Episode_22.09 リムン砦の麓の戦い Ⅱ


 トリムの街から逃げ出した人々が、麓の村付近で王弟派の兵士に襲われていたころ、ユーリー率いる遊撃騎兵一番隊は、越境偵察部隊の本隊と合流していた。完全に任務外の行為であるが、砦内で手持無沙汰な時間を持て余す彼等に、


「お暇なら、シモン将軍の部隊指揮をご覧になられては如何か?」


 と誘い掛けたのは、将軍の留守を預かる騎士隊長であった。彼としては、王子派軍の中でも随一に厳しいシモン将軍の指揮と、それに従う東方面軍の兵士の姿を他の部隊に見て貰いたい、という気持ちがあったのだろう。


 その言葉に甘えてリムン砦から南の下り坂に出たユーリー達は、ほどなくして峠道の下り口で待機する騎士と兵士の集団に合流していた。シモン将軍は別働隊を指揮して南進、周辺の偵察を行っていると言う事だったが、指揮官不在の本隊は整然と隊列を組んだまま街道に展開していた。


(なるほどね……確かに凄いな)


 彼等は、個々には水を飲んだり携行食糧を齧ったりしているが、私語も無く整然と隊列を組んだままだった。その場に座る者や、フラフラと挙動の定まらない者は一切居ない。その様子は、遊撃歩兵隊の面々とは雲泥の差であるし、リムルベート王国が誇る主力の第一騎士団の兵士よりも、シャキッとして見えた。


「お勤めご苦労様です、砦のマドラ隊長から許可を得て参りました」

「そうですか、確かお手前の名は……」

「遊撃騎兵一番隊のユーリーです」

「おお、そうでしたな。確かリシア様の弟君だと――」


 合流したユーリー達を迎えたのは中年に片足を突っ込んだ歳の騎士、騎士隊第二班の班長であった。


「任務の邪魔にならぬよう、後ろの方で見学させて頂きます」

「そうですか。ならば、お好きなように見て行ってください」


 そんな会話がユーリーと第二班班長の間で交わされた。その時である、不意に南の街道から一騎の騎士が物凄い速さで馬を駆って近付いてきた。


「報告!」

「どうした?」

「偵察部隊接敵、避難民多数です。応援を!」

「敵の数、避難民の数!」

「敵二個百人隊、その他騎士数十。避難民は約三百!」


 伝令に走って来たのは若い騎士であった。馬を潰すような勢いで走ったのだろう、彼の騎馬は口の周りに白い泡を張り付かせ、ふいご・・・のように荒い呼吸をしている。


「よし、全体前進。騎士隊第二班は先行する。お前は歩兵の指揮を執れ」

「はい!」


 その様子にユーリーは自隊である一番隊の面々を振り返る。一人一人と視線を合わせたユーリーは彼等九人の全員が頷き返すのを確認してから、第二班班長へ声を掛けた。


「遊撃騎兵一番隊、お供します」


 言うや否や、ユーリー達は返事も待たずに街道を南へ向かい騎馬を駆けさせていた。


****************************************


 敵の若い騎士を一騎打ちで下したシモン将軍だが、その後は残りの騎士達に半包囲される格好となっていた。そして、シモンを包囲した騎士達は彼等の隊長の号令により、一斉に老騎士へと殺到した。


(一騎打ちの仇を一騎打ちで討つ、とは成らぬか……時世だな)


 思惑とは少し違うが、それでも充分に時間を稼げたと考えるシモン将軍は次善の策に取り掛かる。ここで包囲網を逃れて背後へ逃げれば、彼を追う敵の騎士達が背後の住民達に迫る敵の歩兵と合流してしまう。それを避けるためにシモンが取った行動は簡単であった。


「参るぞ!」


 獣の吠え声で短く言うシモンは、自分を半包囲して迫る敵の最も層が厚い部分へ、つまり王弟派第一騎士団の部隊長と思われる騎士へ目掛けて逆に突進したのだ。


「なんだと!」


 常識的には包囲が薄い背後へ逃れるべきである。だが、その逆の行動に出たシモンに、柳槍の穂先を向けられた敵の隊長は驚いた声を発した。完全に虚を突かれていた。


 シモン将軍はアッという間に敵の騎士隊長へ肉迫する。対する敵は、槍はおろか盾すらまともに構えていない。しかも、急速に接近する敵の様子に騎馬が驚いてしまい、馬上の隊長はシモンに対して右半身を晒す格好となってしまった。


「うわぁっ!」

「隊長!」


 馬体をぶつける勢いで接近したシモンは、撓る槍を一閃させると、その騎士隊長の肩口を打ち据えて落馬させる。そして、振り戻す穂先で空馬の尻を強かに打ちつけた。驚いた馬は興奮状態に陥ると、その場で飛び跳ねるように後足を闇雲に蹴り出す。足元に落馬した騎士隊長はその蹄で何度も踏みつけられる事になった。しかも、暴れる馬の煽りを受けて、近くにいた敵の騎士 ――恐らく部隊の副官達―― も二騎ほどが落馬してしまった。


「存外、情けない連中だ!」


 吐き捨てるように言うシモンは、柳槍を振り回しつつ包囲の後方へ抜け出した。そして、三十騎弱の敵に向き直ると、


「一騎打ちが嫌ならば、纏めて相手をしてやるぞ!」


 と大音声に言い放つ。だが、その視線は敵の騎士達の更に先へ向けられている。そこには、たった九騎で二百の兵に突撃を繰り返す部下の姿があった。劣勢は明らかな状況に見える。だが、その更に先の光景を見たシモンは思わず口角を上げていた。そこには街道を駆ける味方の騎士隊と見慣れぬ騎兵達、そして鞍の上に立った状態で何かに意識を集中している一人の青年の姿があった。


あの若造・・・・、何をやっておるんだ?)


 シモンが疑問を感じた次の瞬間、その若者の目の前に炎の塊が出現した。


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「早く、急ぐんじゃ! 走れ!」


 集団の中で、荒い息を呑みこむとギムナン老人が声を上げた。既に全員が精一杯急いで北を目指している。目的地を目の前にして、後ろから追い立てられる恐怖は相当なものだ。全員が必死の形相である。しかし、それでも背後から迫る王弟派の歩兵達の方が、動きが速い。


 敵と彼等の間に割って入る九騎の騎士達は精一杯の活躍を見せている。しかし、二百対九騎では、碌な足止めにならない。彼等が足止めのために行う突撃と突撃の間隙を突かれ、数十の敵兵が逃げる人々の最後尾に手を掛けつつあった。最後尾には先程森の中で襲撃された時に怪我を負った者達と、彼等に手を貸す元衛兵達が逃げ遅れていた。その中には引き摺られるように背負われたリコットの姿もあった。


「いかん!」


 その瞬間、ギムナン老人の目は、振りかざされた白銀の刃が集団の最後尾に振り下ろされる光景を捉えていた。だが、そんな老人の悲鳴のような声を切り裂き、一条の矢が頭上を過った。それは、燃え上がる炎の矢であった。


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 燃え上がる炎の矢はユーリーが発動した投射型の攻撃魔術「火爆矢ファイヤボルト」であった。投射型の攻撃魔術は直線的な軌道を描く。その軌道を制御して遮蔽物を躱す芸当など、ユーリーには不可能だ。そのため彼は最も原始的な方法を取った。馬の足を止めて鞍の上に立ち上がり、必要な見通しと射線を確保してその魔術を発動したのだ。


 そして出来上がった白熱する炎の矢は、街道上の人々の頭上を掠めるように飛ぶと、集団の最後尾から数メートル先、王弟派の兵士達の只中に突き立つ。


 ドォンッ――


 という衝撃音と共に大きな炎が上がり爆風が王弟派の兵士達を薙ぎ払った。


「よし、間に合った!」


 安堵の声を上げるユーリーは、鞍の上に座り直すと先行する仲間を追う。


 一方、ユーリー以外の遊撃騎兵一番隊と東方面軍騎士隊第二班は、ユーリーが魔術を放つ間も止まることなく街道を突進した。彼等は人々の集団を左右に分かれて迂回すると、そのまま魔術の被害を受けて崩れた敵兵の集団に突入した。


 東から回り込んだのは騎兵達だ。彼等は突撃の瞬間前に馬上から弩弓を放つ。元はトリムよりも東のベートとの国境地帯に拠点を持つ解放戦線の兵士であった彼等の戦い方は騎士達とは一味違う。「正々堂々」よりも「必ず勝つ」ことを優先している。そのためには、たった一射きり・・・・・・・であろうと、有利ならば飛び道具を使うのだ。


 そんな遊撃騎兵隊の突撃を受けた敵の右翼側は、魔術と弩弓の斉射に乱され統率を乱していた。そして前列の防御線の構築も儘成らないまま、騎兵の突撃を受けた。


 一方、西から回り込んだ東方面軍騎士隊第二班は、同僚である第一班と呼吸を合わせると敵兵の左翼側に激突した。敵の左翼正面を第二班が押え、第一班は敵集団の中程に左側から食い込むように突入する。馬を操る技能に長けた彼等は、愛馬そのものを武器として敵兵達を撥ね飛ばし、踏みつける。更に、敵集団の中程に突入した第一班に至っては、武器すら構えず只管ひたすら騎馬を突進させると、敵集団を食い破り横断して見せた。


 リムン砦麓の街道で起こった戦いは、王子派の騎兵と騎士合わせて二十騎が加わると一気に流れが変わった。そんな中、一人孤立した位置関係となったシモン将軍の元には、一騎の黒馬が矢のように駆け寄っていた。その行く手には二十騎以上からなる王弟派第一騎士団があった。

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