Episode_22.28 二人の騎士


 二月九日にタトラ砦に到着した王弟派第二騎士団の総数は騎士四百と兵士三千五百に上った。彼等がタトラ砦へ進出するに当たり、その一部はトリム城塞に留守居部隊として残されていた。その兵力不足を補う必要に迫られたオーヴァン将軍は、ターポから衛兵隊千人を動員した。そのため、トリムは言うに及ばず、ターポについても、当面の実質的な治安維持は四都市連合の傭兵部隊に任さざるを得なかった。後方の治安に不安を覚えるオーヴァン将軍であったが、それでも王都からの命令を完遂するため、彼に与えられた権限を最大限に行使し、最善を期した結果だった。


 そんなオーヴァン将軍は、タトラ砦進出と王子派軍との対決に際して再三にわたり王都コルベートに援軍を要請していた。それに対する返答は、将軍がタトラ砦に入ると同時に伝えられた。


 ――タトラの現地勢力の指揮権を与える。更に第三騎士団を援軍として派遣する――


 タトラ砦には、元々この砦を拠点として森の中の村々を管理し、リムン砦と対峙していた第一騎士団の部隊がいた。その部隊は二度にわたって王子派シモン将軍の軍と交戦した結果、少なくない損害を受けていた。残存する騎士と兵士は合わせて七百を下回る。彼等は王都からの命令を受け入れ、第二騎士団オーヴァン将軍の指揮下に入ることになった。その結果として二月十日の時点で、タトラ砦を拠点とする王弟派の勢力は騎士が四百四十、兵士が四千余人となった。


 また、王都から第三騎士団が援軍としてやってくる、という報せは第二騎士団の面々の士気を押し上げるものであった。王都からの返答は、ようやく王都コルベートも重い腰を上げた、と取れる内容である。現に援軍が来るという話は部下達にも伝わり、相応に士気を向上させるものであった。しかし、それを受け取ったオーヴァン将軍の表情は複雑だった。


(第三騎士団、妾腹ガリアノ様とレスリックの率いるあの部隊は千にも満たない少数ではないか)


 口にこそ出さないが、オーヴァン将軍は不満だった。これでは豪傑で知られる老将シモンを前に心もとない。


 因みにライアード王の妾腹ガリアノは、ライアードが即位する直前の短い期間、第三騎士団将軍としてターポに駐留していた。だが、ターポの街中で暗殺未遂事件に見舞われた後、王弟ライアードがコルサス国王に即位すると、白珠城パルアディスに呼び寄せられていた。そして、以後はライアード王の身辺を警護する名目で王都に留まっている。


 一説には、暗殺未遂を受け、妾腹とはいえ我が子であるガリアノの身を案じたライアードが、太守達や宰相との合議無しに兵力編成の大権を発動するため王位即位を了承したのではないか? という話がある。国王即位後最初の命令が第三騎士団の配置換えであったための噂だが、あながち嘘ではなさそうだとオーヴァン将軍は思った。


(ライアード陛下も、お気が小さい。王都に一万を超える軍勢を留めておいても、他の都市の守りが満足でなければ、コルサスは半島に孤立するばかりではないか)


 決して口には出さないが、オーヴァン将軍はライアード王の采配に不満を抱いていた。勿論生粋の武人である彼は、その事で忠誠心を曇らせたりはしない。だが、不満とも疑念ともつかないスッキリとしない感情は常に付き纏っていた。


 彼がそのように考えるのには、ライアード王の軍に対する采配以外にも、外国勢力である四都市連合の振る舞いが関係している。王都コルベートでは大人しくコルサスの国法に従っている彼等だが、ターポやトリムでの振る舞いはオーヴァンの目から見ても酷いものだった。それに対してオーヴァン将軍は何度も王都へ報告を行い、四都市連合傭兵部隊への是正勧告を求める意見書を出した。だが、王都からの返事は何もない。まるで、四都市連合の振る舞いを追認しているようなものである。


(まさか、ロルドール様が……いや、これ以上は止めよう。武人である私の考えるべきことではない)


 疑念が宰相ロルドールに及ぶと、流石のオーヴァンも考えを中断した。何といっても、宰相ロルドールは、オーヴァンを第二騎士団の将軍へ引き上げた恩人中の恩人である。


 第一騎士団は王家の嫡子や王の弟が伝統的に将軍を務めていた。だが、第二と第三に関しては本来諸侯の有力者のための座位であった。しかし、前王ジュリアンドの治世から既存の爵家貴族を排して中央集権化を進めたコルサス王国において、軍役の上位にある騎士は誰もがその地位に就く可能性があった。


 そんな状況下で第三騎士団は古くから存在する騎士家イグルの当主レスリックが世襲するように後を継いだ。一方、第二騎士団の最高位は、実力のある騎士達によって争われることとなった。だが、最終的にはロルドールの肩入れを受けた一介の騎士隊長オーヴァンがその任を受けることとなった。


 オーヴァン将軍が今の地位に在るのは、宰相ロルドールの力に依るところが大きい。しかも、二年前のエトシア砦攻略失敗から、ストラ、ディンスと立て続けに王子派の攻略を許した今も、オーヴァンの地位は変わらなかった。勿論、王都白珠城パルアディスでは度重なる失態に、オーヴァンの責任を問う声も大きかったという。だが、宰相ロルドールはそのすべてを退け、一貫してオーヴァン将軍を庇護していた。その理由が分からないようで、やはり分かる・・・オーヴァン将軍は、中央の政治に口出しすることを殊更控えるだけだった。


****************************************


アーシラ歴498年2月15日


 「タトラの渡り瀬」を巡る最初の戦いから四日が経過したこの日の午後、タトラ砦に王都コルベートから差し向けられた第三騎士団の援軍が到着した。だが、その数は騎士が五十に兵士が三百程度と少ないものだった。そのため、彼等を待ち構えていた砦の騎士や兵士たちの間には少なくない動揺が走った。


 一方、元々大援軍ではない事を覚悟していたオーヴァン将軍は動揺することなく、第三騎士団を迎え入れた。


「オーヴァン将軍、久しいな。小勢の援軍で済まぬ」

「レスリック将……いや、いまは副長だったか。貴殿が詫びる問題ではないだろう」


 第三騎士団を率いていたのはレスリック副長だった。彼は以前まで第三騎士団の将軍であったが、一連の敗戦の責任を受けて降格処分となり、空席の将軍位には妾腹ガリアノが就いている。


「陛下からは、オーヴァン将軍の指揮下に入るように、との命を受けている。よろしく頼む」


 元々反りの合わない・・・・・・・二人だが、三つばかり年上のレスリックは進んでオーヴァンに頭を下げた。こうなると、オーヴァン将軍も受け入れる度量を見せる必要がある。


「わかった。こちらこそよろしく頼む」


 色々と肚の中にわだかまるものを押し殺して、そう応じた。


 実は二人の反りの合わなさ・・・・・・・の原因は、冷静沈着でどこか達観した雰囲気を持つレスリックと豪胆で熱血な性格のオーヴァンの水と油のような性質の違いもさることながら、オーヴァン側がレスリックを執拗に敵視していることにあった。


 と言うのも、前王ジュリアンド急逝について、王の側に仕えていたレスリックが関係しているのではないか? という噂が根強く白珠城パルアディス内に残っており、オーヴァン将軍もその影響を受けていたからだ。前王の死の真相は、極めて限られた者以外詳細を知りえない。だが、現王のライアードも前王から仕える宰相ロルドールも、この噂に取り合おうとはしない。むしろ、一時任務を解かれ蟄居していたレスリックを復職させたほどだった。


(それでも、ジュリアンド様の側に仕えていた者ならば、不審な最期に一定の責任はあるはずだ。忠義に厚い真の騎士ならば、誰が責めなくても、進んでその責任を取るだろう)


 というのがオーヴァン将軍の考えだった。だが、レスリックは当時自領イグル郷で養育していた妾腹ガリアノを盾に取る形で復職し、今はそのガリアノを全面に押し立てる格好で王都に留まっている。少なくとも、オーヴァン将軍の目にはそう見えていた。


 だが王子派の南進という一大事を前に、疑念や批判は些細な私心、と割り切ろうとするオーヴァン将軍は、自身の思考を断ち切る意味でも言葉を発した。


「ところで、ガリアノ様や貴殿の片腕ドリム、それに自慢の猟兵の姿が見えないようだが?」


 その当然な質問に、レスリックが答える。


「ガリアノ様は妾腹とはいえライアード陛下の実子。この場に居れば総大将とならざるを得ない。それではオーヴァン将軍の指揮を乱してしまう」

「ほう……貴殿の考えか?」

「いや、宰相殿の意見だ。そのため、ガリアノ様は王都に留まっておられる」


 一瞬だけ、レスリックの表情が曇るが、その変化にオーヴァン将軍は気付けなかった。


「ドリムの方は、ガリアノ様の元に残してきた。猟兵も一部は置いてきたが、ここに来る途中でさとから補充を呼び寄せた」

「その割には姿が見えぬが?」

「彼等は正規の兵ではないからな……将軍の兵と要らぬ軋轢を呼ぶと思い、砦の外に配している」


 その後、レスリックの説明では、イグル郷から呼び寄せた猟兵と王都から連れてきた猟兵の数は合わせて五百。全員が砦の北に広がる森に展開しているということだった。


「ん? なぜ北なのだ? 前線は北東側のタトラの渡り瀬だぞ」


 その説明にオーヴァン将軍は素直な疑問を発した。だが、その疑問は直ぐに解消されることになる。二人の話し合いが終わりかけたころ、砦の中に二人の男が駆け込んできたのだ。


 獣の毛皮を剥いだまま体に巻きつけたような粗野ななりをした二人組は、丁寧にも、枯れ草や枝をその上に縫い付けている。遠くから見ると枯れた茂みがそのまま動いているようだった。近隣の村の猟師でもここまで念入りな擬態は行わない。彼等は紛れもなくイグル郷からやって来た猟兵であった。


「レスリック様、発見しました」

「そうか、で規模は?」

「まだ分かりませんが、五百以上、場合によっては千以上の部隊が少数に分かれて潜伏しております」


 目の前で行われるやり取りにオーヴァン将軍は疑問の声を差し挟んだ。


「何を見つけたのだ?」

「王子派の伏兵だ。思った通り、北の森に潜んでいた」


 ということだった。

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