Episode_22.30 白亜の城に蠢く者達
時は少し遡りアーシラ歴498年2月8日――
コルサス王国の王都コルベートに聳える白亜の城
この夜、城の第二城郭内の屋敷に戻った宰相ロルドールは数少ない使用人を遠ざけると自室に籠って過ごしていた。燭台に灯った明かり一つの部屋で長椅子に深く腰掛け瞑目した彼は、眠っているように身動きしない。だが、瞼の下の眼球は目まぐるしく動いているのが分かった。
(結局執着心が強いものが勝つのだ)
不意に考えが言葉となって脳裏に浮かんだ。それとほぼ同時に、二階の窓がそっと叩かれた。そして、小さな物音が二度三度と響くと、人影が室内へ侵入してきた。
「済んだか?」
その人影に対して、ロルドールは声を発した。近づいてきた人影が燭台の明かりに照らされる。その人物は、タバン太守アンディー・モッズが画策した王子派への騙し討ち作戦で、使者としてトトマへ赴いた男カドゥンであった。長く行方不明であったが、いつの間にかコルベートに戻っていたのだ。
「済みました。痛ましい事故です」
ロルドールの言葉にカドゥンはそう応じた。言葉と裏腹に、その声には何の感情も感じられない。
「里の方は?」
「そちらも、オークの襲撃を受けて全滅です」
「……そうか」
一方のロルドールの声には若干の感情が含まれていた。だが、既に済んだ事だった。タバン太守のアンディー・モッズは、太守の座を素直に降りれば命を落とす事は無かったはずだ。だが、最後の最後に彼は判断を誤った。
また、ロルドールの意に反し本格的にレイモンドの暗殺を再度計画していた。タバン領内の小さな山里に隠していた者共をその役に当てようとしていた。聞けば「王の隠剣」イグルの猟兵達と同じ祖を持つ、元はベート国の暗殺者集団ザクアの分派だということだ。
結局、二重の意味でロルドールはアンディー・モッズを断処しなければならなかった。命じるまでにはそれなりの葛藤もあったが、一旦命じてしまえばあっけない始末であった。
「ザメロン殿へは?」
「これから向かいます」
短いやり取りの後、カドゥンはロルドールの元を後にした。来た時と同じように窓から出ていき、どういう理屈でそうなるのか分からないが、彼が出た後の窓はきちんと閉じられ鍵さえ掛っていたのだった。
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翌日午後、王都に悲報が届いた。
――タバン太守アンディー・モッズ、事故死――
王子派西方面軍の攻撃を受けるタバン太守アンディーは、この日行われる予定の軍議に出席するためコルベートを目指していた。だが、途中の険しい崖沿いの街道で、馬車を曳く馬が突然制御を失い崖下へ落下したのだ。
太守一行の不着を不審に思った第一騎士団の哨戒部隊が崖下で大破した馬車を発見した時、御者や従者を含め三台の馬車に分乗していたアンディーの一行は全員息を引き取った後だった。
軍議の最中にこの報せを受けた国王ライアードは深い哀悼を示すとともに、一週間後に王都で葬儀を執り行うことを決定し、住民への告知を命じた。そこで軍議は解散となった。
そして、王宮の最奥にある宰相ロルドールの執務室には、この日中断となった軍議の後に予定されていた会合が予定通り行われていた。その会合は本来ロルドールとアンディー・モッズが出席する予定だったが、今は宰相ロルドールだけである。対して会合の相手側は四都市連合中央評議員と同作軍部総長を兼任するヒューブ・クロックと、灰色のローブを纏った老齢の男だった。
「お悔やみ申し上げます――」
最初にそう切り出したのは灰色のローブを纏った男だった。五十代にも七十代にも見える男の名はザメロンという。これで杖でも持っていれば何処から見ても絵に描いたような魔術師であるが、本人が魔術を使う事が出来るかは不明である。分かっている事は、このザメロンという男が、四都市連合中央評議会の戦略顧問として長年カスペル・フリンテンを影で支えていた人物だということだ。今はコルサス王国に足場を固める四都市連合各ギルドの監督役として白珠城に出仕している。そんな四都市連合の影の実力者といえる人物からの言葉に宰相ロルドールは短く頷き、
「有能な男を亡くしました。我らとしてもこの損失は悔やまれる」
と返事をした。
勿論茶番である。
そもそも、今回の出来事に関わった者達はザメロンの手引きによってコルサス王国に進入した集団なのだ。その集団の名は「無明衆」という。南方帝国アルゴニアから派遣された彼等は、隠密、暗殺、情報収集、敵地かく乱の専門家集団である。
(白々しさもここまで来ると恐ろしく感じるな)
二人のやり取りにヒューブはそんな感想を持った。勿論彼の表情は動かないが、内心は二人の男が繰り広げる白々しいやり取りと、彼であっても実体を掴めない「無明衆」という存在に、ゾッとしながら聞いていた。
「トリムの太守は王子派へ逃げ込み、ターポの太守は病床の身。頼りとしていたタバン太守アンディーを喪失したことは痛手でしかありませんが、今は非常時、各都市の力を併せて王子派を跳ね返す所存です」
そう言うロルドールの言葉は、知らぬ者が聞けば、窮地に力を一つにしようとする者の決意に聞こえる。だが、内情を知る者にとれば「計画が一歩進んだ」と取れるものだ。おそらく、今後タバンに太守が置かれることは無いだろう。コルサス王国が三代に渡って推し進めた中央集権化の事業は、宰相ロルドールの元で
「同盟国として、我らも可能な限りの助力を約束しましょう」
ザメロンの言葉で、アンディーに関する話は終わり、その後は今後の四都市連合との協力に関する話題へと入って行った。
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会合の始めは王弟派領の東西で起こっている戦いの状況についてだった。西側タバン近郊で王子派西方面軍と対峙する戦線は相手側の消極的な動きのため、小康状態であった。この西側戦線については、実は王弟派というよりも四都市連合側にとって都合が良い状況であった。というのも、彼等はいよいよ親リムルベート色を強くしたデルフィルに対する軍事行動を意図していたのだ。
デルフィル系の海商がリムルベートの海商達と結託し四都市連合の交易利益を脅かす状況に、中央評議会は何らかの対策を打たなければならなかった。
一方、コルサス王国東部の状況は流動的だった。中原の覇者ロ・アーシラが何らかの干渉を行うことは予想されていたが、まさか虎の子の神聖騎士団を派遣するとは思っていなかった。それが、作軍部の本音である。しかし、
「神聖騎士団の投入などアフラ教徒へ向けた格好だけだ。彼等の主戦場は東方ヴァースケルドだからな」
と、ザメロンはさして問題視していなかった。それよりも、
「トリムから王子派領に逃げ込んだ住民達に乞われ、王子派が動き出した。これでトリムとターポの近辺は三勢力の三つ巴となった」
というロルドールの言葉が示す通り、今の状況は彼等が思い描いた理想の状態だった。
王弟派の目標は究極的にはコルサス王国を現王ライアードの血統の元で統一することだ。そのためには、守りの堅いディンスやリムンの北に籠る王子派を外へ引っ張り出し、打撃を与える必要があった。その目的に、敵対勢力である民衆派と外来勢力である四都市連合が入り乱れるターポとトリムの地域は打って付けであった。王子派をこの地域に深く引き込み、深刻な打撃を与えるためには、王弟派軍を一時的に退き、ターポとトリムを放棄して見せることも視野に入れていた。
また、宰相ロルドールの
一方、四都市連合側の目標は対立する中原地方の覇者ロ・アーシラの交易路をトリムとターポで断ち切る、というものだ。その上で、最西方オーバリオンでの陰謀や、独立都市デルフィルへの攻撃を成功させ、西方辺境域の交易掌握を目論んでいる。この目論見が成功裏に完成すれば、先の戦いでインバフィルをリムルベート王国に奪われた事実など「些細な事」と笑い飛ばせるほど莫大な利益を得る事が出来る。
しかし、四都市連合の計画は壮大である。全てを完遂するには十年近くの月日が必要と思われた。また、途中でコルサス王国が不平等な立場に異を唱える可能性もあった。そのため、四都市連合としては、自分達の傭兵戦力にコルサス王国王弟派が依存し続ける状態、つまり内戦状態を継続させる必要があった。
両者の思惑はかみ合っているように見えるが、その核心的な部分で完全には合致していない。「信頼は無いが協力は可能」という言葉が全てを表す、微妙な力関係で成り立った陰謀の取引関係であった。
「ターポの北のタトラ砦での戦線は最低でも今年の夏前までは保って頂きたい」
「良いでしょう。ただし、タバンの北に王子派が作った新しい砦の排除にはそちらから傭兵を出してもらいたい」
ザメロン、ロルドールの順で言葉を発し、
「勿論です。ヒューブ議員も異存は無いな?」
とザメロンが念を押すようにヒューブを見た。既定路線の結論に頷くヒューブは、呆れた気持ちが表情に現れないよう厳しい顔つきを保つのが精いっぱいだった。
Episode_22 民去りし国(完)
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