【正しき主編】民去りし国
Episode_22.01 リコットの決意
コルサス王国王弟派領東部のターポやトリムは混乱に包まれていた。事の経緯は王弟派ライアード王による、四都市連合に対するターポとトリムの港の租借を容認する、という決定にある。
アーシラ歴四百九十六年十一月に即位したライアード・エトール・コルサス国王の大権の元、強引に締結されたコルサス―四都市連合軍事通商同盟は当初秘密協約であった。だが、翌年アーシラ歴四百九十七年の五月頃には傍目で分かる明確な変化があった。先ず王弟派の施政が行き届いたターポの港が四都市連合の港湾ギルドと海運ギルドの支配下に入ったのだ。これを受けてターポの海運ギルドは一方的に解散を命じられ、以後は四都市連合の海運ギルドに従属的な立場を取らざるを得なくなった。
そして乗り込んで来たのは四都市連合の傭兵達を引き連れた商人であった。彼等は元から在った四都市連合の居留地を拡大させると、次々に港の権益を併呑していった。そして、七月が過ぎる頃にはターポの経済と雇用は四都市連合に牛耳られる格好となった。対するターポ土着の海商や港湾労働者はターポ城砦に籠る
そして、王弟派領のターポで地盤を固めた四都市連合は東のトリムへ触手を伸ばす。トリムは先んじて民衆派とその武装組織「解放戦線」が王弟派に一定の自治を認めさせていた街だ。しかもトリムの港は中原の覇者ロ・アーシラやベート国と直接繋がる海の玄関口である。大国の威光を背後に受ける民衆派は「港の租借権」という大義名分を得た四都市連合に対して武力をもって抵抗した。ここに「トリム事変」とよばれる一連の戦いが発生する。
アーシラ歴四百九十七年七月に発生した最初の衝突を契機に、「解放戦線」と「四都市連合」の間で繰り広げられた市街戦は一か月後の八月に王弟派第二騎士団の本格的な介入を受けた。タリフからやって来た第二騎士団だが、彼等が味方したのは元来コルサス王国の民である「解放戦線」とそれを支持するアフラ教徒からなる「民衆派」ではなく、外国勢力である「四都市連合」であった。
現在は王子と名乗るスメリノを相手に、トリムの自治を勝ち得た民衆派は軍事勢力「解放戦線」を正面に立てて四都市連合の露骨な進出を拒んでいた。勿論彼等の背後にはロ・アーシラとベート国という強力な後ろ盾があったが、ロ・アーシラは西方辺境国への軍事介入に当初消極的であった。そのため、トリムのアフラ教徒達は自治を護るための自衛の戦いへ身を投じていくことになる。
そこに介入したコルサス王国王弟派第二騎士団は、本来護るべきである自国の民に剣を向けた。四都市連合の傭兵達と第二騎士団によって攻められたトリムの民衆派、及び解放戦線は一時窮地に陥った。
この段階でロ・アーシラ帝国は最精鋭である神聖騎士団の一個大隊をベート経由でトリムに送り込むことを決定した。同年十一月末の事である。トリム事変は一国の内戦や都市の治安事変に留まらず、中原からリムル海の覇権を争う「四都市連合」と「ロ・アーシラ」の縮小された戦場へと変貌を遂げつつあった。
強大な二つの勢力がぶつかり合う舞台と化したトリムだが、そこには対立と衝突の狭間に取り残されたような人々の姿があった。
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トリムの街には東西を貫く街道が走っている。その街道沿いに存在する二つの大きな建物が対立する二者の拠点となっていた。一つはトリム中央に建つトリム城砦、そしてもう一つは街の東端に存在するアフラ教会である。これら二つの拠点を中心として、両者はトリムの街を戦場として対立を続けている。
海からの補給が生命線である四都市連合と、ターポからの街道が補給路である王弟派の連合軍は、城砦の西から南の港湾地区に掛けて優勢に部隊を展開している。一方、ベートとコルサスの国境地帯から補給を受け、トリムの街人達から絶大な支持を集める解放戦線は東から内陸側の北に広がる居住地区を中心に優勢であった。トリムの街を二分する勢力はそのように分かれている。そのため、トリムの街の北西側は戦略的に重視されない区画となっていた。
そんな狭い場所に押し込められるように逃げ込んだのが、トリムの住民でも特に民衆派やアフラ教徒とは関係の無い人々だ。彼等の多くは港湾地区での権益にも商売にも関係が無い。周辺の農村で採れる野菜や北の森で獲れる獣肉などをトリムの街に運んで売ったり、ちょっとした労役に狩り出されたりしながら細々と暮らしている人々だ。古くからトリムに住む人々だが、街では貧しい部類の人々である。そのため「貧民」などと呼ばれたりすることがある。
彼等は元々街の東側、アフラ教会に近い場所に「
そんな貧しい人々は本来ならばトリムで対立する二者にとっては「利にも害にも成らない」存在である。だが、状況は一晩で変わった。
解放戦線側がこの貧しい人々に偽装した兵達を北西の区画に送り込み、物資を運び込む王弟派の補給部隊を側面から襲撃し、焼き討ちにしたのだ。重要な補給路を脅かされると知った王弟派は四都市連合の傭兵部隊にこの区画の
だが、その依頼を受けた傭兵達は自分達のやり方で任務を実行した。それは調査と称して押し入った傭兵達に対して、少しでも抵抗する素振りを見せた者を容赦なくその場で斬る、という乱暴極まりないものだった。また抵抗はしなくても、男は「若い」又は「体が大きい」「目つきが悪い」という理由だけで暴行を受け、女に至っては「若い」というだけで物陰に引き摺りこまれた。
勿論、既に街の東側へ後退した「解放戦線」がその区画の住民を護ることは無かった。その結果、王弟派第二騎士団のオーヴァン将軍がこの行為に気付き、傭兵部隊を一旦北西の区画から引き揚げさせるまでの二日間、傭兵達による乱暴狼藉は暴風のように北西の貧民街の貧しい人々を襲い続けたのだった。
その蛮行の一部始終を、一人の小男は手出しも出来ずに只見ているだけだった。
「なんだってんだ……こんなのはオーク以下のやり方だ!」
その小男は、傭兵部隊が去った後の路地に残された死体を見て呻くように言う。若い女の骸だ。憐れな女の骸は滅茶苦茶な乱暴を受けた痕跡を示し、頭を叩き割られた惨い最期を晒していた。その骸の傍らには、動かなくなった母親に縋り付いて震えるだけの幼い子供が居た。小男は、思わずその子供に手を差し伸べ抱き上げた。
抱き上げた子供の背を撫でつつ憤るリコットは、本来の任務 ――潜伏と偵察―― を放棄する覚悟を決めた。それは、アーシラ歴四百九十七年十一月のことであった。
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リコットは、トリムの北西区画に住む人々を王子派のリムン砦まで逃がすことを画策した。以前にもトリムやターポの住民が四都市連合との争いを避けるためリムン砦に逃れてくる事例はあった。そのため、王弟派は王子派領へ逃げ込む住民が続出することを警戒し、リムン砦へ続く街道を封鎖している。だが、道は一つだけではない。以前リコットを含む冒険者集団「飛竜の尻尾団」は当時のパスティナ救民使「白鷹団」を伴い、街道から外れた森の中を進み王子派領へ無事逃れたことがあった。そのため、その道順ならば多少の無理は必要だが人々をリムン砦へ逃がす事が出来ると考えたのだ。
そして、リコットの活動は王弟派領東部への潜伏隠密調査から、住民を取り纏めて逃がすものへと変わった。これまで何度も敵性地域に潜入し、工作を行ってきた「飛竜の尻尾団」密偵役としての技量を最大限に振るう事をリコットは決意していた。
敵性地域内で孤立無援の状態のリコットは少ない伝手を頼り、細心の注意を払いながら王弟派、四都市連合、そして解放戦線の勢力の動向を探った。幸いにも彼には協力を申し出る少数の味方がいた。港湾地区へ労働力を供給する口入れ屋の店主や、元太守の老人などである。
そして彼は、王弟派と四都市連合が近く解放戦線の本拠地である東の教会への総攻撃を仕掛けることを掴んだ。それは、情報が正しければこの年の最後の日、つまり「大分節祭」に実行されるはずだった。
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