Episode_21. +After Episode_7 新居



 晩秋に起こった遊撃騎兵隊三番隊長セブムと恋人マーリを巡る事件の顛末であるが、季節が冬へと移る頃には一応の決着を見る事になった。


 まず、ダーリアの裏社会を牛耳っていたダリヴィル一家は、頭目ゴンザを始めとした主要な面々が捕えられることとなった。直接の容疑は誘拐であったが、彼等は違法な金貸し以外にも人身売買や「黒蝋」の取引、恐喝に誘拐殺人などありとあらゆる悪事に手を染めていた。厳しい責めによって、それらの余罪を追及されたダリヴィル一家は頭目以下複数の主要幹部全員は


「三から五回は処刑されないと罪を償えない」


 と称されるほどだった。そして彼等へ活動資金を提供していたバジマ・ロクサーも同罪とされた。彼等の刑罰は直ぐに執行されることとなった。ダーリアの市場付近の広場で行われた公開斬首刑には、大勢の街人が詰め掛けたということだ。この件を契機にしてダーリアの裏社会はダリヴィル一家を真似た無法なヤクザ者が鳴りを潜め、より穏健な任侠集団が勢力を回復する事となった。


 因みに、ロクサー商会そのものはバジマの妻であるソンネ・ロクサーが所有している商会であるので表面的には「お咎め無し」となった。バジマと離縁したソンネが息子や娘達と事業を続けることになったという。こちらは穀物市場への影響を最小に留めるための配慮であった。


 一方、隊長章をレイモンド王子に預かられたセブムであるが、彼は反省とともに職に復帰していた。彼が取った独断行動の処分は幾ばくかの減俸であった。だが、恋人マーリも精神的な落着きを取り戻し、これからは二人で暮らしながら引き続き遊撃騎兵隊の三番隊長を務めることになったセブムは依然よりも明るく任務に就いているということだ。今は事情を知っている仲間達から時折からかわれているが、それも時間が経てば良い思い出になるだろう。


****************************************


 そうやって一連の事件を整理する過程でレイモンド王子には少し頭の痛い問題があった。それは、処刑されたバジマとダリヴィル一家から没収した財産の取り扱いについて、であった。


 没収した財産は金貨とそれ以外に大別された。どちらも相当な額に上る。これに対して


「歳入として支配地域全体の運営に充てるべき」


 という意見と、


「元はダーリアやその周辺の人々の金なのだから、なるべくダーリアに還元するべき」


 という意見が家老達の間から出たのである。どちらも正論であるだけにレイモンドは対応に悩んだ。しかもレイモンド自身は別の案を持っている。それは、人々に基本的な読み書きを教える場を作ろう、という考えであった。少し前のユーリーとの会話からその考えを引き摺っていたレイモンドだが、今回の違法貸金の調査の中に、金を借りた人々が証文の内容を理解していなかった、という例が数多くあることが分かったのだ。そのためレイモンド自身は、


「せめて人々が文字を読めて、少しは書ける程度の学を持っていなければ、民による国造りも儘成らない」


 という考えを強く持つようになっていた。この件に関しては、時間をかけて議論し、最終的にはレイモンド王子の意向を尊重すると言う形で決定した。但し、金貨の一部はダーリアに還元するため、救護院の改修に使われることとなった。


 だが、金貨として没収された資産は直ぐに使う事が出来るが、土地や建物として没収された資産は換金、つまり売却が必要だった。学習院用に各街や幾つかの村の土地建物を活用するとしても、それでも幾つも余りがある。それ等の土地や建物は


「元ダリヴィル一家のものだった」


 というだけで、中々買い手が付かない。後になって一家の残党にどんな因縁を付けられるか分からない、という警戒が残っていたのだ。そう言う訳で、対処に困ったレイモンドはこの日、少し違う意見を聞こうとユーリーを訪ねてトトマの救護院を訪れていた。


****************************************


「――と言う具合で買い手の付かない物件が幾つも残っているんだ。どうすれば良いと思う?」


 客間に通されたレイモンドは、ユーリーにそう切り出した。先程まではニコニコとした表情だったが、今は少し沈んでいる。まるで、手におえない問題を抱えたような表情であるが、その理由をユーリーは良く知っていた。そもそも、犯罪者の没収資産の処分方法など、それも僅かに残った土地と家の処理などは、レイモンドがいちいち頭を悩ませる事では無い。ならば何故彼が、ユーリーが寝泊まりしている城砦ではなく態々わざわざ日中に少し離れた救護院までユーリーに意見を求めに来たかと言えば、それは……


「もう少しで帰ってくると思うよ。それまで待っていれば?」


 全く質問に噛み合っていないユーリーの言葉は、折り悪く外出中である姉リシアの事を言っていた。


「ち、違うぞ。私は純粋に相談をしにだな……それに騎兵隊への復帰の件も返事を聞いていない」


 図星を指されたレイモンドは頬を赤くしながら言い訳を並べた。因みにユーリーは騎兵隊への復帰を要望されていて、その返事を保留中という状態だった。ユーリーとしては単純な騎兵隊への復帰ならばやぶさか・・・・ではないが、一緒に言われた或る条件が気になって返事を保留していたのだった。その点を又ゴリ押しに頼まれると、今度は逆にユーリーの方が苦しい。そのため、彼はレイモンドの元の問いに真面目に答えた。


「遊ばせておいても勿体無いし、買い手が付くまでは貸し出すのはどう?」

「賃貸しか。それなら買うよりは敷居が低いな。だが、同じような理由で借り手が見つからないかもしれない」

「うーん……あ、そうだ! 役職持ちの武官に給与の一部として貸したらどう? 月々の給金から賃料を差し引く形で……そうすれば出費の節約になる」


 完全な思い付きで喋るユーリーであるが、レイモンドは表情を明るくする。そして、


「ならば、トトマに残っている二軒の家の内一つはユーリー、お前が借りてくれ」

「え?」

「もう一つはロージに借りさせよう。よし、トトマの分は解決だ」

「ちょ、ちょっと待ってよ」

「待つことはないだろう、それにユーリーは家探しの真っ最中ではなかったか? 丁度良いではないか、あのマーリが使っていた家など二人で暮らすには丁度良い」


 レイモンドは問題を解決した気持ちになっていた。だが、ユーリーの方はそう言う訳にはいかない。


「大体僕は役職持ちでもないし、まだ復帰するとも言ってない!」

「なんだ、駄目なのか?」

「駄目と言うか……普通に復帰するなら良いけど、ロージさんの後釜で遊撃兵団の団長をやれなんて、僕には出来ないよ!」

「あ、ああ……実は、その件はもう良いんだ。ロージの東方面軍将軍就任は当分先送りになった」

「え?」


 実はユーリーが復帰を躊躇っていたのは、一番隊隊長と遊撃兵団団長の兼任を要請されていたためだった。話の発端は、現東方面軍将軍のシモンが老齢を理由に引退を申し出た事に始まる。本人はハッキリとは言わないが、どうも腰を痛めたらしく、騎乗はおろか立ち歩くことさえ辛いということだった。そのため、ロージを東方面軍将軍にして、空席となった遊撃兵団長をレイモンド王子が兼任するという話になっていたのだ。そんな時にユーリーが領内へ帰って来たため、彼にその座を渡そう、という話になるのはユーリーの功績と普段の行いからいって当然の判断だった。


 だが、最近になってアートン城に居る元パスティナ救民使白鷹団のジョアナがリムン砦を慰問し、シモン将軍の痛んだ身体を癒した。そのため、


「やはり後十年は戦える!」


 と言う事になり、シモン将軍は引退を撤回したのだ。ユーリーからすると助かるような、傍迷惑なような話であった。


「だから、受けて欲しいのは遊撃騎兵一番隊隊長だけだ。それで充分役職付の武官だろう」

「ま、まぁ……そう言う事なら」


 レイモンドがユーリーを押し切った時、丁度リシアとリリアの二人が外出先から救護院に戻ってきた。そんな二人に対して、レイモンドが言う。


「リリア殿、良かったな」

「はぁ……なんでしょう?」

「住む家が決まったぞ」

「え?」


 レイモンドの言葉にリリアはハシバミ色の瞳でユーリーを見た。一方のユーリーは、思わず視線を逸らせて鼻の頭を掻く仕草をする。


 その後「そんな大切なことを勝手に決めて!」とリリアが少し臍を曲げる場面があったが、それは他愛のない日常の風景であった。こうして、ユーリーの遊撃騎兵隊復帰は住む家の手配も含めて決着していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る