Episode_21. +After Episode_4 合流


 リリアが見守るなか、ロクサー商会の裏口から中に入って行った男は同じ裏口から直ぐに外に出て来た。リリアはその男を追うかこのままこの店を監視するか迷ったが、店の監視を続けることにした。結局目的地はスムル村という場所で、その村はダーリアから一日以内の距離であることは、セブムの部屋に差し入れられた紙片で掴んでいたのだ。そのため、恐らくその内やって来るであろうユーリーと合流してから、その村に向かっても遅くは無いと考えたのだ。また、明らかに堅気ではない男が立派な大店おおだなに当然のように入って行く光景が気になった。


(このお店の人がマーリって子を囲っていたのかしら?)


 そう考えると辻褄が合う気がするリリアである。そうやって何気なく店の様子を観察するリリアの前で、二頭立ての馬車が店の前に乗り付けた。居住室コーチを備えた馬車の御者台には目つきの鋭い男が二人乗っている。そして中から扉を開けて店の前に降りた男も外見は商人を装っているが、堅気者には見えない雰囲気を醸している。


(手下の破落戸……ヤクザ者ってところね)


 そんなリリアの見極めが正しいことを示すように、店先に中年の男が現れた。店の者と思われる若者数人に送り出され、馬車に乗り込む男の後ろから。


「行ってらっしゃいまし、旦那様」


 と声が掛かる。その一連のやり取りでリリアは今回の件の背後関係がスッキリと分かった。つまり、


(マーリを囲っていたロクサー商会の主が、妾の浮気に怒ってヤクザ者を使いマーリを拉致したのね……セブムさんは間男扱いか、気の毒ね)


 という事だった。それと同時に、この手の連中が制裁を加える時、特に女を拉致して男を呼び出す意図についてもリリアには察しがついた。幼い頃からノーバラプールの盗賊ギルド関係者として育った彼女、しかも凄腕の暗殺者を養父として育った彼女にしてみれば分かり切った展開・・・・・・・・ともいえる。だが、それを分かった事と、肯定する事は別である。


(なんとかしなきゃ……ユーリー、早く来てよ)


 馬車を見送る彼女は心の中で呟いた。すると、殆ど同時に馴染んだ存在が近付いてくる事を察知した。空から悠々と近づいてくる存在は、若鷹の姿をした鷹に非ざる者寛風の王である。ヴェズルは、ダーリアの上空を悠々と旋回すると、街の南側に母の存在を感じて高度を落とした。少し成長した彼は、母の御遣い事を果たした、という意志を明確にリリアに伝える。褒めて欲しそうな気持ちを孕んだ意志に、


(ありがとう、こっちへいらっしゃい。干し肉を上げるわよ)


 とリリアは返していた。


****************************************


 ほどなくしてリリアはユーリー達と合流していた。合流場所はダーリアの西門付近の衛兵詰所である。そこに現れたのはユーリーとダレスにドッジ、それにアデールと彼の指揮する遊撃歩兵隊第一小隊の一部 ――元々アデールの子分だったヤクザ者数人―― である。


 しかし、リリアは怪訝そうな顔でその一団を見た。何故なら、アデールとその子分達が付いてくるのは何とか理解できるが、それ以外の面々も居たからだ。それは、


(ちょっと、なんで王子様まで居るのよ?)

(色々あって……付いて来ちゃったんだ)


 口の動きだけのやり取りだが、ユーリーは苦笑いを浮かべた。リリアが去った後のトトマ街道会館で、セブムが交際する相手の話を聞いたレイモンドは、


「人の恋路を邪魔するとはしからん奴だ」


 とか、


「可愛い家臣の危機に黙っていられるわけがない」


 だとか、


「これは只のかどわかし・・・・・では無い。背後には何か陰謀があるに違いない」


 などと言った。色々な事を言うレイモンド王子だったが、結局のところは、しばらく公務から離れて羽根を伸ばしたい、という目論見が見え見えであった。そして翌日にリリアからの報せが届いたことを聞き付けたレイモンドは、自分もついて行くと言い張ったのだ。


「しばらくダーリアには足を向けていない。これを機にダーリアの市中を見ておきたい」


 何とかユーリー達に同行しようとするレイモンドは尤もらしい口実を作る。そして、


「分かりました、ではお供します」


 と言う騎士アーヴィルを伴ってここまでやって来たのだ。レイモンド王子にしては珍しい我が儘の発露である。しかし、今年半分をタリフ攻略の失敗から沿岸域襲撃という事件のため、塞いだ気持ちで我慢を重ねて過ごしたのだ、その鬱憤が冒険心に火を付けた格好だろう。そんなレイモンドは少し張り切って言う。


「それで、セブムが追っている女の居場所は?」

「それは、分かりました。南のスムル村と言う所に監禁されているようです」

「そうか、では早速乗り込もう!」


 レイモンドの問い掛けにリリアが答えると、王子は張り切った様子で自分の馬へ向おうとする。しかし、


「レイ……ちょっとはしゃぎ過ぎだよ」

「王子、無暗に突っ込むのは得策ではない気がします」


 とユーリーと騎士アーヴィルの声に諌められ、思わず赤面してしまうのだった。


「そ、そうだな……この手の話はリリア殿に従うのが良いな」


 取り繕うレイモンド王子の言葉に応えてリリアは知り得た情報を話した。彼女の話を聞いた一行の反応は概ね二つだった。一つは、


「なんと……ロクサー商会ですか」

「うむ。良い噂は聞かない穀物商だな」


 というアーヴィルとレイモンドの反応である。実は数年前の不作対策の際に発覚した穀物価格の吊り上げ疑惑の際、最も大物の穀物商が「ロクサー商会」だったのだ。だが、ダーリアの役人やアートン城の担当家老と通じていたはずのロクサー商会への捜査の線はプツリと途切れていた。間に入っていたと思われる仲介人物が自殺したのだ。不審な自殺ではあったが他殺を証明する証拠が無いため、その先の背後関係を追う事が出来なかった当時のダーリア駐留騎士団は、ロクサー商会よりも小物の穀物商を摘発するにとどまった。


「当時は不正のあぶり出しよりも不作対策が優先だったからな。ジキル辺りは『目溢し』と引き換えに相当な協力を引き出したようだが」


 と言う事だった。結局、その翌年から普通に戻った穀物市場は、今や競争相手が少なくなったロクサー商会の独壇場という状況だという。


 一方、それとは違う反応をする者がいた。元ダーリアのヤクザ者であるアデール一家の面々である。


「親分、ロクサーはマズイんじゃないっすか?」

「そうですぜ、ダリヴィルの連中が出てきますぜ」

「うーん……益々セブムの旦那がヤバイな」


 という反応は、ロクサー商会の背後にある用心棒ともいえるダーリア随一のヤクザ集団ダリヴィルの存在を良く知る彼等ならでは、である。詳細は端折るが、一度レイモンド王子と揉め事を起こした後のアデール一家は、借金取りの不当な要求から街の人々を護る活動をしていた時期があった。たった半年程度の活動だったが、その間に金貸しを営むダリヴィル一家と衝突することになり、比較にならない規模の差から、アデール一家はダーリアに居られなくなったのだ。


 その時の逃避行中にユーリー達と再会し、今のアデールと子分達が在るのだから人生とは分からないが、とにかくアデール一家にとってダリヴィルの存在は脅威だった。だが、怯えるような子分達をアデールが一喝する。


「バカ野郎! 俺達はもうヤクザ者じゃねぇんだ。今の俺達の流儀でやればいい! ビビるんじゃねぇぞ」


 一方、ダーリアの裏社会でも知る人ぞ知る・・・・・・というロクサー商会とダリヴィルの繋がりにレイモンドやアーヴィルは驚いた顔となった。


「ダリヴィルですか……マーシュ殿の民兵団に協力を求めましょう」

「そうだな、やるなら徹底的にやらなければ」


 二人が緊張した風になるのは、それだけダリヴィルの勢力が強いことの証しだった。そして、彼等はその場でこの後の動きについて少し話を続ける。二つに分かれた集団が衛兵詰所から別々の行く先を目指すのは、少し後の事だった。

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