Episode_22.16 揃わぬ足並み


 トリム城砦内に建つ居館の三階は嘗て王子スメリノが嗜虐の限りを尽くした拷問部屋であった場所だ。だが、当時の名残である拷問器具は全て取り払われ、今は会議室のようにがらんとした空間になっていた。そんな部屋では王弟派第二騎士団の主要な面々がトリムの街の地図を前にして部隊配置を議論していた。部下から提案される部隊配置について、その意味と進路を厳しく吟味するのはオーヴァン将軍である。


 「王の剣」と称される騎士団の将軍らしく、彼は城砦内でも重厚な甲冑に身を包んでいた。その緊張感は部下達にも伝わっている。彼等が議論を交わしているのは街の東に存在する「アフラ教会」への攻撃計画であった。三日後に計画された総攻撃の最後の詰めとも言うべき議論であった。


 だが、議論白熱する会議室に一人の伝令兵が飛び込んでくると、その様子は一変した。その兵士はオーヴァン将軍に何事かを報告すると、命令書のような書状を差し出した。


 しばらく後、会議室からは憤懣やるかたないオーヴァン将軍の怒声と机を強く叩きつける音が響いて来たという。


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 昨年末から今年初め「大分節祭」を選んで仕掛けた「解放戦線」への攻撃は思わぬ敵の増援 ――ロ・アーシラが誇るアフラ教会神聖騎士団―― の介入によって不調に終わっていた。トリムの街の東から北へ広がる居住区で繰り広げられた市街戦はいたずらに被害を拡大させた末に、それ以上の進展も無く三日目の午後に両軍が兵を退く格好で終息していた。


 結果的に「解放戦線」側の被害の損失が大きかった戦いである。しかし、オーヴァン将軍はそれを「勝利」とは評価できなかった。戦略目標であった街の東の「アフラ教会」は無傷で残っている。その上、戦いを契機としてトリムの住民は一層強い反抗態度を示すようになったのだ。彼等の反抗は、トリム港の港湾労働者の半数が仕事を放棄する、という形で現れた。その結果、トリム港は機能不全の状態に陥りかけた。


 港湾労働者の半数が職場を放棄した現状に、オーヴァン将軍は仕方なく「民衆派」とは立場を別にする住民達を徴集すると、港湾の荷役作業に当たらせた。彼等は主に街の北西区画に広がる貧民街の出身者達だった。昨年の事件で、四都市連合の傭兵部隊から酷い暴力を受けた人々であるが、そんな彼等が四都市連合のために港で働かざるを得ない・・・・・・・・のは酷い皮肉であった。


 尤も、誇り高いコルサス王国の騎士であるオーヴァン将軍は強制的な労働をか弱い貧民達に強いるのは本意ではなかった。しかし、事情を知るつもりも無い王都コルベートからの命令は厳然と貧民達へ強制労働を課すように命じていた。背後で「四都市連合」から、港の機能を維持しろ、という圧力が掛かったことは、政治に疎いオーヴァンにも一目瞭然であった。そのため、


「陛下や宰相殿は一体何を考えておるのだ……」


 と普段は揺るぎの無い忠誠を王国に捧げるオーヴァン将軍であっても、人知れずそう呟いていたという。


 しかし、そんなオーヴァン将軍も、王都に対する疑念にかまけて・・・・いる暇は無かった。彼の元には、


 ――二月の中頃までに解放戦線とアフラ教をトリムより駆逐せよ。万が一、次の攻勢に失敗した場合、それ以後の治安維持活動は四都市連合の「傭兵部隊」に移管し、第二騎士団はコルベートへ帰参。王城へ出頭せよ――


 という国王ライアードの命令が届いていたのだ。失敗すれば更迭をほのめかす命令である。また、栄光ある「王の剣」コルサス王国第二騎士団の騎士として、国王の命令は絶対であった。そのため彼は、後方ターポに残していた部隊にもトリムへの移動を命じると、二月の初めに再度攻勢を仕掛ける準備に取り掛かっていた。


 そして、一月下旬にトリムの街に集結した第二騎士団の総数は、騎士五百と兵士三千である。彼等は民衆派と解放戦線の拠点である「アフラ教会」への総攻撃に向けた準備を終えようとしていた。しかし、攻撃を三日後に控えたこの日、彼等の元に「王子派軍南進」の報せと共に、再び国王ライアードの命令書が届いた。


 ――第二騎士団は至急タトラ砦へ向かい、王子派に占拠されたサマル、スリ、オゴの村々を奪還せよ――


 先の「トリムから解放戦線とアフラ教を駆逐せよ」という命令と相反する命令であった。また、その地域 ――ターポとリムンを結ぶ細い街道上のタトラ砦―― は本来第一騎士団の担当でもあった。理不尽な命令とも取れる内容に、オーヴァン将軍は部下の前で一時激昂していた。だが、彼は怒りを何とか静めると、現地の状況を書き綴った手紙を王都に送る。


 その手紙で、オーヴァン将軍は二方面で同時に作戦を展開するためには兵力が不足していると正直に書き、王都に存在する第一騎士団の援軍を願った。だが、王都からの返事は、


 ――後命優先。兵力不足は当地に駐留している『四都市連合』の傭兵部隊の協力を仰げ――


 というものだった。結局このやり取りに一週間を費やしたオーヴァン将軍と第二騎士団は、トリムの街の現状維持・・・・を四都市連合の作軍部長に委託すると、騎士百騎と兵千人をトリムに残し、ターポへと転進する事になった。


 既に解放戦線への総攻撃の機会を逸し、また、素早い展開を見せた王子派軍に足場を固める時間を与えた上で反撃である。その不利を充分に承知しているオーヴァンは重い溜息を呑み込むと、部下を鼓舞する声を発した。


「我らの主敵は王子派! 逆賊レイモンドを討ってこその王の剣だ!」


 流石に王弟派の名立たる猛将の檄である。兵士や騎士達はその声に応えると、勇ましくトリムの街を後にした。ただし、トリムの街の住民で彼等の見送りをする者の姿は皆無だ。寂しい出撃であった。


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 一方、三つの村を押えた王子派の軍は、まるで肩すかしを食らったような平穏な日々を過ごしていた。


「ここは、王弟派の支配域で間違いないのだな?」


 シモン将軍が素っ頓狂な疑問を発するほど、王弟派から何の干渉も無いのだ。


「ならば、もう少し南のタトラ砦まで陥として見せよう」


 という、勇ましい発言になるのも無理は無い。しかし、老将軍の思い付きによる発言はスリ村に設営された本営で、マーシュ、ロージ、アーヴィル、そしてレイモンド王子の全員から否定されていた。


「シモンが言うことも分かるが、王弟派の魂胆が分からん。無用に支配域を広げると脚元を掬われ兼ねない」

「むむぅ……御意のままに」

「ところで、補給物資の状況はどうなんだ?」


 第三陣である遊撃兵団と共に本営入りしたレイモンド王子は、シモン将軍の提案を退けると、懸案であった補給物資の到着具合を気にする。


「食糧、装備品、共に問題ありません。しかも、リムンの木こり達が相当に頑張ったらしく……」


 そう言い掛けるのは直衛部隊と補給部隊を指揮する騎士アーヴィルだ。


「どうしたアーヴィル。木こり達が何と?」

「いえ、空荷の筏のみが沢山流れてきており……木こりに確認したところ、遊撃騎兵の隊長に依頼されたと。なんでも敵から村を守るために長さの揃った材木が沢山必要だ、と言われたようです」


 予定外の木こりの行動を説明するアーヴィルであるが、不意に発せられた「遊撃騎兵」という名に、一同の視線はロージ団長に向かった。だが彼は「そんな指示はしていない」と首と手を交互に振って関与を否定した。


「まぁ良い。確かに敵勢力と最も近いサマル村の防備を固めることは必要だ。その木材は?」

「私もそう思い、サマル村へ送る手配をしております。マーシュ団長の民兵団とコモンズ連隊には野戦築城をお願いします」

「分かった。しかし……誰が言い出したか、何となく分かるというのも、面白い話だ」


 アーヴィルの言葉に答えるマーシュはそう言う。全員が思っていた考えを代弁するような言葉であった。


 その後、スリ村の本営ではしばらく軍議が続くと、「斥候偵察の強化」、「サマル村の防備強化」、「オゴ村への食糧援助」などが決まった。そして、軍議は本題へと入った。レイモンド王子が口を開く。


「ターポとトリムの状況が分からない。敵はどのような反攻を意図しているのか? また、ターポやトリムの住民達の現状も知りたい。そもそも、我らがここに進出した理由が周知されなければ意味が無い」


 確かに、今回の南進は勢力域の拡大を狙ったというよりも、レイモンド王子の義憤によるところが大きい。その意図は「苦しむ民を保護する」というものだ。しかし、その目的を実現するためには、トリムやターポの人々に王子派軍の意図を報せる必要があった。


「やはり、人を送り込むしかありませんな」

「だが、あの冒険者は……流石に休養が必要だろう。それに、我らは彼に強制出来る立場では無い」


 アーヴィルの言葉にマーシュが応じる。あの冒険者とは「飛竜の尻尾団」のリコットの事である。現在はトリムから連れ出した人々の代表のように、ギムナン老人と共にアートンに留まっている。また、神蹟術によって癒されたとはいえ、療養が必要な状態であることも確かであった。


「うむ……たとえば、遊撃兵団や傭兵の中にその方面の技能に通じる者は居ないのか?」


 とはシモン将軍の言葉である。老齢ながら時折見せる発想の柔軟性は、四十代中盤のアーヴィルやマーシュ、ロージに引けを取らない。そして、彼の言葉に何かを思い付いたロージはレイモンドとアーヴィルを見る。二人もロージを見返していた。そこには一致して連想された人物があった。


「反対です……危険過ぎます」


 とはアーヴィルの言葉だ。彼の出自からして、当然の危惧である。一方ロージは、


「だが、最適任だと思います」


 と言う。実力を知り評価している者の言葉だ。そして、


「結局、二人に聞いてみるしかない。嫌だと言われれば、それ以上は決して言わない」


 そんなレイモンドの言葉は、親友とその連れ合いに敬意を払った一言だった。

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