Episode_22.08 リムン砦の麓の戦い Ⅰ


 シモン将軍率いる偵察部隊はリコットを含む負傷者を馬の背に引っ張り上げると、直ぐに先行した人々の集団に合流した。そして街道へ出ると、人々の背後を守るように北へ向かう。


「おいリコット、シッカリせんか!」


 シモンの馬の背でぐったりとして意識の無いリコットに呼びかけるのは先ほど「降参だ!」といった老人だ。その老人はリコットが負ぶっていた子供を受け取ると、その子を背負いながら声を掛けた。だが、土気色に近い顔色のリコットは目を閉じたまま無反応に馬に揺られるだけだ。


「この者とは、お知り合いか?」


 その様子に、シモン将軍は老人に問い掛ける。


「うむ、皆を王子領に逃がすといってな、協力を求められたのじゃが……」

「失礼ですが、お手前は?」

「……憚りながら、トリムの太守をしておった者だ。名はギムナン」

「なんと――」


 シモンの問いに身分を明かしたギムナン老人である。その突拍子も無い告白には流石のシモンも直ぐに二の句を継げない。そんな瞬間、後ろの方を警戒していた騎士が鋭い声を発した。


「将軍、街道南から敵兵! 今度は騎士も混じっています!」

「フンッ、流石に早いな……腐ってもコルサスの騎士か」


 取り敢えず「元トリム太守」というギムナン老人のことはさて置き、シモンは目下の危機に意識を集中する。そして、


「班長、本隊への伝令は?」

「既に送っております」

「そ、そうか、早いな。よし、ならば各自負傷者を一旦下ろし、迎撃するぞ!」


 とにかく、歩みの遅い人々を守りながら街道を北へ移動するよりも自分達を盾として時間を稼ぐ。本隊が南進して合流するまでの時間を持たせる・・・・事が出来ればそれでよい。そんなシモン将軍の判断で、各騎士は担いだ負傷者を集団の人々に委ねた。


 そしてシモン将軍を含む十騎の騎士は街道を塞ぐように展開する。そんな彼等の視界には、王弟派の騎士と兵士の一団が姿を現した。彼等の掲げる大旗にはコルサス王国の象徴である朝日と「王の鎧」を意匠化した紋様があった。


「第一騎士団か……」


 そう呟く老将軍の目算では、敵の数は二百を超えている。王弟派の編制でいうところの二個「歩兵百人隊」と三個「騎士隊」であった。つまり


(先程森の中で撃退した兵士は丁度一個百人隊規模だった……ならば村に駐留しているのは一個大隊規模か)


 ということになる。五個百人隊で一個大隊とするのが王弟派の軍編成だ。そして大隊を作戦単位とすることは王弟派も王子派も変わらない。敵の規模を見抜いたシモンは、同時に敵が両脇の森へ伏兵を配する余力を持たないことも確信した。村を無防備にすることは考えにくいためだ。そこまで考えたシモンは愛馬を少し進ませると迫る敵に大音声で言い放つ。


「僭王ライアードの腰巾着共! このシモンと手合せ出来る度胸は有るか! 名乗り出よ!」


 二十倍以上の数の敵に対して一騎打ちの挑発を行う。その様子はまるで狂人であるが、一騎打ちを繰り返すことで時間を稼ぐことを意図したものだ。如何にも古式ゆかしい老騎士シモンらしい発想といえる。


 既に部下は本隊を呼びに走っている。もう直ぐ合流するだろう。逆に合流する前に突入されれば、レイモンド王子を頼り逃げ延びてきた人々を危険に晒してしまう。それは、レイモンド王子と正統なコルサス王国に忠誠を誓う騎士には受け入れられない事態だった。


 だが、そんなシモンの意図は半分当たり、半分外れてしまう。


「老い耄れシモン! 手合せ願おう!」


 一騎打ちの挑発を受けたのは比較的若い騎士だった。大柄な体格に見合う太い馬上槍を持っている。だが、その背後では、


「歩兵隊、迂回して背後の逃亡民を拘束せよ」


 という命令と共に、二個百人隊が街道を塞ぐように立つシモンと他九騎の騎士を迂回するように動き出してしまったのだ。


「将軍!」

「うむ……仕方ない、お前達は迂回部隊の頭を潰せ」

「しかし!」


 騎士達を率いる班長の声に、シモンはそう命じた。だが、班長は納得できないように反論しかける。シモンの言う通りに動けば、敵兵の進行は一時止められるが、それではシモンが敵中に孤立してしまうのだ。だが、


「口答えをする暇があるなら動け! 私に構うな。本分を見誤るな!」


 班長がそのことを口に出す前に、シモンは雷鳴のような叱責を発していた。


「――分かりました!」


 その叱責に、騎士隊の班長は部下達を促す。リムンからターポへ伸びる街道はにわかに・・・・戦場と化しつつあった。


****************************************


 リムン砦からの下り口と麓の村を繋ぐ街道を俯瞰して見ると、街道の北側には北へ逃げる人々の集団、凡そ三百数十人の姿がある。一方、その集団に南から襲い掛かるのは王弟派の二個百人隊だ。彼等は街道を塞ぐように立ちはだかる王子派の騎士十騎を東側に迂回しながら逃げる人々の集団を追う。


 それに対する王子派の騎士隊は、一騎を残して残りの九騎が迂回する敵の歩兵達の先頭へ真横から突撃を敢行する。彼等は敵兵の先頭を横から削るように突撃と離脱を繰り返すが、二十倍を超える数の差は如何ともし難く、敵兵の前進を鈍らせるのが精一杯だった。


 一方、一騎のみ街道に残った騎士 ――シモン将軍―― の元には、一騎打ちに応じた王弟派第一騎士団の騎士が挑みかかっていた。


「ジジイ! 今更逃げるなよ!」


 体格に優れる若い騎士は大振りな馬上槍を頭上で風車のように振り回すと、次の瞬間その穂先をピタリとシモンの方に向けて言い放った。有り余る膂力りょりょくに物を言わせるような、荒々しい所作と言動であった。それもそのはずで、彼は強者がひしめく第一騎士団の中でも、若手では耳目を惹く豪傑であった。しかも、味方の騎士達は既に目の前の老騎士を半円状に取り囲んでいる。包囲された状況に、相手の老騎士は、成す術も無い、と言った風情でそれを見回すだけだ。そんな絶対優位な状況が、この若い騎士に「一騎打ちなら古今無双」と称された「柳槍のシモン」への警戒を忘れさせた。彼の眼には、嘗ての名声にしがみ付く憐れで無力な老騎士と映ったのだろう。


 そして、その若い騎士はシモンが無言を保っている様子に嘲るような表情を浮かべると、一気に騎馬を駆けさせた。対するシモンも、それに応じるように愛馬を駆けさせる。そして二騎がすれ違う瞬間、周囲を取り囲んだ王弟派の騎士達が望んだような大きな音は鳴らなかった。ただ、


 カコンッ――


 と軽い音が響くだけだ。だが、その音と共に、王弟派の若い気騎士は兜を撥ね飛ばされていた。しかも、彼の頬にはまるで鞭で打たれたような赤い蚯蚓腫みみずばれが走っている。


「話にならんな、若造」

「く、くそっ!」


 激突の瞬間、シモンは冷静に相手の騎士の刺突を柳槍で横に払った。そして、敢えて柳槍の切っ先を喉元に突き立てる事無く、柄の中程で相手の兜を下から打ち上げたのだ。更に極め付けとして、すれ違いざまに槍の後ろ側で剥き出しの頬を張ったのである。突撃と交差、そして離脱という馬上試合の一合いちごうの動きの間に、これだけの攻撃を喰らえば普通の神経をしている者ならば降参するであろう。


 だが、頬を腫らした若い騎士は違った。


「おのれ、ジジイ! 面妖な槍を使いおって!」


 力量の差に気付けないことは、時として悲劇の発端となる。それを良く知るシモンは溜息を吐く。まるで目の前の若い騎士が、若かりし頃の自分のように思えていた。只管身体を鍛え、重く長い武器を振るう事こそが強さだと思っていた。そんな若き日のシモンには、その誤りを正してくれたスインという名の恩人が居た。だが、この若い騎士はどうだろうか? 次の一合を生き延びれば、或いは気付くかもしれない。だが、生き残ることは無いだろう。


(……また若芽を摘むのか……さもしい・・・・な)


 そんな言葉がシモンの脳裏で形を作った。だが、激昂した若い騎士は既に再度の突進に入っていた。そして、その騎士がシモンと交差した瞬間、パッと赤い血潮が宙を舞う。若い騎士は走る馬から投げ出され、糸が切れた操り人形のように地面を転がった。


「おのれ! 圧し包め! 討ち取れ!」


 味方の騎士が討ち取られたことに激昂した王弟派の騎士隊長は、部下にそう声を掛けた。一騎打ちの間にシモンを取り囲んでいた騎士達が一気に距離を詰める。


(さて……何処までやれるか?)


 だが、退くつもりが毛頭ないシモンは、静かに柳槍を胸元へ引き寄せ、小脇に挟むように構える。そして、只一点、敵が思いもしない場所へ突撃を仕掛けた。目の前には驚いた表情を浮かべる敵の騎士隊長の姿があった。

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