Episode_21.18 逆襲!
その日、午前の内から、今晩辺りに拠点を離れるのだろう、という事は察知出来ていた。老練な精霊術師であるジェイコブのやり方を間近で見倣ったリリアは
「弱い力を繊細に操る」
という
足元、地面の下の様子は、そんな彼女とジェイコブの努力によって探り当てられた。それは、相手に悟られないように注意深く地の精霊や風の精霊を操り崖下の海洞の様子を探った成果だった。地も風も慌ただしく動き回る海兵や傭兵達の動きを微かな波動のように伝えている。
しかし、そうなると今度は自勢力の数が問題となった。街道に待機していた「オークの舌」と「骸中隊」は合せて二百人強である。一方、リリアがトトマへ送った情報を元に王子派の軍勢がやって来るとしても、それは早くて早朝か昼頃である。
そんな彼等に対して、海洞に籠る四都市連合の襲撃部隊は軽く見積もっても、
「三百から五百の間だろう」
「私もそう思うわ」
という事だ。大型帆船二隻であるから、場合によってはそれよりも多いかも知れないが、洋上で長く待機することを前提としているなら、
「人数を絞って物資を多く積んでいるはずだ」
という事だった。それはコルサス王子派領への襲撃頻度と規模を知った上で、経験豊富な傭兵であるジェイコブが言った言葉だったので、リリアや「飛竜の尻尾団」の冒険者達は反論することは無い。ただ、
「連中が沖へ出る前に仕掛けたい……そうでなければ又何処かの村が犠牲になる」
と言うジェロの言葉は強い意志を持っていた。彼は先にストラの街近郊の村を襲った凄惨な襲撃事件を目の当たりにしていた。そのため、あの惨劇を繰り返していけない、という思いは強い。そこには多少なりとも愛する女性エーヴィーの影響があったが、それを差し引いても、お人好しで正義感の強いジェロならばこその意見である。そして、リリアもタリルやイデンも、夫々別の思いは有りつつも結局は彼と同じ気持ちだった。
「仕掛けるなら、出航間際だな……船を操るために兵力が分散しているはずだ」
そんな彼等の意図を汲んだジェイコブの意見によって、彼等の対応は決まった。そして、肝心の最重要標的 ――緋色のローブを纏った男―― については、
「それは私がやるわ……」
とリリアが言った。若干の緊張を孕んだ彼女の決意に反論する者は居なかった。襲撃の混乱に紛れて潜入し、緋色のローブの男を倒すというのは隠密術に秀でたリリアにしか出来ない芸当だったのだ。
そして、用心深く潜みながら襲撃の機会を窺う時間が過ぎる。さやさやと秋風に揺れる茅原の頭上では、針のように細い月が天頂から西へ零れ落ちるように傾き、もう三時間は経過していた。夜明けまでもう少しと言う時間だ。
その時、彼等の目の前で海洞に潜む四都市連合の船が出航する兆しを見せた。海洞へ続く洞穴は二つあったが、その両方から十数人の海兵や傭兵が姿を現し、船の姿を隠していた布の撤去を始めたのだ。その様子を確認し、最初に動いたのは「オークの舌」のジェイコブだ。彼は風の精霊術「
襲撃者への逆襲が始まろうとしていた。
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時間は半日ばかり溯る。リリア達が襲撃者の拠点へ攻撃を仕掛けると決意した日の夕暮れ後、秋の夕日が遠くの森へと沈んで間もない時間に、ユーリー達遊撃騎兵隊の五十騎はデルフィルとの国境付近に辿り着いていた。街道の途中では、トトマ衛兵団に代わり街道周辺一帯を警備していた一団 ――通称コモンズ連隊―― の騎士コモンズとその部下の兵士三個小隊計百五十人が合流していた。
そんな彼等は二百人の勢力となると、少し先に見える小さな町並みを前にして一旦前進を止める。彼等の行く手に存在する町はスカース・アントが私財を投じて開発した町で、その名も「スカースの宿場」と呼ばれていた。国境代わりに流れる小川のデルフィル側に位置する宿場町だ。
その町には当然ながらデルフィル側の兵が詰める関所がある。ユーリーとしては過去に通行税のような金を払った記憶のある関所だ。そんなスカースの町を目の前にして、一旦停止した騎兵隊の中で隊長を努めるダレスがユーリーに意見を求める。
「ユーリー、どうする?」
「強行突破する!」
「え?」
「黙って通り抜けるんだ。余計な話をする必要はない。それに暇も無いだろ? 行こう」
ダレスはこの時、ユーリーが上手い具合にデルフィル側の兵達に話を付けてくれるだろうと期待していた。しかし、問われた方のユーリーは、ダレスが思わず訊き返すほど強硬な手段を選択したようだった。
(嫌な予感がする……急がないと)
ユーリーの内心はこのようなものだった。戦いの予感とは別に、胸を荒らす喩えようの無い不安感を感じていた。何と言っても彼自身が反撃も抵抗も出来ずに倒された、そんな強力な存在を味方につけている相手である。それが上位精霊種の精霊王だと聞かされたユーリーは、精霊と親和性の高いリリアが無理をして立ち向かうのではないかと予感していたのだ。
「い、良いのかよ?」
一方、ダレスは予想外の言葉を受けて、助けを求めるようにして視線を騎士コモンズへ向けた。元王弟派の騎士大隊長であり、捕虜となった兵士と共に王子派領に残り、その後説得を受けてレイモンド王子の軍門に下った人物だ。丁度遊撃兵団長のロージと同年代の人物である。
「意見を言える立場では無いかもしれぬが……事を穏便に済ますことは出来ないだろう。ならば、ユーリー殿の言うように突破してしまった方が良い。我らには国の民を護るという大義がある」
「……はぁ。仕方ないな、皆、行くぞ!」
騎士コモンズの意見もユーリーと似たようなものだった。そのためダレスは溜息と共に肚を決める。そして、配下の騎兵達に呼びかけると、少し先行したユーリーの後を追う。
そして、彼等コルサス王国王子派領遊撃騎兵隊とコモンズ連隊三個歩兵小隊は、国境の浅い小川を一気に駆け渡ると、開け放たれたスカースの町の木門に飛び込む。
「なんだ?」
「お前達、何者だ? 止まれ!」
「野盗? いやコルサスの兵士か? 応援を!」
「住民を逃がせ、他の者は槍を取れ!」
そんなデルフィル側の兵士達の慌てた声が聞こえたが、それは一瞬で背後へ遠ざかる。後になって少々の
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崖の縁に海側を向いて立ちながら作業を進める敵兵は右端と左端の二つに分かれて垂れ下がった目隠し布を巻き取る作業を進めている。その数は合計で三十人だ。一方、そんな敵の背後に忍び寄る「オークの舌」の斥候部隊とリリア達の数は二十を下回る。しかし、最初の一手は速やかに実行する必要があった。そのため、リリア達も二手に分かれる。リリアは向かって左側、一方右側へ向かった一団には魔術師タリルが居た。
リリアは少し離れたタリルに目配せをすると、
(風の精霊よ、動きを鎮め音の伝わりを遮りなさい)
と小声で風の精に呼びかけた。それは力場魔術である「静寂場」と似た効果を持つ風の精霊術である。そしてリリアの呼掛けに応じて、周囲が一瞬で無音の空間となる。視界の端では、タリルが同じ効果の「静寂場」を展開していた。
目の前で作業を行っていた敵兵達は、不意に起こった異変に驚き周囲を見回す。口の動きで、彼等が何かを言っている事は分かるが、残念なことに音は伝わらない。そして、無音を約束された空間で、文字通り音も無く、斥候部隊の面々が狼狽する敵兵に襲い掛かった。
彼等に混じって突進したジェロとイデンは、夫々業物の
「よし、出だしは好調だ」
一方、後ろから追いついて来たジェイコブはそう言うと、背後の茅原を見る。そこには後方に待機していた「オークの舌」と「骸中隊」の傭兵達がポツポツと姿を現し始めていた。
「骸の弓兵一部は崖の上に残せよ。ウチの連中と骸の残りは二手に分かれて海洞内に潜入するぞ。一気に仕掛ける、良いな?」
「分かってる。いちいち煩いなオッサンは」
普段はどちらかと言えば穏やかな表情を浮かべている事が多い「オークの舌」の首領ジェイコブだが、その号令は堂に入ったものだった。その号令に骸中隊の若い首領トッドは鬱陶しそうに応じる。口調は乱暴だが、否定するつもりはないようだ。そして、指示を受けた傭兵達は、蛮声で応じる訳では無く、静かに行動に移る。
「ジェロさん、イデンさんもタリルさんも、御無事で!」
「リリアちゃん……無理はするなよ」
「マルス神の勇気と加護が共にあらん事を」
「君なら出来る、焦っては駄目だ。常に冷静沈着に」
一方、リリアはジェロ達冒険者と言葉を交わす。彼等の言葉と視線は真摯にリリアの無事と企みの成功を願っていた。彼等からの激励の言葉を背に受けながら、リリアは崖下へと垂れた目隠し用の布に掴まると単身で崖を降り下った。
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