Episode_23.02 レイモンドの采配


 アーシラ歴498年2月16日未明


 コルサス王国王子派軍と王弟派軍が対峙するタトラの渡り瀬、王子派から見て対岸に広がる森は、タトラ砦の北に広がる森である。その森の中では、一晩中神経をすり減らすような追跡を成し遂げた者達が居た。


 前日の昼から森の中に潜入したユーリー率いる騎兵一番隊は、夜更けから行動を再開した。彼等は先行する遊撃兵団の部隊へ徐々に接近を試みる正体不明の集団の詳細を把握することに努めていた。夜間、その集団の動きは緩慢だったが、確実に味方の遊撃兵団に対して距離を詰めていた。一方その集団の動きに注視するユーリーの部隊であるが、人の目では見通せない距離の探索を一手に担うのは若鷹ヴェズルの視界を得るリリアであった。


 彼女と彼女を母親と慕う精霊種の鷹の消耗度合いにユーリーは不安になった。現に先のトリムからの脱出劇では一時的に魔力を枯渇させ窮地に陥っていたリリアである。そのため、ユーリーは途中から頻繁に魔力移送トランスファーマナの付与術で魔力を補給した。だが、魔力を補給されても、疲労が回復するわけではない。そのため、夜明け間近の森の中でユーリーは部隊を完全に止めると夜明けまで数時間の休息を取ることにした。


「私なら大丈夫よ」


 しかし、休息を取ると言ったユーリーに対して、近くの枝に止まった若鷹の背を撫でていたリリアは反射的に強がり・・・を口にしていた。因みに、ヴェズルはつい先ほど最後の御遣い・・・・・・から戻っていた。リリアの手から干し肉を貪るように啄み上げて腹を満たし、今はひと心地付いたのか、低い木の枝で羽を休めていた。知性の宿る金色の猛禽類の瞳は、安らいだように閉じられている。


「ダメ、休める時は休む、冒険者の基本だぞ」


 殆ど無意識に強がりが口を吐くリリアに対して、ユーリーは少し怖い顔を作る。そして冒険者集団「飛竜の尻尾」のリーダー、ジェロの口真似をしてみせた。似ていないものまねにリリアはほほ笑むと「わかったわ」と言い、手近な場所で体を横たえた。


 それを確認すると、ユーリーは一番隊の面々にも各自休息を取るように命じた。それを受けた副長のパムスは、手早く九名の隊員を三人組に分けると輪番の見張りを命じ、休息態勢を整えた。


「パムスさん、僕の見張り時間は?」


 パムスの配した輪番に自分の名前が無かったことを気にしたユーリーはそんな問いを発した。だが、パムスはそんなユーリーを見ると、


「私は魔術や精霊術は分かりません。ですが、隊長は相当に消耗されているように見えます。リリア様も同様ですが、まずは休息を」


 ということだった。ユーリー自身は、リリアの消耗ばかりに気を取られ、自分の事を余り意識していなかった。だが、パムスに言われれば、確かに本調子とは言い難い。


「分かりました……万全を期すのも大切な準備、ですね」

「そうです」


 その後、ユーリーは枯れた下草の森に深緑の外套のみで横たわった。冷たい地面の感触が心地悪いが、副長パムスの指摘は的確だったようで、彼はいつの間にか眠りの中に誘われていた。


****************************************


 昨日半日をスリ村で過ごしたレイモンド王子は、昨日夕方にサマル村の本陣に戻ると簡略な軍議を開いていた。参加したのはシモン将軍、マーシュ団長、騎士アーヴィル、コモンズ連隊のコモンズ、そして各大隊長だ。その席で彼我の戦力差を確認したレイモンドは決断を迫られていた。


 現時点でタトラ砦に集結した王弟派の主力は第二騎士団であることが分かっている。その数は騎士四百に兵士が四千。一方王子派の軍勢はシモン将軍率いる東方面軍と中央軍本体の連合部隊が騎士四百五十と兵士二千五百、マーシュ率いる民兵団とコモンズ連隊の合同部隊が兵士約二千、そして、ロージ率いる傭兵部隊を混成した混成遊撃兵団千五百だ。ただし、ロージ率いる混成遊撃兵団は二日前からタトラ砦北の森に進出していた。


 数の上では、王子派がやや有利である。だが王弟派はタトラ砦に立て篭もることが出来た。タトラ砦は王子派領内のエトシア砦と同時期に建てられた古い砦だ。防御の面ではそれほど強固ではないが、それでも四メートルを超す石壁に守られた高い塔や、内部に備えた投石機、四隅に聳える物見櫓からの投射物は攻める側には厄介であった。


 軍議ではタトラ砦に対する攻略案が幾つか出された。まずはタトラの渡り瀬において、敵と野戦を行い、打撃を与える。そこまでは各自共通していた。各自の意見が分かれたのはそれ以降であった。


 シモン将軍は南トバ河の対岸を確保し、攻城兵器をアートンから取り寄せて正攻法でタトラ砦を落とす、という意見だ。シモンとしては、最初にサマル村まで南進した際に余勢を駆ってタトラ砦まで落としておけば、と言いたい所だろう。だが、言っても詮の無い事であるので、彼がその種の発言をする事は無かった。


 一方、マーシュ団長は、タトラ砦と後方ターポの街を繋ぐのが一本の街道であることに注目し、タトラ砦を包囲し兵糧攻めにすることを提案した。そもそもタトラ砦の収容人数として四千を超える兵は多すぎる。しかも、第二騎士団を率いるのは猛将ではあるが、守備戦が苦手そうなオーヴァン将軍である。積極的に攻める敵に対しては良い采配を振るうだろうが、消極的な持久戦では部隊の士気を維持することは出来ないだろうと考えたのだ。これは元第二騎士団の大隊長であったコモンズの意見が参考となっていた。


 シモンとマーシュはお互いに激しく対立するわけではないが、各自の意見で相手を説得しようとする。発言力という点では古参のシモン将軍に軍配が上がるため、軍議の流れは「どうやって攻城兵器を輸送するか?」という論点へ移りつつあった。


 そんな中、最終的に決断を下す立場のレイモンド王子は目の前のタトラ砦もさることながら、トリムの街の様子が気になっていた。昨日スリ村でユーリーから聞いた言葉を思い返していたのだ。


 ――トリムは国外勢力に支配を奪われつつある。トリムに進軍し、民衆派と手を結ぶしかないだろう――


(トリムでの民衆派優勢に王弟派は四都市連合の傭兵を送り込むだろう。そのため、第二騎士団をタトラに張り付かせている……確かにタトラ砦は敵の拠点だが、無理に攻めずに迂回した場合どうなる?)


 この場のほぼ全員が、目の前の敵を叩く方法を模索している。敵の拠点を潰していき、点と点を線で結びながら敵の支配域を切り取っていく、それは戦術としては最も基本的で普遍的な方法だ。だが時間が掛る上に損害が大きい。その上王弟派もそれを見越してタトラ砦に大軍を配したのだ。


 レイモンド王子は考えた。もしも軍の半数を迂回させトリムに送り込んだのならば、どのような危険が考えられるか?


(サマル村一帯の支配を失えばトリムに派遣した部隊は孤立する。だが、確保し続ければ、ターポに対して二面で当たる事が出来る)


 そこまで考えたレイモンドは意見を交わす面々に割って入るように声を上げた。


「タトラの渡り瀬で一戦を交え、敵を砦に籠城させる。その後、我々は軍を割り、別働隊を以ってトリムへ向かう。というのはどうだろうか?」


 これまで沈黙を保ち、軍議の行く末を見守っていると思われていたレイモンド王子の発言に、シモン将軍とマーシュ団長は顔を見合わせる。反射的に否定の言葉を発しないのは、レイモンドの言葉が一つの戦場以上の展望を持っている事に気が付いたからだ。


「つまりトリムの民衆派と結び、タトラ砦とトリムの両側からターポへ圧力を掛けるという事でしょうか?」


 レイモンド王子の考えを噛み砕くような問いを発するのは騎士アーヴィルだった。それに対してレイモンドは頷く。


「ですが、そうなると今度は攻守が一転し、我が方はサマル村を守る必要が――」

「トリムとリムンの連絡には中間点のサマル、またはオゴ村の確保が必須になります。これらを奪われればトリムに送り込んだ部隊が孤立します」


 シモンとマーシュはその部分の意見を一致させるとそう言った。だが、


「そのため、次の戦いで王弟派の軍に痛手を与える必要がある。その上、砦に籠られるよりも、こちらの村を押さえようと躍起になってもらった方がやり易いだろう」


 とレイモンドに言われると、二人とも頷かざるを得なかった。深く考えるまでも無く、攻めるよりも守る方が容易いのは戦の道理だ。


 現在タトラ砦の攻略方法を議論していたのは、ターポへ続く街道上の障害としてその砦の戦略的価値が高いからである。裏を返せば、王弟派からすると戦略価値の高いタトラ砦を守れば良いだけの話だ。だが、逆に相対するサマル村の戦略価値がタトラ防衛よりも高くなれば、王弟派の目標はタトラ防衛からサマル攻略へと変わらざるを得ない。勿論トリムに於いて「民衆派と結ぶ」という難易度不明の目標を達成しなければならない。だが、それが叶えば戦況は好転する。


 そして攻守が入れ替われば、タトラ砦の王弟派は王子派領とトリムの連絡を絶つためにサマル村を攻めるだろう。対するサマル村は、ここ三週間強で見違えるほど防御を強化されている。後二週間もあれば、村全周を囲む外壁が出来るだろうし、高い櫓を幾つも造る事が出来る。勿論食糧備蓄を充分に行う事も可能だ。


「……危険だが理に適っている」

「確かに。こちらも絶対死守が前提となりますが、攻めるより数倍は楽でしょう」


 同じように考え、同じ結論に至ったシモン将軍とマーシュ団長はそう言うとレイモンド王子の意見に同意した。


「ですが、トリムへ向かい民衆派と交渉する役は誰が?」


 その様子にレイモンド王子は満足気であった。そして続くアーヴィルの当然な疑問に対しては、


「それは勿論、私が行こう」


 と言い、その場の全員から反対されることになったのだった。


 その後、軍議はトリムへ派遣する人選で少し紛糾したということだ。


****************************************


 軍議が終わり、夜が更ける。やがて東の空が白み始めるころ、一羽の鷹がレイモンド王子の幕屋に飛来した。その鳥は直ぐに飛び去ったが、それから夜明けまでの数時間、サマル村は息をひそめた慌ただしさに包まれた。


 そして、ようやく昇った朝日に照らされたタトラの渡り瀬西岸には、案の定、騎馬と歩兵から成る隊列が整然と列を成す王弟派の軍勢の姿があった。

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