Episode_22.02 大分節祭の戦い


アーシラ歴497年12月末日


 リコットの得た情報は正しかった。


 この時点でトリムの街を巡る二つの勢力の力関係は兵力と安定した補給を持つ王弟派第二騎士団と四都市連合傭兵部隊が優勢である。その優勢を確固たるものとし、一気にトリムから民衆派の解放戦線を駆逐するため、第二騎士団と傭兵部隊は共同して一気に攻勢を掛けたのだ。


 十二月最後の日の未明にトリム港と城砦の二箇所に集合した軍勢は、トリム港の傭兵部隊が二千、城砦の第二騎士団が三千という規模だった。彼等の内、第二騎士団は街の北部に部隊を展開すると、居住区に潜んだ解放戦線の戦力分断を試みた。まだ日が昇る前の冬の暗い朝、第二騎士団の兵士達は百人隊単位で居住区に進入すると、事前に目星を付けていた解放戦線の拠点に対して先制攻撃を実施する。


 第二騎士団の狙いは、輪番制をとって東の教会を守る解放戦線の兵士の内、非番として居住区で休息を取っている兵士達である。それらは、居住区内の民家を偽装した解放戦線の拠点に分散していることが分かっていた。東の教会を攻める前に、敵の予備兵力を削る、もしくは孤立させることが目的だった。


 解放戦線の拠点とされたのは、殆どが何の変哲も無い民家である。だが、その中には武装した男達が十人から二十人規模で休息を取っていた。そんな解放戦線の小規模拠点に対して一斉に攻撃を仕掛けた第二騎士団の兵士達は、民家の壁を打ちこわし、窓や扉を破ると中に押し入り、応戦の暇を与えず次々と解放戦線の兵士達を討ち取っていった。勿論中には拠点と誤認された民家も相当数混ざっており、それ等の民家では民衆派の住民が兵士により惨殺される、という出来事も発生していた。だが、


「多少の犠牲は致し方ない! 解放戦線共を追い出すことが先決だ」


 という第二騎士団オーヴァン将軍の強い決意により蛮行を孕んだ襲撃は続行された。


 これに対して、街の東にあるアフラ教会とその周辺を砦化していた解放戦線は北側の居住地区に援軍を差し向けた。教会の敷地内から千を超える歩兵や騎兵が北へ向かう。彼等は、分断された友軍兵士を集結させながら、第二騎士団と交戦状態に入っていった。


 やがて夜明けを過ぎて午前の時間となったトリムの街。その北側に広がる居住区は路地、辻、通りや民家商家の場所を選ばず、至る所で局所的な戦闘が勃発した。まるでモザイク模様のように入り組み、目まぐるしく変わる勢力図は、ひとつ隣の辻で第二騎士団と解放戦線が東西の方向から衝突するが、その先の路地では南北に戦線が出来るというものだ。


 この時代の市街戦の勝敗は、部隊間の連携錬度と地の利が鍵を握っている。そして、部隊間の連携という点で第二騎士団の正規兵達は一日の長があった。だが、細い少路や入り組んだ通りの構造を熟知している解放戦線は地の利で第二騎士団に勝る。


 そのような市街戦の場と化した北の居住区の戦いは、緒戦は第二騎士団に有利であった。先制攻撃で解放戦線の連携を乱した成果だ。だが、時間が経つにつれ教会から出撃した解放戦線の援軍が散り散りになった兵達をまとめ上げると勢力を盛り返す。そこに、土地柄「民衆派」を支持する住民が武器を取って参加した。


 そして、早速何処が最前線なのか分からないほど拮抗した市街戦は午後に突入した。


****************************************


 王弟派第二騎士団は予想外の苦戦を強いられているように見える。だが、この時トリムの港には手付かずの四都市連合傭兵部隊が在った。大分節祭の休日で普段は忙しく働いている港湾労働者の姿はない。民衆派を支持する者が多い労働者が集団を形成しにくいこの日大分節祭を作戦実行日に選んだのはこんな理由もあった。


 そして正午前に、王弟派第二騎士団が充分に解放戦線を引き付けた上で傭兵部隊は進軍を開始した。目標はアフラ教会、そこに居るアフラ教会西方司教のアルフと解放戦線の指揮官マズグルを捕えることが傭兵達の目的である。捕縛に際しては、


「抵抗するならば生死は問わない!」


 と、トリム傭兵部隊を指揮する四都市連合の作軍部長から命令が下っていた。


 傭兵部隊の兵力は二千、実に四個大隊である。対するアフラ教会は周囲の外壁を強化し砦のような外観になったとはいえ、元は只の教会である。中に残った解放戦線の兵士の数も三百を超えることは無いはずだった。そのため、


「楽勝だな」


 と、進軍する傭兵達は既に勝った気分で居た。そして傭兵部隊はまるで凱旋の行進のように通りを進むとアフラ教会の前へ達した。


 だが、そこで彼等が見たものは門を閉じて防御に徹する小さな砦教会ではなく、開いた門の前で整然と隊列を整えた百騎の騎士であった。その背後には大盾と槍の穂先を整然と揃える歩兵四百の姿もある。


 教会の門前に整然と展開した騎士と歩兵は、黒地を朱色で抜いた図柄を持つ揃いの上衣を纏い、同じ図柄を刻んだ大型のヒーターシールドを持っている。また、幾人かの兵士が持っている旗竿にも同様の黒地に朱抜きの図柄 ――アフラ教会紋章―― の旗が風になびくことなく堂々と示されていた。


「派手な格好の連中だな」

「どうせこけ脅し・・・・さ」

「そうだな、所詮数が違う」


 傭兵達は目の前に現れた総勢五百の騎士と兵士の集団に対してそんな感想を述べている。確かに二千対五百では相手に多少の騎兵が居たところで勝負は見えている。傭兵達の感想は、相手が同じ傭兵ならば間違いではないだろう。だが、そんな傭兵の中で一人、驚愕の声を上げる者が居た。

 

「なんだと! まさかアフラ教会神聖騎士団が……何故だ?」


 騎馬の上で身を乗り出してそう言うのは作軍部長だった。この中年の指揮官は、ロ・アーシラが誇る最強の戦力 ――アフラ教会神聖騎士団―― の強さを直接戦場で見たことは無い。だが、その実力を厭というほど同僚達から聞かされていた。そして、ひと目でそれと分かる特徴的な外見も聞き知っていた。


 本物の神聖騎士団ならばその主力である聖騎士の力は通常の騎士や騎兵の十人分といわれる。また、兵士であっても通常の兵士の五人分に相当する働きを見せるという。そんな評価は中原の覇者ロ・アーシラ軍の精鋭中の精鋭であることの証左だろう。また、多くの者が最高神アフラへの信仰に深く帰依しており、その奇跡の発露たる神蹟術の遣い手といわれている。アフラ教会神聖騎士団彼等は、僅か七十年で戦乱続く中原地方を平定した立役者であり、ロ・アーシラを統治する教皇会議の権威の象徴でもあった。


(だが待てよ……神聖騎士団は東のヴァースケルドとの国境付近を中心に配備されているのではなかったか?)


 しかし、予想外に姿を現したロ・アーシラ最精鋭部隊を前に、四都市連合の作軍部長の脳裏には、そのような情報がよぎった。また、ロ・アーシラも自らが誇る神聖騎士団の強力さを熟知しており、時として彼等に偽装した一般兵を繰り出し、敵を威圧する戦法を取ることがあった。それらの情報について考えを巡らせる間、作軍部長の指示が遅れてしまう。そして、その時間の間隙が前方に展開していた傭兵達に勝手な行動を許してしまった。


 既に攻撃命令を受けていた傭兵達は、特徴的な外観を示す少数の騎士と兵士に対し、それを呑み込み押し潰そうと突撃を仕掛けたのだ。


「ま、まて! 突撃止め、中止だ!」


 そんな作軍部長の声が響くが、既に駆け出した者達の耳には届くことが無かった。寧ろ集団の心理に従い、突撃を仕掛けた前列につられるように中列以後の傭兵達も駆け出す。そして、アフラ教会の門前の狭い場所で、両者は衝突した。

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