Episode_22.14 戦闘態勢
レイモンド王子が発した集結命令により、アートン城には各地に散らばっていた軍勢が集結した。その陣容は、アートンを本拠地とする中央軍本隊の騎士二百と兵士千、ダーリアを本拠地としていた民兵団兵士二千、トトマ近郊を巡回していたコモンズ連隊六百、そして各地に散っていた遊撃兵団の騎兵百に歩兵千である。更にはトトマに留まっていた傭兵団「オークの舌」と「骸中隊」傭兵四百余人の姿もあった。一方、リムン砦には東方面軍騎士二百と兵士千五百が南進の先鋒を務めるべく準備を進めている。
その数は騎士四百に騎兵百、兵士と歩兵が六千百に傭兵が四百という規模であった。ディンスに駐留する西方面軍と、ダーリアの新兵二千、更に主要な街に配した衛兵団を除けば、王子派の全勢力である。
ただし、命令系統を別にする六つの勢力の寄せ集めは集団指揮に悪影響を与え兼ねない。そのため、一部の集団は再編成されることになった。その結果、総勢七千に届く軍勢はレイモンド王子を総大将とし、シモン将軍、マーシュ団長、ロージ団長が指揮する三つの軍集団に整理された。
その内訳は、シモン将軍が中央軍本隊と東方面軍と統合した元騎士団中心の部隊を指揮し、マーシュ団長が民兵団とコモンズ連隊の指揮を、そしてロージ団長が遊撃兵団と二つの傭兵団の指揮を受け持つというものである、一方、騎士アーヴィルはレイモンド王子の直衛兼補佐という形で数少ない近衛兵団と輜重兵部隊を率いて、王子の周辺を固める任務に当たる事となった。
戦力の集結と統合はこのように円滑に進んだ。その一方、補給物資の調達もまた順調であった。宰相マルコナと筆頭家老ジキルの指揮により、ダーリアの穀物市場に徴発令を出すとともに、アートン城の兵糧庫も溜め込んだ物資を放出した。それらはアートンの南に位置するレムナ村へ続々と集まりつつあった。また、それを運ぶ筏の準備はアートンやリムン周辺の木こり達によって着々と数を揃えつつある。全体として準備は順調に推移している。
「作戦開始を一週間後の一月末とする」
そんな状況下、レイモンド王子は南進開始時期を一月末と定めた。そして、遥か西のディンスに駐留する従弟マルフル将軍に「牽制攻撃開始」の命令を発していた。
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レイモンド王子の命令を携えた鳩がアートン城から西を目指して冬空を飛ぶ。
その空の下、長く城内に籠り、補給計画の立案や軍団編制に携わっていたユーリーは数日振りに城外へ出た。色彩に乏しい盆地の斜面に出来た坂ばかりの街並みである。しかし、冬の昼間の白っぽい日差しを照り返したアートンの城下町は、ユーリーには妙に眩しく感じられた。
この日のユーリーは自由時間を得て外出したのではない。ロージ団長の命を受けて傭兵団「オークの舌」と「骸中隊」に連絡を付け、命令系統を整理する話し合いを命じられていた。因みにロージ団長からは、
「傭兵とは一癖二癖、難の有る連中だ。その点、ユーリーの経験と実力なら十分に連絡役にもなるだろうし、場合によっては実戦指揮を任せることも考えている」
という話があった。遊撃兵団はその生い立ちから自由な風紀が持ち味である。しかし、そんな彼等を束ねるロージであっても、傭兵達を別世界の存在のように見ている節があった。それは、ロージの出自が失地領主ながら騎士家出身であることに起因したものだろう。それを感じ取っていたユーリーは、
「まぁ指揮云々はさて置いても、ウマく遣りますよ。ジェイコブさんもトッドさんも知らない相手じゃないし」
と、ロージを安心させる答えを返していた。騎士が云々と、そんな考えを抱いたのは既に過去の事だ。自分が何者であれ、他者が何者であれ、今のユーリーにはそれに固執する考えは全く無い。ただ、
(レイが思う国になればいい。民が治める、そんなお題目は別にしても、レイが治める国ならば……)
という気持ちがあった。それは、公明正大や公平平等という概念から発した考えではない。自分のただ一人の身内であるリシアが愛するレイモンドの望み。そして、民を思い、実直で不器用ながら熱い心を持った親友レイの望み。それを叶える一助になりたいという気持ちであった。それは、アルヴァンやヨシンに向ける友情と同種である。そして、ユーリーがこの場に居るのは、他の二人に比べて今のレイモンドが多くの助けを必要としているからに他ならない。
(姉さんがレイと結婚したら……王妃様か。あんなに
ユーリーはそんな空想を遊ばせながら通りを下ると一軒の宿屋に向かう。「岩窟亭」と看板が掛かった宿屋はアートンでは大手の宿屋で、この店の他に数軒の支店を営業しているという。その本店に目当ての人物達が居るはずだった。
「御免下さい!」
ユーリーは宿屋の入口から中を覗くようにして首を突っ込みながら言う。外の明るさに比べて暗い店内に、ユーリーの視界は一瞬闇に沈む。その瞬間、返事では無く、誰かが勢い良く駆け寄ってくる気配を感じた。まるで飛び掛かって来るような気配に不意を突かれたユーリーの右手は「蒼牙」の柄を掴むか迷う。しかし、その手は途中で止まった。懐かしいと言うほどではないが、記憶に馴染んだ匂いを感じたのだ。そして、ユーリーの右手が緊張を解くと同時に、若い女の声が宿屋の一階に響いた。
「ユーリー! ごめん、来ちゃった」
そして、勢いに任せて飛び込んできたリリアは、そのままユーリーの腕に抱きとめられていた。
「リリア! なんで?」
「えっと……まぁ、色々?」
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「岩窟亭」本店は殆ど「オークの舌」と「骸中隊」の貸し切りとなっていた。そして、関係者以外の姿がない宿の一階で、ユーリーはジェイコブとトッドという二人の首領と面談していた。因みにユーリーの隣にはリリアが身体を寄せるように座っている。ユーリーは彼女から、彼女がここに居る
「まぁ、これも運命だな。ユーリーとお嬢ちゃんの間には
まるで
「で、俺達は遊撃兵団の隷下と言う事だが、具体的な任務は?」
と、こちらは愛想の欠片も無い現実的な言葉を発した。それに対し、ユーリーは用事を思い出すと、二人の傭兵団首領に任務を告げる。それは、
「我々は第三次部隊として南進。その後、麓の村々の南東、森の中へ進出します。以後は周辺の監視と、トリムに対する牽制攻撃が任務になります」
というものだった。そしてユーリーは、
「遊撃兵団が同じ任務に当たります。僕の騎兵一番隊が本隊との連絡任務を行いますので、これからは頻繁にやり取りを行う事になります」
と告げていた。
「ははは、ブルガルトがどうしても部下に欲しいと言っていた兄ちゃんと一緒に仕事か……アイツ西のオーバリオンなんかに行かず、一緒にこっちへ来ていれば良かったのにな」
「俺達には、俺達のやり方がある。それを尊重して貰えないのならば、仕事中でも降りるぞ」
ユーリーが告げた任務の内容に、ジェイコブとトッドはそれぞれ癖のある返事をした。そんな二人にユーリーは具体的な集合場所と時間を告げると、懐から傭兵契約の書かれた羊皮紙を取り出し、二人の前に置いた。
「一応流儀には従うのか」
「まぁ、契約は大切だな」
そう話すジェイコブとトッドは夫々の契約書にサインをした。それを見届けたユーリーは、肩の荷が下りたように思わず隣のリリアに
「なんだか疲れてるみたいね……ユーリー、大丈夫?」
「ああ、このところずっと城の中で打ち合わせや書類作りだったから……気疲れだよ、大丈夫だ」
心配そうな声を発するリリアにユーリーは笑顔を作って答える。寄り添いながら言葉を交わす様子は馴れ合った男女そのものの雰囲気であった。
「まったく……魔犬も喰わねぇな。お嬢ちゃん、鬱陶しいから別の宿に二人分の部屋を取りな」
その様子を冷かすジェイコブは、言葉の割には温かい笑顔だったという。
ユーリー達遊撃兵団と傭兵団がアートンから出発するのは、先陣を務めるシモン将軍隷下の軍が攻撃を開始した四日後となっていた。それまでの十日間、ユーリーとリリアはジェイコブが言う通りに「岩窟亭」の支店を宿として過ごした。城勤めの合間、夕方から翌朝までが二人の時間であった。朝はまるで千日の別れを惜しむように城へ向かうユーリーを見送り、夜は十年振りの再会を喜ぶように抱き締めあう。そんな明け暮れを過ごす若い二人の姿は、大勢の兵士や騎士でごった返したアートンの城下町の風景に紛れ込んでしまっていた。
しかし、二人がアートン城を出発する日は確実に一日一日、近くなっていた。
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