Episode_21. +After Episode_6 スムル村騒動Ⅱ
ユーリー達を斥候組として送り出した後、ダーリアに残ったレイモンド王子と騎士アーヴィルは直ぐに南の民兵団を訪れていた。目的は手勢を借りるためだった。その時、民兵団は丁度アトリア砦を敵の砦と見立てた演習を始める前だった。そのため、民兵団の駐屯地には正規の民兵団一個大隊と訓練兵で構成される教練隊一個大隊が待機している状態だった。
それらを指揮するマーシュ・ロンドは、初め突然来訪したレイモンド王子と騎士アーヴィルに驚いたが、事情を聴くと直ぐに求めに応じた。そして演習計画を変更すると、部隊を南に向けて進軍させようとした。この変更について、マーシュは演習の目的をダーリアの南にある農村スムル村を迅速に包囲する、と大隊長に命令した。
「戦いは臨機応変! 敵の正面勢力へ攻撃を仕掛ける際、こちら側を攪乱するため敵が後方の村を占拠した。そう思い事に当たれ。実戦ではよくやる手段だ」
マーシュに言わせれば、そのようなものであった。そして命令系統に従い予定変更を伝達された二個大隊はその日の昼過ぎにはダーリアを出発していた。率いるのは民兵団長マーシュとレイモンド王子、それに騎士アーヴィルであった。
補給部隊を連れていない二個大隊は素早く行軍すると、先行したユーリー達に接近する。そして、リリアの精霊術による
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リリアはスムル村の内と外を分ける生垣の辺りに潜みながら、少し離れた場所に建っている納屋の中の音を聴いていた。だが聴くだけで胸がムカムカする会話や様子にリリアは意識を周囲に逸らした。既に周囲は暗くなっているが、風の精霊を操る彼女はまるで俯瞰するようにスムル村の様子を確認する。
村には約三百世帯千人近くが暮らしているが民家は少し南に離れた場所に集まっている。農村の朝夕は早いと相場が決まっているが、それにしても今日のスムル村は夕暮れ前には人々が自分の家に戻り戸を固く閉ざしていた。当然、我が物顔で村をのし歩くダリヴィル一家のヤクザ者を警戒しているのだ。
村の北側、納屋の周辺には合計で六十人の男達が居た。彼等は数人単位の組を作ると、納屋の周辺を固める者と、周囲を見回る者に分かれて行動していた。手慣れた警戒態勢だが、全員が
(……ちっ)
とリリアが舌打ちするほど胸糞の悪い連中である。そしてリリアは更に意識の範囲を拡大した。ヴェズルの助けを借りない場合の最大距離まで探知の風を送った彼女は静まった村を包囲する部隊の配置を確認する。配置は整っていた。
(もういい頃でしょう)
これ以上待つと、本当に納屋の中で酷い事が始まってしまいそうだ。
ユーリーが立てた作戦は、納屋周辺に
今、全員が配置に着いたことを確認したリリアは、これ以上待つのがまどろっこしく感じると生垣から立ち上がる。その手には
「行動開始! ぶちのめして!」
いつに無く乱暴な口調は恐らく左手に持った「蒼牙」のせいである。魔力と同時に感情の起伏まで増幅する魔術具の影響を受けたリリアの声に、その先の面々は戸惑いつつも行動を開始した。
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納屋の中に風が吹いた。その瞬間、柱に縛り付けられていたユーリーの目の前に白い燐光を放つ魔力の矢が五本同時に出現した。補助動作無しで発動できる初歩的な
バシィ――
殺傷力は無いに等しいが可也の衝撃を伴い一瞬行動不能に陥らせる。そんな魔力の矢は狙い通りにバジマと若いヤクザ者を打ち据える。そしてマーリをすり抜けて背後に流れた残りの矢が板張りの粗末な納屋の壁を打った。衝撃で古びた雨戸が枠から外れ落ちた。
「てめぇ!」
納屋の中の残りは十名、特に護衛対象のバジマを攻撃されたダリヴィルの頭目ゴンザは怒声を上げると腰の剣を抜く。それに合わせて手下たちも各自の武器を手に持った。彼等は怒りに任せて縛られたままのユーリーへ武器を叩き付けようとする。だが、
ゴンッ――
不用意に近付いたゴンザと手下の一人が見えない何かに殴られたように吹き飛ぶ。彼等は次いで殺到し掛けた仲間を巻き込んで転倒した。ユーリーが放った
「風よ! 打ちのめせ!」
外れた雨戸から飛び込んできたリリアは足並みを乱したヤクザ者とユーリーの間に割って入ると彼女と共に屋内に進入した風の精霊に明確な意志を伝えた。
怒りを孕んだリリアの意識を受け、風の精霊は限定された空間の気圧を一気に押し下げ、キンという耳鳴りの後に一気に荒れ狂う暴風となった。納屋に仕舞われていた農具や干し藁の類が風で舞い上がる。そして、なんとか態勢を立て直そうとした十人のヤクザ者達を地面に押し付け吹き飛ばした。
彼女が意図したのは
「リリア……やり過ぎだと思うんだけど」
そして残ったのは建物の隅に折り重なるように倒れたヤクザ者、失神したマーリと、柱に縛り付けられた状態で全身藁と埃
「……ゴメン……なさい」
少し非難するような恋人の言葉に、リリアは我に返ると慌ててユーリーを縛り付けていた縄を解く。そして、
(本当に、この剣……怖いわ)
と責任をユーリーの剣に押し付けるのだった。
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納屋の中の様子は、そのようにあっと言う間に片が付いていた。一方の納屋の外でも、状況は似たようなものだった。正規の兵士や騎士に対して、街人を暴力で押え付けて意を通すだけのヤクザ者が敵う訳がない。
納屋の外を固めていた集団に襲い掛かったダレスとドッジは、普段以上に力んだセブムに注意を払いながらヤクザ者を打ち倒した。「なるべく無力化して捕えよ」というレイモンド王子の指示をセブムが破るかと思った二人だが、冷静な友は充分に頭を冷やしたようで、淡々とヤクザ者を殴り倒していた。但し二三発余分に殴っていた様子には見て見ぬ振りをしたダレスとドッジであった。
一方、この状況に熱くなったのはアデール一家である。彼等のやり方はセブム以上に酷かった。元々因縁のある
「あー、セイセイしたぜ!」
数年振りの溜飲を下げたアデールは凡そ正規兵の小隊長とは思えない決め台詞であったという。
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結局この夜の騒動で、ロクサー商会の店主バジマとダリヴィル一家の頭目ゴンザを始めとした面々が捕えられ、翌朝ダーリアに連行される事となった。容疑は誘拐であるが、武装して集合していたため、直ぐに別の罪に問われることになるだろう。
また、名乗らなかったとはいえ、レイモンド王子が率いた直営軍に対して刃向った事実も罪としては非常に重いものだった。
一方、誘拐の被害者であったマーリはダーリアの救護院に収容されたが数か所の裂傷以外には特筆する怪我は負っていなかった。但し精神的には錯乱しており、あの時納屋の中で起こった事が思い出せない状況だった。そんな彼女に付ききりとなったセブムであるが、彼に対しては、
「隊長章については、私が預かっておく。そちらが落ち着いたら取りに来るように」
というレイモンド王子の言葉が在るのみだった。何れ何等かの処分はあるだろうが、今はそっとしておこうという配慮に、セブムのみならずダレスやドッジも頭を下げるばかりだったという。
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