Episode_22.10 余計なお世話?


 半閉式の兜の面貌を下ろしたユーリーは抜身の魔剣「蒼牙」を片手にシモン将軍の援護に回る。目の前では、二十以上の敵騎士に囲まれた老将軍が槍を振るい、敵を寄せ付けまいとしている。しかしその形勢は流石に多勢に無勢、不利なように見えた。敵の騎士達は徐々に包囲を狭めていたのだ。


 ユーリーは最大速に近い馬上で、シモンと敵騎士そしてその周辺の状況を見極める。


(落馬した騎士……あれは指揮官だな)


 戦いに加わっていないのは落馬した四名の騎士。一人は血を流してこと切れて・・・・・いる。もう一人はぐったりとして動かず他の二人の騎士に介抱されている。介抱されている騎士の兜の羽根飾りが他と違うため、ユーリーはその騎士が指揮官だとひと目でわかった。そして、視線をシモン将軍に戻す。すると、形勢不利に見えていた様子が、近付くにつれ違うと分かった。


(そうか、半端に包囲されれば攻める側は馬の機動力が使えない……反って邪魔になるんだな)


 ということだった。


 シモンに殺到した敵の騎士二十余騎余は、攻撃に移ろうとしてしばしば隣の味方とぶつかり合っていた。まずい攻め方である。技量が足りないというよりも、大勢で一人を集中的に攻撃する訓練などした事がないのだろう。彼等は只、


「囲んで討ち取れ!」


 と勇ましく声を掛けているだけである。だが、肝心の包囲もシモン将軍が巧みに馬を操り続け、容易に包囲されないように動けば難しい。まるで柳の枝のようにゆらゆらと位置を変えて包囲を躱すシモンの戦術に、敵の騎士達は益々いきり立って・・・・・・打ち掛かって行く。彼等は自分達の背後、つまり味方の二個百人隊の苦戦や、迫りくる一騎の騎兵ユーリーを全く注意の外に置いていた。真っ先に敵の指揮官を行動不能にしたシモンの思惑がここにきて功を奏していた。


 だが、シモンの方はユーリーが見たほど余裕では無かった。流石に一度に何本も繰り出される馬上槍の穂先を捌くには集中力が必要だ。そして、集中力というものは体力に比例して弱って行く。特に老齢と言われてもおかしくない老騎士であるシモンにとっては、槍を操る技術よりも体力と集中力の方が問題であった。


 何度も危ない一撃を紙一重で躱す。いや、躱し切れずに彼も愛馬も幾つか傷を受けていた。だが、そんな時ほど、


「どうした、まるで赤子のままごとだな! 王の鎧は騎士ごっこ・・・がお好みか!」


 と、敵を罵倒して虚勢を張るのだ。もしも二十年前のシモンならば、この状況から敵を削り逆に勝利することが出来ただろう。だが、加齢は重く残酷に老騎士へ圧し掛かる。シモンがその挑発を言い終えた瞬間、息を吐く一瞬の間が隙となってしまう。その一拍の間隙に、偶然にも敵の若い騎士二騎が、激昂しつつ体当たりのように馬をぶつけて来たのだ。


「うぬぉ!」


 馬上で大きく姿勢を崩すシモン。そこに組み討ちを仕掛けるように別の騎士が取り付くと、一気に馬上から引きずり落とした。


「取ったぞ! 老い耄れシモン!」


 まるで勝利を宣言するように、その騎士はシモンに馬乗りとなると腰の短剣を抜き放つ。だが、その短剣がシモンに突き立つことは無かった。


 ビュン――


 風を切る矢の音が一度鳴る。そして古代樹の短弓から撃ち出された矢は、その騎士の手甲ごと掌を射抜いていた。


****************************************


 ユーリーは駆け寄る馬上で一瞬の躊躇を覚えた。それは、


(敵を背後から襲ったら、後でシモンさんに叱られそうな……)


 という、戦場には似つかわしくない躊躇だった。だが次の瞬間、シモンが地面へ引き倒されると、その考えは霧散していた。ユーリーは無意識に掴んだ古代樹の短弓に矢を番えると、シモンを組み伏した敵騎士の手甲を一発で射抜いていた。そして、弓を背中に戻す間も惜しいように今度は右手の「蒼牙」を構え直す。既に魔力で満たされた魔剣は存分に増加インクリージョンの効果を発揮すると、ユーリーの意図した不慣れな魔術の発動を助けた。


 虚空に十本・・の青白い電光の矢が浮かぶ。それは次の瞬間、ユーリーと地面に倒れたシモンの間を塞ぐ騎士達の上に細い雷のように降り注ぐ。


 バチバチ――


 と薄絹を引き裂くような音が響き細かい火花が周囲に飛び散る。それは火炎矢ファイヤアローの雷撃版ともいうべき雷撃矢ライトニングアローである。殺傷力という点では少し劣るが、着弾と同時に周囲へ電撃を走らせ対象を瞬間麻痺の状態に陥れる効果がある。


 その直撃と側撃を受けた騎士達、特に彼等の騎馬は電撃によって硬直する。そこへ切り込んだユーリーは、右手の蒼牙と、左手 ――ミスリルの仕掛け盾に短弓を握った状態だが――の交互で魔力衝マナインパクトを発動し、雷撃直後の敵騎士を文字通り打ち払い、撥ね飛ばす。そして、シモンまであと少しという所まで到達したが、


「させるか!」


 不意に左側から二騎の騎士が飛び出してきた。先程シモンに体当たりを喰らわせた若い騎士だ。二騎は馬上槍をユーリーへ向けて振るう。その内一つは真上から頭を狙って振り下ろす一撃。もう一つは真っ直ぐに喉元を突く刺突だ。だが、ユーリーはその息が合った連係攻撃にも冷静だった。


 頭上から振り下ろされる馬上槍の穂先を左手に取り付けたミスリル製の仕掛け盾で防ぐ。そして喉元へ迫る一撃は「蒼牙」の刀身で小さく横に払い除けた。穂先が肩口の装甲で跳ねて後方に流れる。その時には愛馬をグッと前に進めたユーリーの「蒼牙」が、逆にその騎士の喉元に切っ先を埋め込んでいた。


「ぐえぇ……」


 断末魔と共に血潮が上がるが、ユーリーは構わず「蒼牙」の切っ先を敵の喉から引き抜くと、次に備える。頭上への馬上槍の攻撃を防がれたもう一騎の騎士は槍を手放すと片手剣ロングソードを引き抜いたのだ。その若い騎士は、引き抜いた片手剣ロングソードで、あろうことか・・・・・・ユーリーの騎馬の首筋を切り付けてきた。


 それは騎士としてはあるまじき・・・・・行為である。だが、ユーリーとしては相手の騎馬を狙う攻撃は当然の一撃だった。そんなユーリーは慌てず、対処を愛馬に任せた。彼が駆る黒毛の軍馬は只の軍馬ではない。彼にとっては兄と姉のようなデイルとハンザから贈られたラールス郷の賢い軍馬なのだ。その証拠に、ユーリーの馬は、まるで一流の剣士のように、その切っ先をフワリと横に躱して見せた。


「なんと!」


 若い騎士は驚愕の声を上げるが、片手剣ロングソードを振るった腕は伸びきっている。そして、剥き出しとなった重装鎧の関節の継ぎ目は、ユーリーにとって丁度良い標的であった。


 ピュッ――


 と「蒼牙」の剣先が風を切ると、その若い騎士は内肘の筋を切られて剣を取り落としていた。その騎士は腕を押えて悶えるが、その時既にユーリーは敵騎士を突破しシモンに駆け寄る。そして立ち上がったシモンに手を差し伸べた。


「状況は優勢! 退きましょう!」

「若造! すまない」


 ユーリーが思った以上に素直な様子で、シモンはユーリーの手を取ると引き上げられる儘に鞍の後ろに跨る。だが、その瞬間、老将軍の背中に「グキリッ」という鈍い音と痺れるような感覚が走った。思わず呻き声が漏れる。


「シモンさん、どうしました?」

「な、なんでも……無い。何でもないぞ! さぁ味方に合流だ!」


 顔面に吹き出す脂汗を悟られまいと、シモンは殊更大声をユーリーの耳元で放っていた。そして、二人が乗った一頭の黒馬は引き返すように優勢な味方の背後へ戻る。彼等を追う王弟派の騎士は一騎も無かった。


****************************************


 騎士の突撃は一過性のものだ。歩兵はその瞬時の攻撃に耐え、粘り強く持ちこたえれば勝機を見出す事が出来る。だが、それには不退転の決意と命懸けの献身が必要な難事である。


 この時、王弟派の二個百人隊には、その両方が欠如していた。そして、王子派の騎士と騎兵に押されるままの戦場には、王子派の後続兵である二個歩兵小隊が合流を果たしていた。彼等は、駆け付けた勢いのままに、王弟派の歩兵達を南へ押し返した。


 そんな状況に至り、王弟派の軍勢は戦線を維持する事が出来ず、歩兵隊から順に潰走を始めた。また、騎士隊は重傷を負った騎士隊長を庇うようにしており、他の騎士達は機動力を発揮できないでいた。


「こら、勝手に後退するな!」

「まて、逃亡は重罪――」


 そんな騎士達は、逃げ出す味方の歩兵にそう言うが、誰も聞いていない。その状況に彼等も、


「一旦村に戻り態勢を立て直そう」

「王子派の積極攻勢だ、ターポに援軍を求めよう」


 と、言い訳がましく言うと、逃げる歩兵の後を追い、撤退して行った。


 一方、王弟派の後ろ姿を見送る東方面軍の騎士や兵士、それに遊撃騎兵隊一番隊は勝鬨の声を上げることも忘れると、無事だった人々をリムン砦に収容することに専念した。報せを受けて、坂上のリムン砦から駆け下りてきた荷馬車数台にリコットを含む怪我人を乗せ、集団は坂道を登る。


 この日の戦いは午後の中程で終結していた。


****************************************


 終始蒼い顔色のシモン将軍は、自らの愛馬が戻って来てもユーリーの騎馬の上から離れようとしなかった。実際には腰から下に疼痛を覚え、足先が痺れているのだ。とても馬から降りられる状態ではなかった。


「……シモンさん?」

「うむ……若造、実はな――」


 ユーリーは自分の騎馬に戻ろうとしないシモン将軍に疑問を感じると問い掛けた。すると、シモン将軍は苦々しい様子を滲ませた小声で事情を打ち明ける。


「すまぬが、部下の手前情けないところは見せられない。このまま……」

「わかりました」


 何とも彼らしい見栄の張り方だが、指揮官として威厳を保つことは部隊の士気に直接かかわる重要な点なのだ。指揮官は厳しく部下に命令を下すが、その一方で常に部下の視線に曝されている。常に部下から資質を問われている、といっても過言ではない。そして、部下に「命を賭けろ」と命じ、その命令に部下を従わせるには、相応の「何か」が無ければならない。その「何か」を、自分自身を厳しく律する事で体現するのがシモン将軍の流儀やり方なのだ。


 その意図を汲んだユーリーは、


「将軍の馬は怪我をしていて乗ることが出来ない。誰か砦まで曳いてやってくれ!」


 と言う。すると、直ぐに東方面軍の騎士が駆け寄ってきてシモンの愛馬の手綱を取った。


「余計なお世話、とは言えぬな……助かった」


 その様子にユーリーと同じ馬に跨るシモンはボソリと礼のような言葉を述べた。だが、ユーリーは敢えてそれを聞こえなかったように無視した。


 そして二人を乗せたユーリーの黒馬は他の騎士や騎兵と合流すると、砦へ向かう人々の最後尾に付け、南を警戒しながら進む。人々の集団が無事リムン砦に収容されたのはこの日の夕暮れ前であった。

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