Episode_21. +After Episode_6 スムル村騒動Ⅱ


 ユーリー達を斥候組として送り出した後、ダーリアに残ったレイモンド王子と騎士アーヴィルは直ぐに南の民兵団を訪れていた。目的は手勢を借りるためだった。その時、民兵団は丁度アトリア砦を敵の砦と見立てた演習を始める前だった。そのため、民兵団の駐屯地には正規の民兵団一個大隊と訓練兵で構成される教練隊一個大隊が待機している状態だった。


 それらを指揮するマーシュ・ロンドは、初め突然来訪したレイモンド王子と騎士アーヴィルに驚いたが、事情を聴くと直ぐに求めに応じた。そして演習計画を変更すると、部隊を南に向けて進軍させようとした。この変更について、マーシュは演習の目的をダーリアの南にある農村スムル村を迅速に包囲する、と大隊長に命令した。


「戦いは臨機応変! 敵の正面勢力へ攻撃を仕掛ける際、こちら側を攪乱するため敵が後方の村を占拠した。そう思い事に当たれ。実戦ではよくやる手段だ」


 マーシュに言わせれば、そのようなものであった。そして命令系統に従い予定変更を伝達された二個大隊はその日の昼過ぎにはダーリアを出発していた。率いるのは民兵団長マーシュとレイモンド王子、それに騎士アーヴィルであった。


 補給部隊を連れていない二個大隊は素早く行軍すると、先行したユーリー達に接近する。そして、リリアの精霊術による遠話テレトークで状況を確認した後、正規兵大隊は村の北から東へ、教練大隊は西から南へと展開した。彼等の内、教練大隊の最南端小隊が配置に着いたのは、丁度夕日が森の木々の梢の下に沈むころだった。


****************************************


 リリアはスムル村の内と外を分ける生垣の辺りに潜みながら、少し離れた場所に建っている納屋の中の音を聴いていた。だが聴くだけで胸がムカムカする会話や様子にリリアは意識を周囲に逸らした。既に周囲は暗くなっているが、風の精霊を操る彼女はまるで俯瞰するようにスムル村の様子を確認する。


 村には約三百世帯千人近くが暮らしているが民家は少し南に離れた場所に集まっている。農村の朝夕は早いと相場が決まっているが、それにしても今日のスムル村は夕暮れ前には人々が自分の家に戻り戸を固く閉ざしていた。当然、我が物顔で村をのし歩くダリヴィル一家のヤクザ者を警戒しているのだ。


 村の北側、納屋の周辺には合計で六十人の男達が居た。彼等は数人単位の組を作ると、納屋の周辺を固める者と、周囲を見回る者に分かれて行動していた。手慣れた警戒態勢だが、全員がだらけた印象・・・・・・である。こんな農村に彼等の存在を脅かす者が居るはずない、と思っている。中には、納屋の中で行われる事に参加できない事を悔しがるような声を交わす者も居た。こちらはこちらで、


(……ちっ)


 とリリアが舌打ちするほど胸糞の悪い連中である。そしてリリアは更に意識の範囲を拡大した。ヴェズルの助けを借りない場合の最大距離まで探知の風を送った彼女は静まった村を包囲する部隊の配置を確認する。配置は整っていた。


(もういい頃でしょう)


 これ以上待つと、本当に納屋の中で酷い事が始まってしまいそうだ。


 ユーリーが立てた作戦は、納屋周辺にたむろするヤクザ者をダレス、ドッジ、セブム・・・とアデール一家で制圧する。そして、周囲を巡回しているヤクザ者は、アーヴィルとレイモンド王子、それにマーシュ率いる民兵団の兵士に任せるというものだ。一方、肝心の納屋の中は、既に中に居る・・・・・・ユーリー自身と、外に居るリリアで対処する事になっていた。


 今、全員が配置に着いたことを確認したリリアは、これ以上待つのがまどろっこしく感じると生垣から立ち上がる。その手には伸縮式の槍ストレッチスピアが握られ、もう片方の手にはユーリー愛用の魔剣「蒼牙」が鞘に収まった状態で握られている。リリアは音も無く納屋に駆け寄りながら、各所に潜んだ面々に同時に合図を送る。


「行動開始! ぶちのめして!」


 いつに無く乱暴な口調は恐らく左手に持った「蒼牙」のせいである。魔力と同時に感情の起伏まで増幅する魔術具の影響を受けたリリアの声に、その先の面々は戸惑いつつも行動を開始した。


****************************************


 納屋の中に風が吹いた。その瞬間、柱に縛り付けられていたユーリーの目の前に白い燐光を放つ魔力の矢が五本同時に出現した。補助動作無しで発動できる初歩的な魔力矢エナジーアローである。それを発動したユーリーは眼前で女の髪を掴んだまま驚愕の表情を浮かべるバジマと、彼へ近づいたヤクザ者へ魔力の矢を叩きつけた。


 バシィ――


 殺傷力は無いに等しいが可也の衝撃を伴い一瞬行動不能に陥らせる。そんな魔力の矢は狙い通りにバジマと若いヤクザ者を打ち据える。そしてマーリをすり抜けて背後に流れた残りの矢が板張りの粗末な納屋の壁を打った。衝撃で古びた雨戸が枠から外れ落ちた。


「てめぇ!」


 納屋の中の残りは十名、特に護衛対象のバジマを攻撃されたダリヴィルの頭目ゴンザは怒声を上げると腰の剣を抜く。それに合わせて手下たちも各自の武器を手に持った。彼等は怒りに任せて縛られたままのユーリーへ武器を叩き付けようとする。だが、


 ゴンッ――


 不用意に近付いたゴンザと手下の一人が見えない何かに殴られたように吹き飛ぶ。彼等は次いで殺到し掛けた仲間を巻き込んで転倒した。ユーリーが放った魔力衝マナインパクトである。本来の正しい使用方法である近接防御魔術もまた、ユーリーが補助動作無しで使用できる初歩の魔術である。そして、


「風よ! 打ちのめせ!」


 外れた雨戸から飛び込んできたリリアは足並みを乱したヤクザ者とユーリーの間に割って入ると彼女と共に屋内に進入した風の精霊に明確な意志を伝えた。


 怒りを孕んだリリアの意識を受け、風の精霊は限定された空間の気圧を一気に押し下げ、キンという耳鳴りの後に一気に荒れ狂う暴風となった。納屋に仕舞われていた農具や干し藁の類が風で舞い上がる。そして、なんとか態勢を立て直そうとした十人のヤクザ者達を地面に押し付け吹き飛ばした。


 彼女が意図したのは強風ブローであるが、「蒼牙」の持つ増加インクリージョンは無意識の内により強力な旋風ワールウィンドを引き起こした。そして、屋内で渦を巻いた風は出口を求め、納屋の粗末な壁や扉、残った雨戸を吹き飛ばして外へと吹き抜けて行った。


「リリア……やり過ぎだと思うんだけど」


 そして残ったのは建物の隅に折り重なるように倒れたヤクザ者、失神したマーリと、柱に縛り付けられた状態で全身藁と埃まみれとなったユーリーであった。


「……ゴメン……なさい」


 少し非難するような恋人の言葉に、リリアは我に返ると慌ててユーリーを縛り付けていた縄を解く。そして、


(本当に、この剣……怖いわ)


 と責任をユーリーの剣に押し付けるのだった。


****************************************


 納屋の中の様子は、そのようにあっと言う間に片が付いていた。一方の納屋の外でも、状況は似たようなものだった。正規の兵士や騎士に対して、街人を暴力で押え付けて意を通すだけのヤクザ者が敵う訳がない。


 納屋の外を固めていた集団に襲い掛かったダレスとドッジは、普段以上に力んだセブムに注意を払いながらヤクザ者を打ち倒した。「なるべく無力化して捕えよ」というレイモンド王子の指示をセブムが破るかと思った二人だが、冷静な友は充分に頭を冷やしたようで、淡々とヤクザ者を殴り倒していた。但し二三発余分に殴っていた様子には見て見ぬ振りをしたダレスとドッジであった。


 一方、この状況に熱くなったのはアデール一家である。彼等のやり方はセブム以上に酷かった。元々因縁のある相手ダリヴィルであるからしょうがないだろう。彼等に立ち向かわれたヤクザ者は殆どが気絶するまでこん棒や剣の腹で殴られ蹴られていた。


「あー、セイセイしたぜ!」


 数年振りの溜飲を下げたアデールは凡そ正規兵の小隊長とは思えない決め台詞であったという。


****************************************


 結局この夜の騒動で、ロクサー商会の店主バジマとダリヴィル一家の頭目ゴンザを始めとした面々が捕えられ、翌朝ダーリアに連行される事となった。容疑は誘拐であるが、武装して集合していたため、直ぐに別の罪に問われることになるだろう。


 また、名乗らなかったとはいえ、レイモンド王子が率いた直営軍に対して刃向った事実も罪としては非常に重いものだった。


 一方、誘拐の被害者であったマーリはダーリアの救護院に収容されたが数か所の裂傷以外には特筆する怪我は負っていなかった。但し精神的には錯乱しており、あの時納屋の中で起こった事が思い出せない状況だった。そんな彼女に付ききりとなったセブムであるが、彼に対しては、


「隊長章については、私が預かっておく。そちらが落ち着いたら取りに来るように」


 というレイモンド王子の言葉が在るのみだった。何れ何等かの処分はあるだろうが、今はそっとしておこうという配慮に、セブムのみならずダレスやドッジも頭を下げるばかりだったという。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る