Episode_21.09 レム村の戦闘
「ユーリーなのか?」
「久し振りだね、アデール」
「無事だったとは聞いていたが……」
突然姿を現したユーリーにアデールは驚いた声を上げる。リムンを巡る戦いの後、無事だったという話は聞いていたが、姿を見るのは一年振りだった。
「二人とも、まだお喋りするほど余裕のある状況じゃないわよ!」
「おお、
リリアの声を気にする様子も無く、アデールはそう応じる。一方ユーリーは前方に展開する敵傭兵の集団を素早く観察した。横隊中央を突破しようとした集団はユーリーの放った
「魔術師が居る、固まるな! 分散して乱戦へ持ち込め」
魔術師を含む敵に対しては定石の指示である。そうなることを読んでいたユーリーはアデールに言う。
「敵に応じて乱戦になっては駄目だ、後退しながらもう一度横隊陣を組み直して」
「ガッテンだ! おい聞いたか、下がりながら陣形を整えろ! 訓練通りにやれ!」
ユーリーの意見に反対するはずもないアデールは部隊に後退させつつ再度隊列を組ませる。なかなか錬度の必要な行動だが遊撃兵団歩兵部隊は難しい注文に難なく答えている。そしてユーリーは、
(こうなると、次に繰り出すのは矢だな!)
と見込みを付けて後退する横隊の前方に
「やっぱりユーリー、おめぇは冴えているな! 流石、オレの舎弟だ」
アデールの言葉がチラと耳に入ったが、ユーリーはその言葉を無視すると腰の「蒼牙」を抜き放つ。そして、リリアへ声を掛けながら走り出す。
「リリア、僕は左翼へ出る!」
「分かったわ!」
レム村の東端で始まった戦闘は、刻々と状況を変化させる。今は王子派の遊撃兵団歩兵部隊が街道へ繋がる村の東口を横隊列で塞ぐ格好となった。対する襲撃側の傭兵部隊は横隊陣へ肉迫し、これを殲滅しようとする。距離を取れば魔術の餌食になり、また弓矢が通用しない力場魔術を展開されれば、傭兵部隊の取れる戦略など
そんな状態でユーリーはリリアに伝えた通り、左翼に向かうと奮戦する歩兵達に後方から魔術で支援を行う。素早く立て続けに発動したのは正の付与術「
「怯むな、皆なら出来る! 敵を押し返せ!」
不意に感じた魔術の力とユーリーの声、左翼の端を守る強兵達は古参が多く、ユーリーのことを知る者が多い。名を呼んだり驚いたりはしないが、各自が短く「応!」とか「任せろ!」と声を上げる。そして、彼等は肉迫する傭兵達に対して激しい反撃を試みた。その先頭には蒼牙を振るい、炎の魔術を発するユーリーの姿があった。
横隊列の左翼側は次第に遊撃兵団歩兵隊が優勢を確保していく。
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一方、右翼側にはリリアが回った。右翼の兵も左翼同様に強兵である。しかも、元ダレス班の面々、つまり解放戦線の元兵士が多い。彼等は弩弓を巧みに使い、接射で敵を後退させては、前列の歩兵が槍を振り下ろし殴りまくるという戦術で傭兵達に対抗していた。
(リムルベートの騎士団も強いけど、コルサスの遊撃兵団も強いのね……)
それがリリアの素直な感想だった。戦術の専門家ではないリリアの目には、戦いの巧みさよりも、その場に臨む者の心根がよく映る。勇敢な決意に裏付けられた戦いだった。
(私も手伝わなきゃね……)
そう思う彼女は無理に前線には出ない。ただ、冷静な目で敵の配置を観察する。横隊陣の右翼側では、堅い守りに攻め
「風の精霊、流転の乙女、集いて狂う舞の輪を成せ!」
その時々の心の在り様で発する言葉は違うが、意図した現象は同じだ。リリアの意志は声による補助を受けると
「うわぁ!」
「なんだぁ」
右翼後方を中心に吹き荒れた風は傭兵達をなぎ倒し、一気に拡大する……ハズだった。しかし、リリアが呼び起こした風は一度荒れ狂っただけで、直ぐに勢いを弱めてしまった。
(なんで? 風が……)
リリアは内心で驚愕の声を上げた。彼女に従う風は途中まで彼女の意志に従ったが、その動きを止めてしまったのだ。その時、不意に重く凍えるような真冬の風が戦場を駆け抜けた。戦場を包んでいた空気が一気に温度を下げると薄い靄を生じる。そして、頭上にはそんな靄を吹き散らすような大きな羽音が響いた。
「なんだ?」
「あ、あれっ!」
「なによ、アレは!」
その音に気付き、頭上を見上げた者達は驚きの声を上げた。リリアもそんな一人だ。彼等の視線の先には、燃え上がるレム村の炎を受けて夜空の低い場所を飛ぶ一匹の鳥の姿があったのだ。その身体は赤い炎を受けても尚、濡れたような光沢を持つ漆黒の羽根に覆われ、近付くにつれてグングンと大きくなる。長い首を擡げ、地上の人間達を見下ろすように視線を巡らすその頭部は鳥ではなく獅子の頭であった。
「ば、化け物!」
誰かがそう叫んだ。すると、まるでその声に応じるように黒い怪鳥は鳴声を上げる。
ギャァァァッァァァッ
耳を
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「南の卑しき民ですが、名誉ある四都市連合の作軍部長様に意見をしてもよろしいですか?」
慇懃であるが、明らかに先程の侮辱を根に持った声。昏い恨みを孕んだ皮肉に満ちた言葉を発するのは先ほどの呪術者だ。彼は、戦線の後方で混乱した兵を治めようと必死に号令を発している作軍部長に近付くと後ろから声を掛けた。
「呪術師か! あの鳥は貴様が?」
「我が一族の守護精霊。普段は我らの船で翼を休めておりますが、我が呼掛けに応じてやって来ました」
「なんと……」
「助力が必要ならば……あの程度の敵ならばひと薙ぎで打ち倒しますが?」
呪術師の言葉は丁寧だが、「助けが欲しければ頭を下げて頼んでみろ」という尊大な意図が隠すことなく現れていた。
「くっ……」
その見え透いた態度に、作軍部長は言葉に詰まった。確かに、雷撃の魔術から展開は一気に苦しくなっていた。助けを借りたいのは山々である。そんな彼に追い討ちを掛けるように、呪術師は皮肉な笑みとともに更なる窮地を報せる。
「背後から敵の騎馬部隊が駆け寄っています……三十騎程ですが、この状態で背後から突撃を受ければ……大丈夫なのでしょうかね?」
「なんだと! くそ、撤退する。撤退までの支援を」
「支援を?」
「支援を……頼みたい」
「なんと? 聞こえませんでしたが」
「支援をお願いします!」
「はははっ……宜しいでしょう」
頭を下げて頼む作軍部長に対して勝ち誇ったように笑い声を上げる呪術師は、上空を旋回する黒い怪鳥に大仰な呼びかけを発した。
「我が守護精霊たる南天山の凍風の化身、アンズー・ルフよ、我が声に応え彼の敵を打ち払え!」
彼の言葉に応じるように、黒い怪鳥は例の鳴き声を発すると、レム村の東に舞い降りようと高度を落とす。実際のところ、呪術師がこの怪鳥を操り切れているのかは、誰も分からない。呪術師自身も良く分かっていなかった。偶然か必然か分からない状況で、只、彼の望みと怪鳥の行動が一致しただけなのかもしれない。
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