Episode_22.26 スリ村の休息
アーシラ歴498年2月13日
ユーリーとリリアがトリムから連れ出した避難民五千の集団が森の中で民兵団の大隊と合流したころ、同じ森の西の端では王弟派軍と王子派軍が睨み合っていた。といっても、両軍がお互いの姿が見える距離で対峙していたのは二日前の十一日の事だ。今は、両軍とも兵を一度退くと態勢の立て直しに注力している。
睨み合う両者の拠点は王子派がサマル村、王弟派がタトラ砦だ。二つの拠点の距離は十キロも離れていないが、両者の間には南北に流れる南トバ側の急流があった。その急流が浅くなる「タトラの渡り瀬」で、二日前の二月十一日に一度戦闘が発生していた。
その戦闘は、シモン将軍率いる部隊が南のタトラ砦を威力偵察したことに端を発した。先日までは見られなかった第二騎士団の旗を掲げた砦から、騎士の一団が出撃してきたのだ。全騎が騎士という第二騎士団に対し、シモン将軍率いる部隊は三分の二が徒歩の兵士であった。そのため、迅速に後退する事が出来ず、タトラの渡り瀬の西側対岸で戦闘となった。
戦闘は最初、シモン将軍側が不利であった。足元が悪い河原を背にして敵騎士百騎の突撃を受けたシモンの軍勢は、歩兵を中心に被害を出した。だが、その状況を察知したロージ率いる遊撃兵団が河の東側の対岸から援護に入った。ロージ率いる遊撃兵団歩兵隊は全員が折り畳み装填式の山の王国製弩弓を装備している。一射の威力では通常の弩弓に劣るが、扱いやすさと連射性では通常の弩弓を上回る装備だ。しかも、彼等には傭兵団「骸中隊」が同行していた。骸中隊には熟練の弓兵が多く所属している。
対岸からの援護射撃を受けたシモンは辛くも部隊を東側へ渡河、離脱させる。そして、両者は河を挟んで睨み合った。騎士ばかりだった王弟派第二騎士団も、順次砦から弓兵が繰り出すと両軍の戦いは弓矢による射撃戦に変わった。そして、南トバ河を挟んだ遠距離攻撃の応酬は、両者痛み分けの結果を残し、その日の夕暮と同時に終息したのだ。
その翌日、二月十二日はトリムの街を大火が襲った日であったが、遥か東に離れたこの地では、その事件を知る者は少なかった。
夕暮前にサマル村の本陣に飛び込んできた若鷹から、足に括ったユーリーの書付を受け取ったレイモンド王子と騎士アーヴィル、その他数名だけが、トリムを襲った悲劇を知りえていた。
「なんと……街に火を放つなど、言語道断!」
ユーリーの書付からトリムの状況を知ったレイモンドは顔も知らぬ父親、前国王ジュリアンドから贈られた宝剣「
――避難民は五千に上る、しっかりと受け入れてくれ――
友はしっかりと役目を果たした。ならば、その後を引き受けるのは自分の責任だ。そのような考えは、難事をやり遂げた
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ユーリーとリリアが先導する避難民たちはオゴ村に留まる事無く、北のスリ村を目指した。元々オゴ村は規模が小さく、五千の人々が滞在すれば、村の人口は三倍を上回る事になる。当然、寝泊まりできる場所など在るはずが無かった。
一方、補給物資の集積が行われるスリ村には大きな幕屋が幾つも張られ、アートンやリムンから河を下り、その後この地に留まった物好きな木こり達が炊き出しを行っていた。その光景は、インバフィル戦争時にリムルベート側が占領したアドルム村のような印象をユーリーに与えていた。元の住民たちが姿を消した様子などは、アドルムにそっくりであった。
スリ村の住民たちは、レイモンド王子の説得を受け、一時的にリムンの街へ移ったということだった。そのため、現在のスリ村にはレイモンド王子派の軍属しか居ない状況だった。
そんな村に足を踏み入れたユーリーは、自隊の騎兵による出迎えを受けていた。
「隊長、よくぞご無事で!」
そう声を掛けてきたのは一番隊副長のパムスだ。その左右にはゼレとマットを先頭にガルシア、ホセ、ロンサ、ガッツ、ヨルマ、サジルが居た。騎兵一番隊全員が揃った状態での出迎えだった。
「五千の人々を無事に連れ出すとは……大手柄ですね」
とは、ゼレの言葉だ。それにマット以下の全員が頷いている。彼等は遊撃兵団長ロージが一番隊の隊長を兼任していた時からの騎兵一番隊員である。全員が元を正せば解放戦線の騎兵であった。だが、今はレイモンド王子の志に心底賛同している心強い古参騎兵である。ただ、全員が一番若いサジルでもユーリーよりも五歳年上というのが、隊長を拝命したユーリーには
だが、部下達はその事を気にする様子はない。事前にロージから色々と言い含められていたのだが、それを差し引いても、極めて特殊な任務を単独でこなして帰還したユーリーに、全員が向ける視線は信頼と尊敬のそれであった。そんな彼等にユーリーは言った。
「装備を整えたいのだけど、僕のは何処に?」
すると、パムスがその問いに答えた。
「スルの農夫の家に準備してあります。リリアさんの分も一緒です……お二人とも酷い格好だ、湯を準備させますので今日はお休みください」
万事心得た風に言うパムスに、ユーリーは逆にドギマギとした。そして、思いつくままに言葉を発する。
「ありがとう。ところで、一番隊への命令は?」
「特にありません、待機となっています」
「ならば、ロージ団長とその配下の傭兵部隊に連絡を取って欲しい。明日以降はそちらに加わる」
ユーリーの言葉は、スリ村までの道中で民兵団から聞いた戦況を受けての事だった。南トバ河の渡り瀬を挟んで、両軍は一触即発の状況だ。その状況に、神出鬼没を旨とする遊撃兵団が手をこまねいているとは思えなかったのだ。戦いを求める訳ではないが、トリムの状況を見た後のユーリーは、この内戦をいち早く終わらせる必要性を強く感じていた。そのためにも、目の前の一戦一戦に勝利を積み重ねる重要性を今まで以上に意識していた。
「分かりました。後ほどロージ団長に伝令を送ります。サジル! ユーリー隊長を案内しろ!」
副長パムスの言葉を受けて、若手のサジルがユーリーとリリアの二人を案内した。二人に宛がわれた農夫の家は、清潔に片づけられ、庭と家屋の境目にある
「では、明日朝参ります」
サジルは明るい声でそう言うと、二人を残して農夫の家を後にした。
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午後の日差しが少し西に傾くころ、スリ村の農夫の家では一週間以上の埃と垢をこそぎ落とす二人の姿があった。まだ二月半ばの外気は冬の寒さを色濃く残しているが、竈からの熱や、赤々と燃える囲炉裏の炎によって土壁作りの農夫の家は温かい。
土間には、一段上がった板張りの場所に囲炉裏が設えてあり、奥には寝室が二間という間取りの家は、この辺りの農夫の家としては一般的な造りなのだろう。
「ほら、薪とか勿体ないから」
「そうね……じゃぁ、一緒に」
尤もらしい理由だが、それはただの口実だ。しかし、それで納得した二人は土間に大きな木の
「ちょっとぉ、くすぐったいわ」
「あ、ごめんごめん。これでいい?」
「きゃっ、ちょっと……ん、良いかも……」
たらいの中で二人向き合い、リリアの両手を自分の肩に掛けさせたユーリーは、彼女の鎖骨から脇腹に掛けて、撫でるように手を滑らせる。どこか愛撫めいた手の運びにリリアはくすぐったがった。しかし、一旦下がったユーリーの手が再び何度か往復するうちに、鼻に掛った息を漏らすようになる。時折、ユーリーの肩に掛けた手が思い出したように引き締まった男の背中を撫でた。
まるで一皮剥いたように白く清められた女の肌が徐々に薄紅に上気する。湯のせいばかりでは無いだろう。そう思うユーリーの手はやがて膨らみを増してきた双丘の頂を掠めるような動きになる。
「んっ、あっ」
少しだけリリアの漏らす息が速まる。
「……綺麗だ」
そんな彼女に呟くように声を掛けるユーリーは、目の前で惜しげもなく全てを晒す女性の美しさに圧倒されていた。若いころに出会った二人が今の関係になるまでには、幾つも紆余曲折があった。そして初めて結ばれたカルアニス島の夜、もう離れないと誓った夜から既に一年半の月日が流れている。最初のころは、毎度毎度口から心臓が飛び出るほど緊張していたものだ、とユーリーは思い出す。時には求める気持ちが愛情なのか欲情なのか、彼自身分からなくなる時もあった。だが、何度も共に死線を潜り抜けた今ならば、迷う事無く言う事が出来る。
「愛している、リリア」
今は肩に手を回し、ユーリーの手の動きに集中するように目を閉じているリリア。その上気した頬、悩ましく寄せられた眉、甘く開いた唇、洗い髪から覗く少し尖った耳、全てが愛おしく感じられた。そしてユーリーは気持ちの赴くままに彼女の背中に腕を回し強く抱き寄せようとするのだが、
「は……はっ、はっくし!」
抱き寄せられたリリアは、ユーリーの耳元で小さくくしゃみをした。
「あっ……ごめん、ちょっと冷えたね」
「え? ……そ、そうね、上がりましょうか」
ユーリーの声に、少し恥ずかしそうなリリアだった。
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なんとなく、
「う~ん、塩漬け肉と乾燥野菜……あ、干しキノコがあるのね。じゃぁ……野菜とキノコの煮込みで良い?」
「良いね。聞いただけでお腹が鳴るよ」
と言う事で夕食の献立が決まった後、ユーリーは
「ちょっと、村の様子を見てくるよ」
「分かったわ。行ってらっしゃい」
そんなやり取りの後にスリ村の様子を確認するため外出した。
外に出たユーリーは、補給物資の集積所やトリムからの避難民の様子を確認し、厩舎代わりの幕屋に繋がれた自分とリリアの馬にブラシを掛けた。その後は、スランドやガン達と言葉を交わし、彼等が問題無くスリ村に滞在していることを確認した。矢傷を受けたガンの妻メサは、スリ村に設営された臨時の救護院で治療を受けているということだった。ケタケタと機嫌良く笑う赤子を抱いたガンは、何度も繰り返した感謝の言葉を飽く事無くユーリーに投げかけたという。そして、日差しが西日に変わり始めたころ、ユーリーはリリアが待つ家に戻った。
家の前に立った時点で良い匂いが漂っていた。その匂いに引き寄せられるように家の中に入ったユーリーは久々に麦粥以外の食べ物を目の前にしていた。あり合わせの材料を煮込んだだけの料理と、数日前に焼かれたパンのみだが、何とも美味しそうに映った。しかも、
「さっき、ユーリーの隊の副長さん……」
「パムスさん?」
「そうそう。そのパムスさんが来て、コレを、って」
とリリアが指さすテーブルにはワインの壷が置かれていた。
「そんなに気を遣わなくてもいいのにな」
「やり難いんでしょ? なんとなく分かるわ」
三十代後半の副長による気遣いにユーリーは苦笑いを浮かべると、リリアも同じような表情になった。現に彼女は副長パムスから「奥様」などと呼ばれて返事に困ったばかりだったのだ。
「その内慣れるかな?」
「慣れるしかないわね」
そう言い合う二人は、その後鍋の煮込みを分け合い、貰い物のワインに口を付けた。そして、夕日が森の梢に沈むころには食事を終えて寝床に潜り込んだのだった。二人がさっきの続きを楽しむのは、その後の事であった。
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