強さは兵士の比ではない。


 結果、中央突破を試みたアデール小隊は、それを果たせず包囲されてしまう。しかも、後方から追ってきていた別の百人隊も合流し、退路を断たれてしまった。絶対的に不利な状況のアデールは、部下達に号令を発する。


「諦めるな! 円形陣を組め、守って突破の機会を待つ!」


 だが、そんなアデールの号令に部下達は中々従えない。既に幾人かの小集団に分断されていたのだ。二、三人で五人以上の敵に囲まれている者はまだ良い方だ。仲間とはぐれて一人で敵に囲まれた者は、敢え無く討ち取られていく。


「親分だけでも逃げてくれ!」

「ここは俺達が引き受ける!」

「待て、止めろ!」


 そんな状況に、アデールと共に昔から日陰を歩んできた子分達がそう叫ぶ。彼等はアデールの返事も待たずに、親分が逃げるための血道を開けようと王弟派の兵士達に突撃した。しかし、


「雑兵がイキがるな!」


 彼らが突撃した場所には、回りの兵とは装備の異なる者がいた。それは、百人隊長を務める王弟派の騎士である。その騎士は鋭い斬撃でアデールの子分二人を斬り払うと、その切っ先をアデールに向ける。


「貴様が小隊長か? どう見ても騎士ではないな……兵卒隊長か?」

「てめぇ、やりやがったな!」


 ジットリと重い殺気の籠る騎士の声だが、アデールの視線は斬り倒された子分に向いていた。地面に倒れて痛みを堪えるようにもがく・・・彼等は致命傷ではなかった。だが、それだけに受けた傷に身悶えするように地面をのたうっていた。


 その瞬間、アデールは栄光あるレイモンド王子の遊撃兵団小隊長では無かった。ダーリアの裏路地にたむろするヤクザ者の頭、力を持て余し、善いも悪いも構う事の無い荒くれ者に戻っていた。そんな彼は手に持った片手剣を腰だめに構えると、その騎士に向かって一直線に駆け出した。


「くそっ……くそった――」


 口からは、追い詰められた者の悲壮な声が発せられるが、それは途中でフツりと途切る。


(な……なんだ?)


 その一瞬、アデールは突然無音となった周囲の状況に理解が追いつかない。敵の騎士も周囲の兵士達も同様だ。だが、駆け出した彼の勢いは止まらない。それに釣られるように、戸惑っていた敵の騎士も剣先をアデールに向け直す。


 ヤクザ者と騎士では力量の差は歴然だ。怒りにまかせたアデールの無謀な一撃はあっさりと躱されてしまう。そして無防備に晒された首筋に躊躇い無く剣が振り下ろされる。


(ヤラレル!)


 瞬間、アデールは観念したように眼を瞑った。だが、そんな彼の体は首筋に刃を受ける前に、胸甲の脇を強烈に蹴り飛ばされていた。


「うげっ!」


 地面を転がった彼が再び顔を上げた時、周囲に音が戻っていた。だが、そんな事に気付かないアデールは、茫然と深緑色の外套をなびかせた青年の後姿を見ていた。


 アデールの窮地に割って入ったのはユーリーだった。彼は駆け寄った勢いのままアデールを敵の騎士の間合いの外に蹴り飛ばした。そして、振り下ろされた剣を右手の蒼牙で真横に弾いたのだ。


「ッ!」


 敵の騎士は驚いたようにユーリーを見るが、その時既にユーリーは次の攻撃態勢に移っていた。彼は振り抜いた蒼牙を手元に戻すと、明確にソレと分かる刺突の態勢を取る。対して敵の騎士は咄嗟に左手の盾を正面に構えた。大振りなヒーターシールドは騎士の前面をすっぽりと覆い隠し、同時に持ち主の視界を制限した。それがユーリーの狙いだった。


 刺突の態勢から手首を捻ったユーリーは、敵の騎士の右ひざを斜め上から斬り払った。大きく可動する関節部分の防御は通常厚手の革か鎖帷子である。そのどちらであっても、魔力を溜め込んだ魔剣蒼牙は熱した飴細工のように斬り裂く事が出来る。


 そして、微かにゴツという手応えを残しくすんだ・・・・蒼い刀身が反対側に抜けた時、敵の騎士は体の支えを失い転倒していた。


****************************************


 ユーリー達救援部隊は、アデール小隊を包囲する王弟派の部隊を北から急襲した。静寂場を使った不意打ちである。更に幾つかの精霊術と正確な弓矢が彼等を支援した。その結果、アデール小隊は全滅の一歩手前で持ち堪える事が出来た。


 一方、アデール小隊を包囲していた王弟派の二個百人隊は、北から奇襲を受けて隊長の一人を討ち取られた上、多くの兵を失った。そのため包囲を維持できず、南側へ一旦退く格好となった。その間、ユーリーは小隊の負傷者でまだ息の有る者達に止血ヘモスタッドを掛けて回る。アデール小隊の損害は死者十二人、負傷者二十三人であった。


 南北に分かれて睨み合う両者だが、依然として兵の数では王弟派が上回っていた。一方、精霊術師や弓兵が多い王子派は苦しい状況でも再度の攻撃を受けて立たざるを得ない。退却時を襲われ突破されれば、本隊の背後を突かれてしまうためだ。


 そのため、ユーリーを始めとした騎兵一番隊や「オークの舌」の戦士達が前列を構成する。


 そんな中、流石に魔力の消耗が激しいユーリーは、最後の力で機先を制しようと火爆派エクスプロージョンの魔術陣の起想に入った。だが、殆ど同時にタトラの渡り瀬から「後退」の合図となる喇叭らっぱの音が響いた。


 王弟派の部隊は、その喇叭の合図に少し戸惑ったようだが、結局水が引くように撤退していった。その様子に、追撃など思いもしない王子派の面々はホッと胸を撫で下ろすのであった。

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